人探し
レプト達の背を呼び止めた金髪の少年は、無害そうな笑顔と共に三人の方へ歩み寄ってくる。
「アンタら、旅してんだろ? だったらそれついでに頼みたいことがあってよ。今、時間いいか」
彼は顔も合わせたことのないはずの一行に対し、全くつかえさせることなく言葉を並べてくる。ただ、レプトとシフは少年の急な呼び止めに不快感はいかないまでも大きく困惑し、顔を合わせて首を傾げた。そんな二人の疑念を代弁するように、メリーが前に進み出て少年を探るように見据える。
「頼む頼まないの前に、お前一体何者なんだ。急に声をかけてきて……それに、私達が旅をしてるってことをどうやって知った」
「ああ、それは俺がしたい頼みごとに関係しててよ」
詰問するかのようなメリーの問いに対し、少年は横に目を流して肩をすくめる。そのまま彼は背の方を首を振って示した。
「アンタらの乗ってた車を見て分かったんだ。あれ、荷物を運ぶって感じでもねえし、ただ移動するためのもんでもなさそうだった。長え距離を移動しつつ、生活もできる感じの特別な車だろ。んなもん使うの、旅してる奴以外にいなさそうだと思ってよ」
「……車のことを知ってるってことは、降りたところから尾けてきたのか? いい気分はしないが」
「そりゃ悪ぃな。でも、頼みごとの内容的に、色々な所行ったりする奴に頼んだ方が良いと思ってよ。丁度よさそうな奴らを街で探してたんだ。んで、アンタらに決まったってことさ」
終始、金髪の少年に後ろめたそうな様子は見られない。所々に言い訳するような言葉を置いてその度に目線をずらすくらいだ。多少の濁りを隠さないその様子は逆に信用できると考えたのか、メリーは煙草を取り出して火を付けながら近くの飲食店を指し示す。
「ま、いいだろう。内容は聞いてやる。やるかどうかは後から決めるがな」
「よっしゃ、サンキューな」
メリーの承諾に少年は歯を見せて笑い、礼を言うのだった。
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「頼み事ってのは、人探しなんだ」
通りにスペースを取ってテーブルを外に並べている飲食店の一席に座った少年は、三枚の紙をレプト達に差し出した。その紙にはそれぞれ絵が描かれている。だが、その内容を目にしたシフは顔をしかめた。
「人探し……って言ったけど、これ人? 犬とか猫じゃなく?」
「ちげえよ! 俺の親友だっての……はぐれっちまってな」
紙には、どう見ても人の顔には見えない粗末すぎる絵が描かれていた。絵筆の類を握ったことのある人間が描いた風ではなく、縁の線の乱れや色のはみだしが多くみられる。加えて、クレヨンとかチョークといったようなもので描いたらしく、拙さに拍車がかかっている。少年曰く人の顔を描いたそうだが、レプトはその事実を疑う。
「いやこれ、哺乳類なのか? トカゲとかそういう、爬虫類って奴じゃね?」
「ちげえっての。これでも頑張って描いたんだけどな……」
レプトとシフの言葉を受けて自分の絵を見直すと、少年は二人の言葉を大きく否定することはせず、ため息を吐いて顔を俯ける。どうやら自分でも絵がうまくないことは分かっていたらしい。
絵の上手さについて批評するレプトとシフとは反し、メリーは絵の内容に目を向ける。
「絶望的に下手ではあるが、まあ分かることはある。ハッキリした髪の色だな。緑、赤、それに青……なんかカラフルだな」
「実際はちょっと違うんだけどな。貸してもらった道具に、連中の髪色に合った色が無くってよ」
絵の内容に言い訳をしつつ、少年は三人の特徴について追加で説明していく。
「歳と背は全員俺と同じくらいで、全員女だ。俺がイメイラってんだけどよ、名前出してくれれば分かるはずだ。それと、こいつら一人一人の名前と特徴なんだが……」
少年は流れで自分の名前を名乗り、続けて自分が探しているという親友について話す。その流れに詰まることろはなく、一切余所道に逸れることのない彼の話には紙に描かれた者達を探したいという意志が現れているかのようだ。
「この緑のは、フリュー。実際はちょっと白みがかった緑の髪だ。んで、こいつの性格を一言で表すなら、馬鹿で騒がしい奴って感じだな。目立つことが好きだから、見つけるのは一番簡単かもな。んでこっちの青いのがルナ。髪は紺色だな。こいつはお上品って感じの雰囲気で、物静かだから見つけるのは難しいかも……。んで」
最後に、とイメイラは赤い髪の似顔絵を示す。その時、彼はそれまで動かし続けていた口を閉ざした。彼の説明をただ頭に入れようとしていた三人は、急に言葉が止まったのが気になって顔を上げる。
イメイラは、手元の絵を瞳に映し込み、押し黙っていた。金の髪からのぞく額に深いしわを刻み、小さく唸っている。その表情からは、件の三人を見つけ出したいという目的意識が揺らいだようには見えない。口を一の字に結ぶのではなく、度々開こうとはしているが、言葉が出ないようだ。
