保身と約束
フェイがセフ達の気を引き、鉄火場を抜け出したメリー達は車に戻り、早々にフォルンの街から立ち去っていた。争いを避けるように車を走らせると、意外にもリベンジの襲撃の規模は大きくはなく、街からの脱出自体は容易だった。現在は争いの余波が起こらないだろう場所まで車を走らせ、休憩もかねて停車している。街で起こった出来事について、フェイについても粗方現場にいなかったレプト達にも共有は済ませていた。
陽が落ちかけ、空がオレンジに染まり始めるその時分、リビングのソファに座っていたメリーは手に収まる携帯連絡機を見つめいていた。それは、フェイにこの場を見逃す代わりにと渡されたものだ。位置を彼に知らせ、連絡を取ることもできるという代物。メリーはそれを、意味もなく電源を付けたり消したりしながら、光る画面をぼーっと見つめていた。
「まさか、あいつに助けられると思ってなかったわ」
メリーの向かいに座っていたカスミは、身を小さくして自分が情けないというように細い声を出す。どうも彼女は自分が激しく敵意を持っていた相手に助けられたことを気にしているようだった。
「なんていうか……ムシャクシャする。あんなに言ってたヤツに、逆に助けられるなんて」
「別に不服に思う必要もないだろ。次会った時、素直に礼を言えばいい」
「だから、それがなんか気に食わないんだって……。決めた。私、あいつに絶対ありがとうなんて言わないわ」
「は、はぁ……? そんな胸を張って言う事じゃないだろ、どう考えても。で、どうするんだ?」
カスミのよく分からない言動を耳に、メリーは呆れと疑問の感情を同時に口にした。それに対し、カスミはどうしてか誇らしげに答えた。
「あいつに礼を言わなくてもいいくらい、こっちが逆に恩を売ってやるわ。借りを返すのと同時に、逆にあっちが礼を言わなくっちゃいけないくらいのね」
「……はっ。ま、頑張れよ」
「あ? 何でちょっと小馬鹿にしてんのよ」
メリーが大きく鼻で笑ったのを目にすると、カスミは眉間にしわを寄せて彼女に詰め寄る。それに対し、メリーは余裕の表情を一切崩すことなく、何故か少し胸を張って淡々と告げた。
「カスミみたいな腕力しか取り柄のない奴に、出来ないことがほとんどないフェイに恩をつくるなんて相当無茶だと思ってな」
「ああん? 言うじゃない。アンタ私のことどう思って……って、そういえば」
挑発されてイラつき始めたカスミだったが、今までメリーがフェイのことをどう扱っていたかを思い返し、人差し指を立てて話の方向を転換する。
「アンタって、ことあるごとにフェイのこと庇ってるわよね?」
「えっ」
「なぁーんか過剰って感じ。そんなに守る? ってさ」
「それは……お前やレプトが必要以上にあいつに敵意を向けるからその印象があるだけだろ」
「えぇ~?? 本当にぃ、それだけなのかなぁ~~??」
「くっ……なんだこいつ」
敵の弱点をようやく発見した時のようにグイグイと詰め寄ってくるカスミに対処のしようがないと感じたのか、メリーは目を逸らし、話を終わらせようとした。が、カスミはしつこく彼女とフェイの仲について追及しようとする。諦めるつもりはないらしい。カスミはメリーの白衣にしがみつくように食いついてくる。その瞳には歪んだいやらしい笑みがあった。
そんな風に、二人が意味もなくじゃれ合っている時だ。
「おい」
ジンが二人に声をかける。彼女達が同時に顔を持ち上げると、深刻そうな顔をしたジンがそこにはいた。彼の目線はメリー、特に彼女が手に持つ連絡機に向かっていた。
気を緩めて会話している最中だったが、自分が嫌悪している相手が声をかけてきた瞬間メリーは眉間にしわを寄せ、腕を組んで言葉を返す。
「なんだ」
「その連絡機。壊すか捨てるか、しておくべきだと思ってな」
「……何?」
ジンの言葉に更に機嫌を崩したのか、メリーは声を一段低くする。そして、自分が手に持ったそれをしっかりと握り、ジンを睨む。
「これはフェイがあの場から逃がしてくれた借りに対して返すべき当然の処置だ。それに、約束だ。反故にするなんて有り得ない」
「そんなことを言って、もしあいつが俺達をハメる気だったらどうする。そうでなくとも、フォルンにはもう一度戻らなければならないんだ。待ち伏せされでもしたら、リスクは計り知れない」
「フェイがそんなことをする訳はない。あの時の言葉に嘘はなかった。あいつは、本当に私達を捕える気はない」
「根拠は?」
「あいつ自身が言ってただろ。その気になれば、あいつは私達を捕えられた。なのにそうしなかったのは、事情が変わったからだ。お前にもそのくらい、考えれば分かるだろ?」
ジンとメリーの口論は、周囲の状況を考えていない熱量にまで発展する。カスミも含め、リビングにはレプト達も二人から少し離れた所にいたが、彼らにもその空気が伝わるほどの声の質だ。
「推測でしかない。確かじゃないな。それに、フェイが俺達の位置を知るためにはこの連絡機と対になる機材が必要なはずだ。それを使っているのを他の軍人に見られてアイツが疑われてみろ。リベンジの襲撃があったばかりだ。既に疑われている俺を含め、フェイやお前達もリベンジの内通者と疑われるだろう」
