何事も自分のために
漆黒の暗闇が包む深夜の廃墟内をレプト達はメリーが手に持つ懐中電灯一本の明かりを頼りに進んでいた。入ってすぐ、探索するにはあまりにも暗すぎるという事から、外で話していたように彼らの最初の目的は建物内の電源を探すことになった。
「地下の……奥の方にあるってよ。非常電源」
「ああ、助かる」
廊下を四人が歩いていると、夜目の効くレプトが壁に掲示されている建物内の案内を見つけ、皆に目的物の位置を共有する。淡い光の中に埃が浮いているのしか見えない状況から脱する目途が出来ると、女性陣は皆安堵の息を吐いた。そんな中、レプトはなんてこともなさそうにフードを外しながら首を傾げる。
「なあ、俺は問題なく見えるんだし、俺が先導すればそんなライト必要なくねえか?」
「お前は見えても私達は見えないんだぞ」
「……少しはこっちの身にもなってみなさいよ。こんな暗いとこ……」
カスミは自分の腕を力なく抱き寄せながら、周囲の闇に目を向ける。一寸先も見えない暗闇で普通の人間からは表情が見えないが、レプトには彼女の不安そうな顔がハッキリ見て取れた。カスミの心情を察知した彼は、へッと笑って彼女をからかう。
「カスミ、レフィのこと馬鹿にしてたのにお前もビビってんじゃねえか」
「あん? タマ潰すわよ?」
「お、おう……俺はお前が怖ぇよ」
挑発されるとカスミは怒りを一切抑えることなく、その拳を固めて振り上げた。それを明確に目にしたレプトは彼女の恐ろしさに一歩後ろに下がる。
「まあ、さっさと電源入れに行きゃいい話だろ? 行こうぜ」
「そうだな。先導してくれ」
「おう」
メリーの言葉を受け、レプトはさっき見た案内の通りに地下へつながる階段の方へと足を向けた。その後をメリー、カスミ、シフはついていく。
メリーの持つ懐中電灯が照らす僅かなスペースの視界を頼りに、カスミ達はゆっくりと歩く。後ろに気遣ってか、レプトは歩調を抑えて緩めのペースで進んでいた。
「ねえ、シフ」
「……ん」
しばらく前を歩いているレプトには聞こえないくらいの声で、カスミが隣のシフに声をかける。
「アンタって、レプト以外のクラスには会ったことがあるの?」
「え……いや、全くだね。逆にレプトや君達は?」
「一人、レプトがシフ以外の奴に会ってる。鵺って奴らしいわ」
「鵺……聞いたことないな」
「ちょっと気になったことがあってさ、聞いてもいい?」
「まあ、何でも答えるけど」
先を歩くレプトの背を見つめながら、カスミは続ける。
「鵺って奴は、自分の身体を使って実験してたエボルブの奴らとか、他の理不尽なことをしてる奴らを殺すことに躊躇いがない奴らしいのよ。レプトが話した感じでは、そうだって」
「……なるほど、それで?」
「アンタも同じように考える? 例えば……目の前にエボルブの研究者がいて、殺したいと思う?」
カスミは恐る恐るシフに問いを投げかけた。それは、レプトにも同様に投げられる問いだ。以前、他人の気持ちは分からなくても構わないと発言していた彼女だが、それでも気になってしまったのだろう。質問を受けたシフはカスミが口にした例えを頭の中で少しの間考慮し、その後で軽くため息を吐いた。
「いや、別に殺したいとまでは思わないかなぁ。ぶん殴ったり、刺したりしてもいいとは思うけど、殺すまで行くと寝覚めが悪そうだし」
「寝覚め?」
「そう。そういうヤツを殺さないのはそいつのためじゃなくて、僕自身のためさ。他の奴なんて、大切な仲間じゃなければどうなったっていいからね~」
思考の外にあるような、あまりにも傍若無人な答えをシフは平然と口にする。自分が幸福になるべきだとか言っていたり、シフは常人からは大分離れた考え方をしているらしい。そんな彼女の考え方を聞いたカスミは、フッと笑う。
「アンタさ、その自分中心っていう考え方」
「え、何かあった?」
「いや、すっ……ごい私好みだわ。私もアンタを見習わなくちゃ」
カスミはシフの考えを明るい笑みで肯定する。そんな風に評されると思っていなかったのか、シフの方は始めこそ呆けた顔をするが、カスミの言葉を咀嚼すると、彼女と同じように笑った。
「だよね。世の中自分が一番。自分が納得できるように生きてればいいんだよ」
「ほんとそう。余計なこと聞いたわね、ごめん」
「いや、全然いいよ。それで……結局カスミは何が知りたかったの?」
「ん……他の奴がどう考えてるかぁ、とか、そんなことよ。今考えれば、どうでもよかったわね」
カスミは始めの問いかけの時とは打って変わって気楽そうな笑みを浮かべ、素っ気なくシフに返すのだった。




