交差
フォルンの街の一件から一日後、レプト達を乗せた車はしばらく止まることなく走り続け、一つの街に辿り着いていた。フォルンほど技術が発展しているわけではなく、車の通っている数や舗装の荒い道からもそれがうかがえる。だが、通りを歩く人間達は何かに悩まされている様子もなく、路地裏で喧騒が起きるようなこともない、平穏で良い街だ。
そんな街の通りに、慌ただしい音を立てながら一台の茶色いバンが走っている。ボディは薄汚れ、デコボコにへこんでいる部分が遠くから見てもすぐに分かるほどのオンボロだ。唸り声を上げるようなエンジン音を耳障りに鳴らしているのも駆動系を使い古しているからだろう。
そんなオンボロ車の運転席に座っているのは、これもまた綺麗とは言えない雰囲気の中年の男だ。細い体型にぶかぶかの目立つ赤い色のジャケットを着用し、若干焼けた顔には無精ひげを生やしている。男は運転する車が街に入るなり、後部座席に座る三人を振り返った。
「おい、着いたぜフロウ。それと、何だっけ? そっちのお二人さん」
車を適当に走らせながら、男は後ろの人物達に状況を伝えた。
「ちょっとテリー。何だっけ、じゃないわよ! 私のフィアンセの鵺、でしょ?」
名前を呼ばれたフロウは、不服そうな顔をして後ろの座席から運転席にのしかかるようにして言葉を返す。テリーと呼ばれた運転手の方は、面倒そうに唸り声を上げ、フロントガラスの方へと顔を戻した。
「フィアンセじゃない」
フロウの次に口を開いたのは、彼女の隣に座っている黒い外套を纏った男、鵺だ。彼は苦い表情をした顔を俯けながら、低い声でフロウの言葉を否定する。しかし、彼女の方はそれをまともな意味で受け取らない。
「え、じゃあダーリン?」
「それも違う! クソ……やっぱり間違いだった」
純粋な顔をして首を傾げるフロウを前に、思わず鵺は声を張り上げる。しかし、彼女を自分の旅に連れていく判断をしたのは自分自身だったと思い返すと、どうしようもないと嘆くように頭を抱えた。愛する人物が思い悩む様を前にしたフロウだったが、彼女は鵺の苦悶の理由を一切察することが出来ないらしく、未だに綺麗に四十五度首を傾けている。
「チッ……目の前で乳繰り合うんじゃねえよ。ムカつくな」
行き違うやりとりをする鵺とフロウを前に、後部座席に座っていた三人目の人物が口を開く。その人物は、輝くような金髪の少年だ。年は十を越して少ししたくらいだろう。服装はみすぼらしく、穴を塞いだ跡があちこちに見える。
「乳繰り合ってるんじゃないぞ、イメイラ。勝手に誤解するな」
少年のことをイメイラと呼び、鵺は真剣な声色で彼の言葉を否定する。しかし、イメイラの方はそれにまともに取り合う気はないらしい。ムカついた、その感情のままに言葉を吐き続ける。
「へっ、そういう鵺の態度が一番ムカつくぜ。どう考えても自分を好きな相手を前にしてよぉ。斜に構えてんのか?」
煽るような言葉をイメイラは差し込む。それを受けた鵺は、その言葉自体に特段反応することはない。せいぜい、鬱陶しいことを言っているな、という風にため息を吐くくらいだった。
そんな時、返しで何か言われるかと警戒していたイメイラに予想外の所からカウンターが飛んでくる。フロウだ。
「ちょっとイメイラ。アンタ何の権利があって鵺にムカつくなんて言ってんのよ? 生意気なんじゃない?」
フロウはテリーに向けていた体をイメイラへ、そして敵意に近い眼差しを彼に向ける。
「ちょっ……何でオメェがムカついてんだよ」
「愛し合ってる相手を好き勝手言われてムカつくのは当然でしょうが」
「愛し合ってはない、一方的だ」
「大体何様なのよ、ガキ。私の金で今テリーの車に乗せてもらってんでしょうが。何を大きく構えてんのよ図々しい。突き落とすわよ?」
「愛してるらしいのに無視か……」
度々差し込まれる鵺の訂正だったが、フロウはイメイラへの怒りでそれが聞こえなくなっているらしく、鵺の方には視線すらやらない。言葉が届かないことを察した鵺は、がっくりと肩を落としてため息吐く。反面、フロウの敵意をその小さな一身に受けるイメイラは彼女に真っ向から反抗の言葉を返す。
「んっだよ! お前のことを思って言ってやってんだろうがよぉ。少しは自分と鵺以外の気持ちも考えてみんだな」
「知らないわよアンタの考えなんて。……あ~分かった」
「……な、なんだよ」
フロウは何かを思いついたらしく、いやらしくその口角をつりあげて笑みを浮かべる。それに対面するイメイラは、彼女を気味悪がって身を小さくした。
「アンタが探してる子、アンタの大切な人って言ってたわよねぇ。すぐ近くにダーリンがいる私に嫉妬してんのね?」
「……はぁっ!!? ちげえよ馬鹿女」
「雑魚のアホ暴言かゆ~。頭回らなくなってボキャ貧になってるけど大丈夫?」
フロウは満面の歪んだ笑みでイメイラを煽り続ける。年上の女性に虐められ続けると、イメイラはどんどんと顔を赤くし、恥と怒りに塗れた表情を浮かべて声を荒げた。それに対し、フロウはまた面白さが増したというように言葉を苛烈にしていくのだった。
「……あのフロウがこんな、ねぇ」
運転席で会話に混ざらず車を運転していたテリーは、二人のそれを邪魔しないように静かに呟く。その小さい声を耳ざとく聞きつけた鵺は、自身の興味のままに運転席に問いを投げる。
「凄腕の傭兵とは聞いていたが、そんなに名が通っているのか?」
「通ってるなんてもんじゃないっつうんだよ、こいつは。汚い道に目を向けたことある奴なら大抵知ってるってなもんよ。クリーンな運び屋の俺だってその噂は聞いたことあらあ。それこそ、何でもやっちまう奴だってな」
「何でも……か」
「それをよ、こんな普通の女の子みたいにねぇ。お前さん、何したんだよ?」
テリーはバックミラー越しに鵺の顔を覗き見る。鵺は、憂鬱そうに窓の外を眺めていた。口ではフロウのことを気にしているようにしながらも、今の彼の頭には別のことがあるらしい。彼の瞳には平穏な街並みではなく、晴れ渡った空が灰色に映っていた。
「何も……。ただ絡まれただけだ」
言いながら、鵺は深いため息を吐くのだった。
(この街で全て、拭い去る)




