フェイVSセフ&パート 2
「心臓に一発……流石だぜ、パート」
フェイが吹っ飛び、自らを脅かしていた危険がなくなったのを知ると、女は立ち上がって大きく伸びをする。そうしながら、彼女は目の端で道路の中心に倒れているフェイを確認した。彼は、銃撃を胸に受けて以降ピクリとも動かない。
「冷静沈着ってヤツだな」
敵を倒して暇になった左手で栗色の髪をいじりながら、女は笑って言う。そんな彼女の耳には、小型の連絡機が付けられていた。
「お前は不用心だ、セフ。あんな戦い方はするべきじゃなかった。そうでなくとも、こいつは強い相手だった」
女の使っている連絡機は会話もできるらしく、彼女の耳元には彼女だけに聞こえる青年の声が返ってきていた。連絡機の奥にいるパートという男は、呆れるような声で女をセフと呼び、先の戦いについて指摘する。
「とても一人じゃ勝てなかったぞ。俺も、お前もだ。二人だったからよかったが……」
「おいおい、あんまズレたこと言うんじゃねえぜ。アタシ達は二人で完璧、だろ? 仲間なんだからよ、そうガミガミすんなって」
「……そういう言葉に甘えすぎるなよ。ま、多少はいいが」
連絡機の奥から聞こえるやれやれという声に片手間で返しながら、セフは右手に収まる斧の調子を確認する。そんな彼女に、パートは低い声で続ける。
「……生きてるか」
「あ? 死んでるんじゃねえの」
「……そうか」
「どうしたよ」
「いや、何でもない」
この場にいないパートはフェイの状態の確認を口頭で手短に済ませる。終始調子の低い声で会話していた彼だったが、セフはその彼の様子について深く考えることはしなかった。連絡機越しで表情を読み取れないからか、あるいは仲間だから多くの気遣いは必要ないと踏んだか。
「……そっか。じゃ、アタシは別のフォローに行くぜ。お前は後方支援よろしくな」
「ああ」
セフは最低限のやり取りを終えると、斧の刃を肩に乗せ、走り出す。その時、不意に彼女は左足に纏わりつく感触に足を止め、目を足元に向ける。纏わりつく感触の正体は、先の戦闘中にフェイが彼女の足に仕込んだ鎖の拘束だ。彼が意識を失っているからか、そこに拘束力はない。鎖はただセフの足首に巻かれているだけの状態だ。
「鬱陶しいっての……」
力を失ったとはいえ、わざわざ手で解くのも面倒に感じたのか、セフは手に持っていた斧で鎖を断ち切ろうとする。
その時だ。
「防御しろ!!」
セフの耳に、パートの悲鳴に近い声が響く。突如として意識に割り込んできたその大声に鞭を打たれ、セフの感覚は鋭く周囲の情報を読み取り始めた。
血の匂い、鉄の擦れる音、動き出すはずのない人影が起き上がって、こちらへ向かってきている。
「なぜ……ッ!!?」
血を吐いて倒れていたはずのフェイが、起き上がっている。通りの中央で倒れていた彼は、いつの間にかセフの斧の間合いよりも更に近くへ、素手の距離まで接近していた。顔が血に濡れているのを構わず、彼は拳を振り上げる。
(間に合わな……っ)
思考すら追い付くことはなかった。セフの顔面、左頬に鈍痛が走る。フェイの拳が彼女の顔面を貫いたのだ。
「ぶっ……」
全体重を乗せるかのようなフェイの右の拳は、セフの体を後ろに吹っ飛ばす。不意の一撃だったこともあり、彼女は受け身も取れずに後ろに転がる。
「ぐ、テメッ……ごアッ!?」
すぐさま地面に膝をつき、体を起き上がらせようとしたセフ。だが、彼女の顔面を再びフェイの攻撃が捉える。今度は、正面からの蹴りだ。地面から顔を持ち上げた瞬間に靴底が彼女の視界を覆い、強く打たれたセフは再び地面にのされる。
不意を打たれ、強烈な顔面への攻撃を二発もろに食らったセフは意識を一瞬失う。フェイは彼女が大の字で倒れているのを確認すると、アクセルをベタ踏みするかのように動かした体を落ち着けるように大きく息を吐いた。
だが、フェイに落ち着く時間が多く与えられることはなかった。銃声が再び響いたのだ。しかし、
「……馬鹿が」
フェイは冷静に呟くのと同時に、大きく左へ飛びのく。その瞬間、ガッという嫌な音が響き、フェイが立っていた通りのコンクリートに大きな硬貨ほどの穴が空く。狙撃だ。フェイはそれを躱したのだ。
「ぐ……う、っ!」
