妹
「暇っすね、フェイさん」
「気を緩めすぎるな、ユアン。お前達もだ」
以前にジンらを捕えるための作戦移動に利用していた大型車両の中で、フェイ達は有事の際に備えての休息を取っていた。広い荷台の中で雑に並べられたテーブルやらイスやらに、彼の仲間達が座っている。各々二人三人で組をつくって談笑しているそんな中で、フェイは自分の得物の鎖を指で弄びながら暇な時間を過ごしていた。
「…………」
静かに何もせず、ただ完全に気を緩め過ぎることはせずにフェイは休んでいた。そんな中で、彼は懐からおもむろに小さな小物を取り出して右手に握る。彼が手に持ったのは、銀の首飾りだ。武器に扱っている鎖とは異なり一つ一つの環が小さく、鎖が円を為し、刃ではなくロケットがつけられている。
「なんです、それ?」
「昔、母さんがつくってくれたものだ」
隣のユアンの問いに、フェイはロケットを優しく丁寧に開く。中には二枚の写真が入れ込まれていた。二人、無垢な瞳をした少年と少女の写真だ。片面ずつ、閉じた時に向き合うようになっている。
「えっと……その子達は?」
「俺と妹だ」
「……妹さんはもう?」
「ああ。しかしまあ、ずっと昔のことだ。それに、どうせここの皆は多かれ少なかれそんなもんだろ」
死んでしまった家族に追及してしまい、気まずそうな顔をするユアンに「お前が聞いてきたんだからそんな顔するな」と、フェイは笑って言う。家族を失った時の傷は、今はもう浅くなっているらしい。彼は俯くことなく軽めの口調で続ける。
「フウっていって、妙な奴だったな。ダーツが大好きだった」
「へぇ……。って、突っ込みずらい話すんのやめてくださいよ」
「お前が始めたんだろ?」
「部下をいじめる免罪符になりませんから、それ」
「はは、悪いな。暇だったから」
少し前にフェイ自身がユアンを咎めた気を抜きすぎるなという言葉がブーメランのように返ってきている。だが、彼はそれを気にする様子はない。そんな様子のフェイを呆れた目で見ながら、ユアンは適当な方向へ話題を逸らす。
「フェイさんって昔はどんな子供だったんです? 俺から見た今のフェイさんは、出来ないことはないってくらいすごい人だけど、たまに変な所があるかな~って感じっすね」
「変な所ってなんだ。それに、出来ないことがないなんてことはないぞ。現に二年もかけてジンさん達を捕えられてないじゃないか」
「そーいうことじゃないですよ。何て言うか、料理とか洗濯とか、機械いじりとか、何でもかんでも出来るじゃないですか。応急処置とかも出来るし、歴史とかも結構詳しかったり……」
「色々分かるのは友達がそっち方面に詳しかったりしたからだ。それと、洗濯料理なんて誰でも出来るだろ」
「……俺、一人暮らししてからはずっとカップ麺でしたよ。服も一張羅が駄目になったら買いまわすって感じで」
「おいおい嘘だろ。ユアン、そんなんじゃ彼女が出来た時に絶対喧嘩するぞ。同棲したら幻滅ってパターンだ」
話は大分逸れて、家事に関する話題に移っていく。両者の顔には緊張や警戒は残っていなかった。
「うぐっ……じゃあ、どうすりゃいいんすか」
「む、そうだな。俺達は軍人だから、嫁さんの家事を多く代わってやる余裕はないだろう。だから、休日とか暇なときにそれができるよう、料理の三つや四つは出来るようにしとくべきだな」
「包丁すら握ったことないすよ、俺」
「はぁ……」
「もう駄目だって表情やめてくださいよ!」
「……そうだな。暇ができたら簡単なものを教えてやる」
「えぇ」
「何で嫌そうな顔なんだ。お前も未来の嫁に嫌われたくないだろ。家事が出来ない、仕事も大変で帰ってこれないとなれば……ゆくゆくは」
