フェイVSセフ&パート 4
「テメエッ! その銃を下ろしやがれッ!! さもねえとぶっ殺すぞ!!」
セフは部屋の中に入ると、一瞬にして状況を把握し、吠える。斧を握り締め、今にも前に駆け出さんとする彼女には正に野獣にも等しい凶暴性が垣間見える。対して、彼女の仲間であるパートに銃を突きつけるフェイは冷静に言葉を返した。
「やってみたらどうだ。出来ないと思ってるからそうやって惨めに吠えてるんだろ、ガキが」
「ッ……テメェ……!」
「いきり立つな。殺すつもりはない。ただ、質問に答えてもらうぞ」
フェイは壁に張り付くパートの後頭部に銃を突きつけたまま、目線はセフに向け、話を続ける。
「まず、お前達がこの街を襲った理由だ。さっきははぐらかされたが、答えてもらうぞ」
「…………」
フェイの問いにセフは答えない。黙ったまま口をつぐみ、斧を手に持ったままだ。その様子を見たフェイは、鬱陶しそうに舌打ちをし、右手に持った銃を示す。
「早くしろ。俺はそこまで気が長くない」
「うっ……」
フェイの言葉に、セフは顔を覗き込むこともできないパートの方をチラチラと見る。その顔には、先ほどにあった凶暴性は薄まり、不安が表に出てきていた。彼女はその感情のままに、手に持っていた斧を床に置くことでフェイに無害を示しながら問いに答える。
「……頭目、ソーンの命令だ」
「指示を受けた理由は?」
「……知らねえよ」
「知らない……? 訳も知らないのに、お前達は他人に危害を加えられるのか」
「うっ、うるせえッ! ソーンの命令ってだけで、アタシ達には充分すぎる!」
フェイの言葉を自分が信じる人物への侮辱と受け取ったらしいセフは、声を荒げてその言葉に抗する。
「あの人はアタシ達の命の……権利の恩人だ。あの人が何かを間違えるなんて有り得ねえんだよ」
「……お前達はそんなことで」
(いや……行動原理は俺と同じ……か)
セフの言葉を受け、フェイは目を閉じて自分の身の上を思い返す。自分は今、ネバやジンに助けられ、彼らに報いるために動いていること。彼は今目の前にいる二人に、自分にとってのネバやジンと同じように思う人間が別にいるということを考えた。
「……おい、答えたぜ。さっさとパートを放せよ!」
「要求が一つと誰が言った」
「くっ……」
問いに答えた所で、フェイが圧倒的優位に立っているという事実は変わらない。彼は引き金に指はかけないまま、過去のことを思い返す。
彼が脳裏に浮かべた光景は、十数年前、彼が自分の家族を失うきっかけとなった事件のことだ。彼が平穏に暮らしている街がリベンジの襲撃によって焼かれ、その影響で両親と妹を失った時のこと。
(リベレーション……その中で、少なくともリベンジは救う価値もない連中。そのはずだったが)
自らの大切なものを奪い去っていった者達の、一部を目の前にしてフェイは冷静に思考を回す。そうして、平坦な口調で二人に問いを投げた。
「お前達は何のために戦っている」
「……あ、ああ? さっき言った……」
「そうじゃない。指示とかそういう具体的なことを聞いてるんじゃあない。……分かりやすくしてやる。戦うことが必要になったのは、何故だ」
フェイはセフに真っ直ぐ視線を向けて問う。その問いに含まれる意図について、フェイは自分でもよく分かっていなかったし、セフもそれを知る由もなかった。彼女は突然の問いに視線をまごつかせて惑う。不安そうな表情でしばらくの間言葉を探すと、セフはおもむろに口を開いた。
「失わないためだ」
「……もっと詳しく」
「戦わなきゃ、奪われてた。人が皆当然みたいに持ってるような綺麗さも、普通人に触れられないような奥にある気持ちも。何より……」
セフは何を見るでもなく足元の床に向けていた目線を、壁に張り付いているパートに向ける。
「分かった、充分だ」
