褒められた人間じゃない
「で、なんでお前が私の部屋に来る?」
「別に。僕がどうしようと僕の勝手でしょ?」
メリーの自室にはベッドに座る彼女以外にもう一人、シフが我が物顔で床のタイル模様の絨毯に胡坐をかいていた。メリーは手元の連絡機に目をやりながら、どうしても部屋の中心にいて視界に入ってきてしまうシフに憎々しげな声を出す。
「勝手じゃない私の部屋だ。それに、昨日ここで寝てただろ。一体どういう了見だ」
「それはお前が寝床を用意しなかったせいだろ。んで、レプトがソファ譲ってくれるって言ったのにお前は……」
シフは胸の前で腕を組み、声を低くしてメリーの真似をする。
「こいつは好きでついてくるって言ったんだ。だから譲る必要はない……なんて言ってさ」
「その通りだろうが」
「うるさいな。レディに良い場所を譲ってあげたいって言う男心をお前は踏みにじったんだよ?」
「レディってのは上品な女性のことだ。お前のような品のない小娘の事じゃない」
「ぐっ……ぬぅ。はぁ……もういいよ」
メリーに悉く言い負かされ、シフは苦い顔をする。徹底抗戦しようという考えも彼女の頭によぎったが、最終的に口での争いには勝ち目がなさそうだと判断した彼女は嘆息すると、話題を変えて逃れる。彼女が選択した話は、先に起こった出来事から類推されることだ。
「あのジンって人と、仲悪いみたいだね」
「……」
「お前達がいなくなった後にレプトから聞いたけど、最初っからああらしいね。何かあったの?」
「…………」
シフの問いに、メリーは答えない。ただ黙って、フェイから受け取った連絡機を手の上で弄んでいる。そんな彼女の様子に、そういう空気をつくるような問いを投げたシフもどう声をかけていいか分からなくなったのだろう。目線を逸らし、「ああ……」という相槌にもならないような呻きを上げている。
「……仲が悪いとか、そういう話じゃない」
何かきっかけがあったわけでもなく、おもむろに、メリーは零すように口にする。突然の返事にシフは顔を上げるが、メリーが彼女に視線を返すことはなかった。
「奴とは何もかもが合わない。合わせたいとも一切思わない」
ベッドから腰を上げ、彼女は腕をもぞもぞと動かして白衣を脱ぐ。それを手に、彼女はベッドの頭の方に置いてあるポールハンガーにそれをかけた。
「というかそういう問題じゃない。あいつは……」
ハンガーにかけた白衣、その白い生地についた埃を一々つまんでは捨ててを繰り返しながら、メリーは背にいるシフに言葉を返し続ける。
「私はあいつに何もかもを奪われた。本当なら、今すぐ殺したっていい、それくらいのことをされた」
「そんなに……? で、内容は?」
「言えない。お前からレプト達に漏らされたらたまらないからな」
「そうかぁ。レプトに聞けたらこっそり教えてくれって言われてたんだけどな」
「小賢しいガキだなアイツも……」
レプトの発言を知り、メリーは呆れたようにため息を吐く。白衣の埃を納得が行くまで取り終えたのか、彼女はベッドの方に戻り、体を楽にした。ベッドに腰を沈め、壁に背を預けたメリーは髪の毛をいじりながら適当な言葉を選ぶ。
「まあ、お前もジンには関わりすぎるな」
「って、言われてもね。どうせ少しの間は一緒にいる。だけど、その少しが終わったらもう話すこともないだろうし……」
「それならいいがな。間違えても、あいつを信用することはないようにするんだな」
「随分言うね……」
仲が悪いだけではここまで言うことはないだろう。明らかに過剰なメリーの発言に、シフは思わず発言主を二度見する。メリーの表情には冗談めいた笑いなどは一切ない。彼女は強い言葉を使うことこそよくあるが、それは特段誰かを攻撃するために使うためのものではなかった。だが、今の言葉は冗談でも嘘でもない。今、メリーは真剣に憂慮している。
「どんなことがあったか聞けないみたいだから、そうだな……。メリーから見て、彼はどんな人間か。それを聞かせてもらおうかな」
先の問いをもう一度重ねたいと思うシフだったが、直接それは出来ないと言われている。彼女はジンの大部分の印象をメリーに問うた。
「そう、だな。あいつは……」
シフの問いを受けると、メリーは少しの間考え込む。唇の辺りに指を這わせながらしばらく悩んだ結果、彼女は意外にも否定的ではない言葉でジンを表現するのだった。
「奴は、褒められた人間じゃない」




