不可解
「左腕と肋骨が二本折れている。しばらくは動けないな」
フォルンにある病院の一室、白く清潔な壁と床が覆う部屋の中でケールはベッドに横たわるフェイに彼の体の状態を告げる。薄緑の患者服を身に纏うフェイは固いギプスに覆われた左腕を目にしながらそれを聞いていた。
「まあ火急の場は凌いだんだ。別に大きな問題じゃなし、それに重傷ってわけでもない」
「骨折したのは治療期間が長くかかるものでもない肋骨と前腕骨だ。全治四週間と医者は言っていたが、お前ならもっと短く済むだろう」
「そんなものか」
自分の胸の辺りを確認するように指でなぞりながら、フェイは淡泊に言葉を返す。ケールの方も多くを語る気はないらしい。必要以上のことは語らず、また、フェイの態度を咎める様子もない。二人は共に顔を合わせず、病室にはただ時間の過ぎるだけの沈黙が漂う。
「見舞いに来たわけじゃないだろ。何かあるのか?」
しばらく続いた静寂の中でふと思い至ったのか、フェイは顔を上げてケールに問う。
「察しがよくて助かる。いつ切り出そうかうかがってたところだ」
言葉とは裏腹にケールの表情は全く嬉しそうではない。助かるとも思っているのか分からない。ただ、口を閉じて拍を置いた彼女の顔は少し険しくなったように見える。
「昨日の被害だ。この街の住民に死傷者はいない。負傷は少しあったがな。そして、我々の被害だが」
少し開いた膝の上に肘を乗せ、そこに体重をかけるように前傾姿勢になっていたケールは顔を上げてフェイの方を向く。
「お前の隊にいたユアンが行方不明だ」
「……っ。あいつが」
ケールの報告を耳にすると、フェイは顔を持ち上げてケールの方を見る。彼女は両の指を合わせたり離したりしながら話を続ける。流石にずっと顔を合わせることは気まずいと感じたのか、話しながら彼女は度々目線を床に落とす。
「他の隊や私の隊にも何人か行方不明者がいる。どうもそのユアンだけという訳ではないらしい。それに、その行方不明者達に関して、どうも妙な報告がある」
「どんな?」
「長身で白髪の女と交戦したらしい。敵は単独だったようだ。その者が仲間に触れると……」
ケールは眉間に指を当て、呆れたようにため息を吐きながら言葉を続ける。
「消えたらしい」
「消えた?」
「服や装備だけを残して消えたという妙な報告があってな。安否が分からない。触った物を別の場所に飛ばす力か、別の何か……ともかく、敵の手中にあるか危険な状態にあると見るべきだろう」
「……それで、ユアンもそいつにやられたのか」
「いや、どうも違うようだ」
「……?」
話の流れからどう考えてもその能力者がユアンを倒したものだと考えていたフェイは、話題の重さに顔を俯けるのを一瞬忘れ、首を傾げる。それに対し、ケールは自分の隊服を示すように肩のあたりを示してみせた。
「他の隊員は隊服が残っている。そこから誰がその能力の被害に遭ったかは割り出せた。しかし、どうもユアンという隊員の隊服は残っていなかったらしい」
「……何か別の形で行方不明になっている、ということか」
「そのようだ。タイミング的に、リベンジの捕虜になっていると見るのが妥当だと私は考える」
「そうか。どう転んでも、いい方向にはいかないな」
「当然だ。戦場で行方不明など軽く済むはずもない。半年くらい前からこんなことが奴らとの交戦中に起きているが、原因はまだ分からないままだ」
状況の説明を大方終えると、ケールは重い動きでベッド脇の椅子から腰を浮かせる。そして、話を逸らして必要以上の会話をすることなどはなく、そのまま病室を後にしようとした。
しかし、その彼女の背をフェイが呼び止める。
「すまないな、ケール。気を遣ってくれて」
「……何のことだ」
「隊の奴らよりも先に来てユアンのことを報告してくれたんだろう。こんな朝早くに」
フェイは不意にすぐそばの窓に目をやる。外はまだ空が白けていた。太陽が昇り切っていない。こんな時間にわざわざ報告に来たのは、どう考えてもただの報告や見舞以外の意図があるだろう。フェイはそれを余計な笑みなどは浮かべずに指摘した。
「大したことじゃない。礼なら、成果で返すんだな」
フェイの礼にケールも同様に簡単に返す。彼女はフェイに背を向けたまま、手だけ後ろに振り、病室を後にするのだった。パタン、という軽くドアを閉める音が病室に響き渡る。
「…………」
フェイは白く無機質な部屋に一人きりになると、緊張を解いて上半身をベッドに寝かせる。枕に重い頭を預け、彼は休息が必要な体に従って静かに眠ろうとした。
「……クソ」
しかし、彼の意識が微睡みに落ちていくことはない。先に受けた報告が、彼の思考に悔やみという釘を打ち付けていた。自分の部下を失ってしまったという事実、自分のミスであるかどうかはハッキリしないところではあるが、この事実に責任感を覚えずにいられるほどフェイの神経は図太くなかった。
しばらく、彼一人のみの病室からはうめき声と歯ぎしりの音が止むことはなかった。