「ゆくゆくは?」
「見限られて浮気される」
「げげ、そんなこと可愛い部下に言います普通?」
ユアンは辛辣なフェイの言葉を受けても大きく意気消沈した様子ではない。逆に、挑戦的な光を目に灯して上司に言葉を返す。
「じゃ、フェイさんは自分がそんな風にならないって断言できるんすか?」
「できる」
「……言い切りますね」
「当たり前だ。あいつは絶対そんなことしない」
「あいつって……え、もしかして」
フェイの言葉端から何かを読み取ったらしいユアンは、猫のような好奇の光を目に浮かべ、跳ねた口調で問う。
「フェイさん。もしかして、いるんですか? 好きな人って奴が」
「いるぞ」
「……随分躊躇いなく言うんですね。どっひゃーって感じで驚けないですよ、それじゃ。つか、恥ずかしがったりしてくださいよ、面白くないなぁ」
「人を好きになるのは恥ずかしいことじゃないだろ」
「…………」
(こういう所が変なんだよなぁ……この人)
意中の人物がいるというだけで恥ずかしがったりする人がいる中で、フェイはそれを恥じることはないと断言する。この調子では、好きな人が誰かという問いですら躊躇いなく答えるのだろう。そんな様子のフェイを見て、ユアンは目に宿していた光を鈍らせ、頬杖をつく。
「はぁ……フェイさんと話してると、面白いんだか面白くないんだか……」
「ちなみに、一応お前は会ったことがあるぞ、そいつに」
「え……」
フェイの一言に、ユアンは不意の一撃を食らったかのように呆けた顔をした。ただその次の瞬間、彼の思考はすぐにフェイの言葉の意味を咀嚼しきる。
「誰ですか! え、もしかして……」
ユアンの思考は、すぐに自分の会ったことがあるフェイの女性の知人を検索し終える。そして、彼はすぐにその名を口にしようとした。
が、その時だ。
ピピピピピ……ピピピピピ……
高く断続的な機械音が荷台中に響く。音源は、フェイの懐からだ。その電子音はフェイとユアンだけではなく、周囲の軍人達の談笑をも全て遮る。そんな中、フェイは冷静に自分の懐から連絡機を取り出し、その液晶に映された文字を目に入れてそれを仲間に共有した。
「ケールからだ」
連絡をよこした人物の名を聞くと、軍人達の表情が一気に引き締まった。そんな中、ユアンは小さくため息を吐いて呟く。
「さっきのといい、空気読めない人ですね」
ユアンの言葉が聞こえていないのか、それとも聞こえないふりをしているのか、フェイは静かに連絡機の応答のボタンに指を当てる。
「こちらケール。フェイ、手筈通りに」
連絡機からは、他の仲間達にも聞こえるよう大きなボリュームでケールの声が聞こえてくる。彼女の声には軍内で同格であるフェイが応じた。
「手筈通り? どういうことだ」
「さっきの話通りになった。私達の所にリベンジが現れたのだ」
「ッ……!」
ケールの用件は敵の到来の共有だった。その内容が伝わった瞬間、荷台の中の軍人達は気の抜けた表情を取り払う。彼らは落ち着けていた腰を持ち上げ、各々の武器を手に持って作戦行動の準備を始めた。そんな中、フェイはケールに言葉を返しながらテーブルに置いていたロケットペンダントを懐に戻す。
「分かった。俺達は後方支援と周囲の警戒に向かう」
「頼んだぞ」
必要な言葉のみのやり取りを終えると、ケールは連絡を一方的に切る。フェイも同様、切断のボタンに指を当てようとしていたため、そこに驚きはなかった。彼は連絡機を懐に戻すと、後ろを振り返る。そこには、戦う姿勢を整えた軍人達がフェイに視線を返しているのがあった。
「行くぞ」