「そのリスクがあるのは確かに認める。だが、過度に警戒するべき可能性とは言えないな。その程度なら、フェイとの約束を放棄する意味もないはずだ」
「あいつとの約束なんて重要じゃない、重要なのは俺達の安全だ。そのためなら、どうだっていいことだ」
「……おい」
ジンの言葉に、メリーの堪忍袋の緒に触れる何かがあったのだろう。明確に、メリーが纏っている空気が動く。ただ張り詰めているだけだった彼女の纏う雰囲気が、完全に敵意を隠すことのない剥き出しの怒りへと変わっていこうとしたのだ。目は見開かれ、空いた左手は体の脇で拳をつくっている。
「ちょっと待ってよ、ジン」
しかし、メリーが声を張り上げるよりも前に、カスミがジンとメリーの間に入る。カスミは両者の顔をチラチラと交互に見ながら、詰まりながらも冷静に言葉を繋ぐ。
「メリーの言う通り、その、それ、壊さない方が良いわよ」
「何故だ」
「何故って……私達はあそこでフェイに助けられたでしょ。借りがあるの。その上でした約束を一方的に破るのはよくないと思うわ」
「合理的に考えれば、リスクを抑える手段を取るに越したことはない。それを、他に明確な利点もなく別の手段に行くのは、俺は賛成できないな」
頑としてジンは譲る気が無いらしい。彼の言葉と表情からそれを思い知ったカスミは、一度短く息を吐くと、言葉を選ばずに言い放つ。
「ハッキリ言うわ。ジン、アンタが今しようとしてることは、私から言わせてみれば自分のことしか考えてないゲスのすることよ。借りのあるフェイとの約束を単純に踏みにじるだけじゃない。それをしたら、人が持ってるプライドみたいなものを、汚すことになると……私は思う」
カスミは自らの意志と言葉を突きつけるように、人差し指をジンに向けて言い切る。そんな彼女の横顔を、メリーは驚いた表情で見つめる。以前まであれほどフェイを敵視していたカスミが考えを変えたのが意外だったのだろう。もっとも、カスミにはその意識はないだろうが。
メリーとカスミの言葉を受けると、ジンは黙りこくる。そのまま、彼は二人から目線を外し、遠巻きからやり取りの一部始終を見つめていたレプト達を見る。
「……まあいい」
捨てるように一言呟くと、ジンはフェイが渡した連絡機から目を逸らし、運転室の方へと向かっていく。
「俺はもう少し車を目的地まで走らせる」
場の空気が張り詰める原因をつくった負い目からか、それともその空気からただ逃れるためか、ジンはリビングから立ち去る。彼が廊下へと通じる扉から出て、それを閉じたのを目で確認すると、メリーは大きくため息を吐いて立ち上がる。
「白けた……。私は部屋で休む」
疲れた表情を浮かべるメリーは、ジンとは真反対に後部にある自分の部屋へと向かっていこうとする。その際、彼女はふとカスミの方を振り返った。
「カスミ」
「ん?」
「ありがとうな。お前が挟まってなければキレてたよ」
「え、ああ……別に、私ただ自分と合わないなって思ったことを言っただけで……」
「そういうの、いらないぞ。素直にどうもって言っときゃいいんだ」
メリーは言葉の途中で背を向け、右手をひらひらとさせながらリビングから出ていく。その背を、その場に残された者達は微妙な表情で見送るのだった。この場に残る口を開きずらい空気をつくった二人がいち早く抜け出して、彼らはしようがなくなったらしい。この空気は、二人がいなくなってもしばらく煙草の匂いのように残留し続けるのだった。
200話の読了お疲れ様ですッ! いつもは前書きにも後書きにも現れないのでどう話を切り出していいか分からない黒田ソウです。まだ全然未完ではありますけども、こんな長い話に付き合っていただいて本当にありがとうございます。
それで、普段こんなことをしないのに急に後書きに現れた理由なんですが、後ろめたいものじゃありません。ここまで楽しんでくれてありがとう、だけどもう投稿やめますね……とかじゃないのでご安心を。
今回後書きの方にこうして筆を入れたのは、200話までの更新めでたいッ! というのと、一年小説毎日投稿半年達成記念ッ! という嬉しい達成事があったからです。純粋になろうサイトのみで読んでいただいている方にとっては、一年小説毎日投稿? って感じでしょうが、私はTwitterの方でそういう企画をしているんです。4月1日から始まったそれが、今日で丁度半年の節目なんですよ。それと合わせてなんと200話目を迎えたんですから、自分よくここまで頑張ったなぁ、なんて思いながらこうして後書きに顔を出そうかと思ったんです。別に重要な何かをお伝えするわけではないんですがね。ここまで読んでくれてる方がいたなら、本当にありがとーって気持ちをお伝えしたかった、それだけの事です。
……本当にそれだけです。既に200話にまで至ってしまったこの「ヘキサゴントラベラーの変態」に付き合っていただき、本当にありがとうございます。この話はまだまだ、少なくとも一年は天変地異が起こって私が死にでもしない限りは続きますので、変わらず読んでいただけると幸いです。そしてもしよろしければ、ここ面白かったであるとか、ここはちょっと微妙……みたいな感想をいただけるとすごく喜びます。ギャン泣きです。
それでは、お目汚し失礼いたしました。これからも「ヘキサゴントラベラーの変態」をよろしくお願いいたしますッ!




