イメイラと鵺
イメイラは街中で人探しを頼むのに適していそうな人間を見つけては声をかける作業に目途をつけ、自分が戻るべき場所へと走って向かっていた。彼が向かう先は、街の外周近く、平野へとつながる道に停められた一台の使い古された車のもとだ。昼間に彼がこの街に訪れた際に乗っていたものと同じである。陽の落ちかけている黄昏の時分、車の傍には黒い外套の男、鵺が立っていた。
「戻ったか」
「ああ。おかげで結構な人数に頼めたぜ。たまにどうやって知らせるかとか伝え忘れたけど、見つけさえしてくれれば情報を手に入れる機会も増えるってもんだ」
「何よりだ」
車のボディに背を預けている鵺は、声を弾ませるイメイラに反し、淡白且つ大きく表情を変えずに言葉を返す。イメイラはその様子に少し手応えの無さを感じつつも、鵺の隣に並ぶようにボンネットに飛び乗って座る。
「鵺ってよぉ、クラスだとか何だとか、実験がどうのこうの言ってるけど、その前は何してたんだ?」
「……別に何も」
「んだよ、ノリ悪いな……」
「お前はどうなんだ、イメイラ?」
「あん、俺? ……ったく、アンタ自分のは答えねえくせによ」
問いを返されたイメイラは鵺の態度に少しだけ不快そうに足を組みながらも、答えを練ろうと頭の中で言葉を探す。ある程度話にまとめがつくと、彼は大きいため息を枕に話を始めた。
「ひでぇもんだったさ。他の場所見る機会に恵まれた今だから分かるんだけど、ヤバい貧民街に生まれてよ。親戚なんてものもいなけりゃ、親の顔も知らねえ。生きるためなら何でもやったぜ。盗みも、強盗も、詐欺の手助けとかもな。幸か不幸か、ちっちぇえ犯罪組織に拾われてたもんだからよ、そういう街で生きる術には困らなかった」
「……お前の探す仲間とは、どう出会ったんだ?」
「ああ……俺のいた所がもっとでけえ連中にぶっ壊されてよ。俺も殺されそうになって……そこを助けられたんだ。ヨウ達に」
昔を思い出すように、イメイラは自然に空を見上げる。空の青を陽光が焦がし、寄りかかれそうな温かいオレンジが空を染めていた。
「そっからも生き方は変わらなかった。けど、仲間が出来て、そいつらと一緒に支え合ってあのひどい街を生きてきた。初めは何とも思わなかったけど、ま、なんつか、なんだろうな……あいつらと一緒になって、クソみたいな面で過ごすことはなくなった」
十代の男子らしく、自分の仲間を大切にしているとハッキリ口にするのは恥ずかしいようだ。目を合わせることなく、言葉を遠回しにしてイメイラは鵺に説明する。
「仲間、か……」
明確な言葉で伝えられなくとも、イメイラが話に挙げていた者達にどういう感情を抱いているのかを何となくは理解した鵺。彼は自分の手をそれとなく視界の中央に置き、握る。
(俺には縁遠いものだな)
彼の見えるものは、自分自身の拳だけだった。
「仲間っつかよぉ~……あいつらはなんていうか、なあ……」
鵺が一人逡巡しているのも知らず、イメイラは照れくささを誤魔化すような笑みを浮かべ、金の髪を指でいじっている。そんな中、彼は自分の中の恥ずかしさを紛らす方法を見つけたのか、その笑顔を隣の鵺に改めて向けようとした。
「ってかさ。アンタも俺のこと助けてくれたし、もう実際……」
弾みのある声を取り戻し、鵺に向かおうとしたイメイラ。だが、彼のその調子はすぐに崩れる。
「……って、おい鵺。アンタ大丈夫かよ」
イメイラの眼前で、鵺が両手で頭を抱えていたのだ。立っているほどの余裕もないのか、膝をつき、歯を食いしばる音を立てて肩を震わせている。音もなく突如としてそんな異常な容態を見せた鵺に、イメイラはどうしていいか分からず、ボンネットから降りてとりあえず鵺の肩に手を置いて調子をうかがう。
「医者探してくるから、とりあえずそこで……」
「黙れッ!!」
「っ……」
心配からの声掛けに、鵺は声を張り上げて返す。その鬼気迫る様子にイメイラは思わず押し黙り、鵺から二歩三歩距離を取った。何かを必死に耐えるように地面に顔を向けているのに、その気迫はまるで鬼のようだ。
「ジッとしていろ。クソッ……いい、加減に……」
喉の奥からひねり出すような細い声を上げながら、鵺は依然頭を抱えている。その並々ならぬ様子にイメイラは何かしら行動を起こそうとするが、何もするなと言われた手前、すぐに動けずにいた。
「く、ぬぅ……はぁ、はぁ……」
痛みか、それとも別の何かの苦悶が終わりを迎えたのか、強張っていた鵺の体は糸が切れたように緩む。しかし未だ余韻が残っているのか、息の荒れは戻らず、肩は激しく揺れたままだ。
「なあ、おい。本当に医者とか呼ばなくて大丈夫かよ」
「……問題ない」
顔を右の手の平で押さえつけるようにしながら立ち上がった鵺の背に、イメイラは再び心配の声をかける。しかし、鵺は理性を取り戻してもその憂慮からの提案を受けることはなかった。
「無駄な心配をかけたな、すまない」
「いや、いい……けどよ」
謝罪を受けても、イメイラは釈然としない気分を晴らすことは出来なかった。それは苦痛が去ったらしき鵺の表情が、とてもそれを耐え切った者のするような表情ではなかったからだ。彼の指の隙間からのぞく瞳は、まるで元凶が目の前にまだ存在しているかのように見開かれている。彼の震える瞳孔が映しているのは、赤く焼けた空だ。
「そろそろ時間だ。私は準備に入る。お前は私とフロウが作戦に入ったら、テリーと一緒に車で待っていてくれ」
「……あ、ああ」
鵺は一方的に告げるとイメイラに背を向け、よろよろと車から離れていく。さっきのような激しい怒気を漂わせることはなく、その姿はただ風に揺られた枯れ木のような侘しさだけがある。
「鵺……」
そんな鵺の背を見送るイメイラには、鵺への一つの疑念がひっそりと、しかし確実に芽生えるのだった。