セフの言葉と様子を見て、自分の中で何か踏ん切りをつけたらしいフェイは彼女の言葉を切る。その彼の言葉に、セフは体を小刻みに震えさせた。今の状況が相当不安らしい。ただ、彼女のそんな感情には構わず、フェイは告げる。
「拘束させてもらう。身の上や処罰は軍の方で後から……」
「嫌だッ!!」
フェイの言葉の途中にセフが割り込む。悲鳴の混じったような、高い怒鳴り声だ。優位に立った状況の相手を前にそんなことをしてくると思ってもいなかったフェイは、一瞬目を見開いて彼女を見る。セフは、歯を剥いて唸っていた。そこにあるのは、獣のような凶暴性だ。しかし、先にフェイと争っていた時のものとは様子が違う。以前のは、肉食獣が獲物を前にして起こす獣性のようだった。しかし、今彼女が持つそれは弱者が強者を前にした時のような、後先なくなって何をしでかすか予想もつかないような凶暴性だ。
「絶対に御免だ。あんな、クソの掃き溜めみてえな所に戻るなんて……」
唇を震わせながら、低い声でセフはそう口にする。恐れを前に、それから逃れるために残る力を前面に向けているかのようだ。
フェイはセフのその様子を見て、恐れることはなかった。当然優位に立っているし、彼の能力があれば、少し離れた今の位置から彼女が襲い掛かってきたとしても対処は容易い。彼は深くため息を吐き、彼女の嫌がった対応から処置を変えることを選択する。
「かといって、放置するわけにもいかん。寧ろこうやって話を聞いてやってるだけでも有難いと思ってほしいもんだが……」
言いながら、フェイは銃の引き金に指をかけ、躊躇いなくそれを二回引いた。乾いた破裂音が、狭い室内の中で大きく波紋をつくる。
「つっ……く、ぁ……」
「はぐっ……う、ぅ」
フェイが撃ったのは、セフ、パート、それぞれの右腕だ。出血するのと同時に、二人は苦悶の悲鳴を上げて床にうずくまる。そんな彼らに一方的にフェイは告げた。
「その腕では戦えないだろう。大人しく自分達の住処に戻るんだな。もし他の兵士に手を出せば、返り討ちだ。俺が見逃してやるのも無駄になる」
銃を懐にしまいながら、フェイは背にしていた窓の方へと体を向けた。そして、一度だけセフとパートを振り返ると、サッと四階ほどの高さから体を宙に放り投げる。敵である自分達を見逃すというフェイの行動に違和感を覚えた二人だったが、彼女らに彼の背を呼び止めるほどの余裕はなかった。
フェイは二人と戦闘していた大通りに鎖を用いて着地すると、周囲を見渡して状況を確認しつつ、足を動かした。向かう先は、別の場所で戦っているであろう自分の部下達や兵士達のもとだ。足を揺らぎなく動かしながら、彼は先の自分の行動について思い返す。
(奴らは、一般人を殺すつもりはなかった。俺のような軍人に殺意は向けているようだったが……何より、斧に血はついていなかったし、ゴリラ女に振り下ろした時も刃を先にはしていなかった。さっきの言葉も、嘘じゃないだろう。ジンさんやメリー、レプトのこともある。この国には……後ろめたい所があるんだろう。だからこそ、あの二人のように戦わなければならないようなことが……)
「それに子供だ。十七、八くらいの……。殺したり、拷問したりする必要はないはずだ。しかし、いくら強いとはいえ、あんな子供にたった二人で行動させるとは……」
フェイが自分に言い聞かせるように呟いた時、彼は胸の辺りに刺すような痛みを覚え、膝をつく。
「ぐっ……鎖で防御したとはいえ、骨は何本か、折れてるな……左腕もベストとは言い難い」
戦闘中に攻撃を受けた胸と左腕、防御はしていたものの、その威力を完全に殺し切れるという訳ではないらしい。骨折や内部への影響はゼロではなく、フェイはその苦痛に表情を歪める。
「これが終わったら、しばらく休みだな。すぐにメリー達を追いたかったが、仕方ない」
呼吸と共に波のように訪れる胸の痛みを無視し、フェイは立ち上がるのだった。