銃声を耳にし、浅い気絶から意識を取り戻したセフはすぐさま体を起こし、斧を手に持って大きくフェイから距離を取る。フェイが彼女に追撃を仕掛けることはなかった。パートの狙撃を回避するためにセフから距離を置いてしまったためだろう。
「はっ……はぁ……はぁ」
「大丈夫か、セフ」
「はっ……はぁ……く、ぅ……なん、とか」
躊躇のない拳と蹴りを受けたセフの顔は酷い状態になっていた。口内が切れたのか口の端から血を流し、蹴られた時に額から出血した血が左目を濡らしている。だが、そんな状態にあっても彼女は苦痛に声を漏らさない。息を荒げながら、彼女はフェイを指さし、声を張り上げて問う。
「テメエ、どうやって生き残りやがった!? 狙撃は、完全に命中していたはずだぜ。なのに、どうやって」
「……答える必要はない」
「くっ……」
セフの言葉には答えず、フェイは口の端に付着した血を拭う。やはり、彼は間違いなく立って話し、動いている。狙撃を胸に受けたというのに、倒れる気配など一切ない。おかしいことだ。人類であればそんなことは有り得ない。何か仕掛けがあるはずだとセフは思考を巡らせ、フェイの体の状態を隅々まで見渡す。
「……血が、出てない?」
観察を始めてすぐ、セフは異常に気が付く。狙撃されたはずのフェイの胸の部分から、血が出ていないのだ。服は破け、明らかに銃撃を受けた痕跡はあるが、そこからのぞくのは打撲した跡のある肌色部分だ。内臓が抉れている様子ではない。
「鎖帷子だ」
「あ?」
セフが息を落ち着けながら思考を回していると、先に結論を得たらしいパートが答えを口にする。
「奴は鎖を操る能力を持ってる。どのくらいの量があって、どのくらいの力で動かせるのかは知らないが結構なものだ」
「んなのは見りゃ分かるがよ、ただ……かたびら?」
「昔の鎧だ。鎖を細かく編み込んで、剣や槍の攻撃を防ぐ。昔のが銃撃まで防げるとは思わないが、鎖の操作制度が高ければ、あるいは……」
「……そうか」
パートの説明を聞き、合点がいったという表情でセフは斧の刃先をフェイに向ける。
「さっき野郎の左腕に斧を投げてぶち当ててやったのに切り落とせなかったのはよ、それのせいだったんだな。おかしなことだったんだ、刃を当てた感触はあったのに血さえ出ないなんてことは」
フェイは能力の応用で外部からの攻撃を防いでいた。以前、ピースの街でレプトの剣を受けた際、大きな打撃を受けなかったのもそのためだろう。
「まあ、見抜かれた所でどうということもないな」
セフが異常な状況の答えを得た丁度その時、フェイが自らの右手に絡めた鎖の調子を指を滑らせて確認する。彼の目線は、先にパートが撃ち外した弾丸が貫いた地面に向かっていた。
「お前に付き合うのはもうやめだ」
言うが早いか、フェイは駆け出した。地面を躊躇いなく蹴り、彼はセフに向かって急接近する。攻撃を警戒したセフは、思わずその斧を持った手に力を込めた。しかし、フェイが彼女に得物を向けることはなかった。
「……なっ?」
フェイはセフの真横を通り過ぎ、彼女の後ろの方向へどんどんと突き進んでいった。すぐ横を風のように敵が通り過ぎるという予想外な状況に、セフは遅れて反応する。
「一体……」
背後を振り返り、フェイの背を目で追ってセフは彼の行動の意図を考える。彼女が答えを得るのは早かった。
(あっちは……ッ! まずい)
後ろを振り返った時、セフの目に映ったのはフォルンの無機質な大通り。黒いコンクリートの道路をよどみなく一方向に向かって走るフェイの背。そして、彼の足を向ける先にそびえ立つ用途も分からない灰色の建物。この視野の中で、セフの目に特に強調されたのはその建物だ。
「パートすぐに逃げろ、奴がそっちに……!!」
セフは声を張り上げるのと同時に駆け出そうとした。しかし、フェイが彼女の足に絡みつけていた鎖が動きを一瞬縛る。いつの間にか鎖は街灯の根元に結び付けられていた。
「チクショウッ!!」
斧を振り下ろし、手早く鎖を処理するとセフは顔を持ち上げてフェイの方を見る。その時、彼は鎖によって体を宙に浮かび上がらせ、セフが目に留めた建物の中で不自然に開かれていた一枚の窓に体を放っていた。それを見たセフは、体の奥から冷えた焦燥を覚え、すぐに駆け出した。
(あそこはパートのいるポイント……パートが危ねえ……!)