少しの間思案すると、イメイラは頭を掻きながら赤髪の探し人について話す。
「こいつの名前はヨウ。ヨウはこの色まんまの真っ赤な髪だ。見りゃすぐわかる。それに、雰囲気が他の二人とか、そこらの奴らとは全然違うから、それでも多分わかる」
「雰囲気が違うって……どんな風に?」
イメイラが言葉を詰まらせたことに興味を煽られたシフは彼に問う。イメイラはその質問に、テーブルに置いた手を意味もなく動かしながら答える。
「息が詰まるっていうか、体が構えちまうっていうか……そういう感じだ。威圧的って言われるんだと思う。いい奴なんだけどよ。初対面だと間違いなくそう感じるだろーなぁ」
「威圧的、か。そういう人間に会ったことなんてほとんどないからイメージがつかねえな」
イメイラの表現を聞いたものの、具体的な印象を想像できないレプトは楽観的な様子で背もたれに寄りかかる。彼は頭の後ろで手を組んで楽な姿勢をつくりながら、とりあえず用件をまとめる。
「ともかく、旅の最中にこいつらっぽい奴を見かけたらお前に言えばいいんだな?」
レプトは自分の顔を隠すフードを深くかぶり直し、その後でイメイラに向かって親指を立ててみせた。
「なんてことはねえ。これから色んな街に寄るだろうし、そん時に片手間で探してやる」
「……助かるぜ、ありがとな。見つけてくれたらそん時には改めて礼はするからよ」
レプトの快諾に、言葉を差し挟む必要もないと考えたのだろう。メリーとシフも、イメイラに向かって頷いてみせた。三人の返答に、彼は笑みをこぼして礼を口にする。
「……っし。じゃ、俺はまた別の奴にもこれを頼んでくるぜ」
用件と礼を終えると、イメイラはさっさと椅子から立ち上がり、レプト達の元から去ろうとした。そんな慌ただしい彼をメリーが呼び止める。
「随分熱心なんだな。飯でも食ってったらどうだ。お前みたいな子供に払わせはしないが」
「あ~……有難いけど、やめとくぜ。食うには困ってねえし、やっぱり少しでも早く見つけたいしな」
イメイラは厚意に礼を言った後で、テーブルに広げていた三枚の自作の絵をまとめ、折りたたんで懐に入れようとする。それを目の端に留めたシフは、思い出したかのようにイメイラの手を止める。
「ちょっと待ってよ。それ、君はもう一度描けるんだし、僕達が持ってた方が良いと思うんだけど」
「え……いや、次の奴に説明するときにも使うし、何十回も描き直したから。どうしてもってんならいいけど……」
「何十回も? あぁ、えっと……じゃあいいかな」
何十回も描き直したという言葉にシフは驚いて目を見開き、改めてイメイラの手に収まる絵を見た。やはり、人の顔を示しているにしては情報が不足しているし、歪んでいる。かろうじて髪と顔の部分判別が出来るくらいの絵を描くのにそこまで苦労していると知ると、シフは強く提案することは出来ず、絵を諦める決断を下した。
「さて、と。そんじゃあよろしく。またな!」
絵を回収したイメイラは三人に向かって手を振りながら、走ってその場を去っていく。レプト達も彼と同じように手を振り返し、その小さな背が見えなくなるまで見送るのだった。
「慌ただしい奴だったな。ま、それだけさっきの奴らが大切なんだろうけどよ」
「急ぎ過ぎてつまずかなければいいが……。っていうか、しまったな」
イメイラがいなくなり、彼の話題になった瞬間、メリーはあっと顔をしかめる。
「どうしたよ?」
「いや……連絡手段」
「……あっ」
一言でメリーの意図を察したレプトは、彼女と同じく顔をしかめてイメイラが消えた通りの方を振り返る。彼は既に街の中に消えていた。走ってこの場を去っていたことから、今からではとても追いつかないだろう。
「……まあいい」
しばらく頭を抱えていたメリーだったが、何か心変わりしたのか、平生のクールな表情に戻る。
「考えてみれば大した問題じゃない。連絡が必要なのは見つかった時だ。イメイラが別口で頼む奴が見つける場合もあるし、私達が見つけても、そいつらを保護しながらイメイラを探せば済む話だ」
「……二度手間じゃねえか?」
「ま、仕方ないだろ。急いでつまずいた奴のせいだ。急がば回れってヤツだよ」
「回って面倒被るのは俺達じゃねえか……」
結局踏む手順が増えたことには変わらないと知ると、レプトは肩を落として呆れるようなため息を吐く。メリーはそれを片目に収めながら、何か急いでやるべきこともないこの時間をくつろぐように、小さく口を開けて欠伸をする。そんな余計な考えの一切がなさそうなメリーの様子を目にすると、レプトも先のイメイラのことなどは脇にして頭に何も置くことなく、体を楽にしようと両手を空に持ち上げて大きく伸びをした。微睡むのに最適な日差しを受けるテーブルで、二人は完全に気を緩めて安らぐ。
「うっ……く」
そんな時、二人の耳に小さいうめき声が忍び込んできた。




