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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
ひねくれ魚人と逡巡の女研究者
188/391

ネバ

 背の高い灰色のビルが建ち並ぶ大地に黒いコンクリートの道路が張り巡らされた街、フォルン。街灯の設置や歩道と車道の区別もしっかりとしており、一目で一定以上の繁栄の庇護下にあることがうかがえる。加えて、レプト達が今までに訪れた街では見たこともないような色鮮やかな看板を掲げる商店がまばらに設置されている。それらの店の大きなガラスの窓からは店内をまるっと一望でき、中で大量の食料品や書物が陳列されているのが分かる。コンビニと呼ばれるような建物だ。それはビルが多く建ち並ぶ中で所々に設置されていた。通りを歩く人々はしばしばその施設に立ち寄っては、白い袋を持って出ていく。この街ではこういう光景が至る所で見受けられた。

 そんな街の様子を、無機質な建物の窓から白い目線で見下ろす男がいた。男のいる部屋は会議室か何からしく、白いテーブルと黒い椅子が綺麗に整頓されている。


「フェイさん!」


 男、フェイが窓際に椅子をくっつけて外を眺めていると、ガチャっという音と共にユアンが部屋に入ってくる。彼は入室するなりフェイのことを見つけ、彼に駆け寄った。首筋には熱くもないのに汗が浮かんでいる。


「ユアンか」

「フェイさん。急にすいません。でも、その……」


 用があって話をしに来たはずなのに、ユアンは言葉を詰まらせ、目を話相手のフェイに向けない。そんな彼の内情を察してか、フェイはため息と共に口を開く。


「分かっている。ジンさんのことは、これから直接ネバさんに掛け合う。お前達は心配せず、今回のことで犠牲者を出さないように準備していてくれ」

「……ありがとうございます。その、なんていうか……」


 自分が聞こうと思っていたこと、頼もうとしていたことを大方口にされてしまったためか、ユアンはいずらそうにしながら手近な椅子を引っ張って座る。


「あんまり、一人で抱え込み過ぎないでくださいね。俺達、おんなじなんですから」

「……ん」


 フェイはユアンの言葉を片耳に留めると、窓の外へ目をやるのをやめ、ユアンの方へと顔を向けた。フェイに向けられたユアンの視線は、その奥にある感情がすぐに察することが出来るほどに真っ直ぐだった。そんな目で、ユアンは静かだが熱のある口調で語る。


「俺も、家族をリベレーションの奴らに殺されてます。そんで、身寄りが無かった所をジンさんに助けてもらって……。俺もそうだし、隊の皆も大方そんなんです。細かいとこはちっとずつ違いますけどね」


 軽く笑って頭を掻きながら、ユアンは不器用に続ける。


「俺達はおんなじなんです。ですからその……もし、助けが必要なら、言ってください。俺も、他の皆も、手伝います。フェイさんが後悔しない選択ができるように、頑張るんで」


 ユアンはカラッと笑って言い切った。


「…………」


 自分の部下に心配され、あまつさえ気遣いの言葉を受けた。フェイはこの状況にしばらく口を開けずにいた。しばらく彼は、黙って呆けた顔のままユアンに視線を返せずにいた。何もない虚空を、物も言わぬまま見つめていた。

 少しして、考えにまとまりがつくと、


「ありがとう」


 彼はユアンに小さい笑みを向けて礼を言った。フェイが浮かべたのは、力の入っていない、気の抜けた笑みだった。それを受けると、ユアンの方は白い歯を見せて大きく笑い、親指を立てて返すのだった。

 そんな風に、二人の話に一段落がついたその時だ。会議室の扉が外側から開かれる。扉の開閉の音に意識を向けた二人の視線の先には、一人の女性が立っていた。黒い軍服に軍帽を被り、その中から藍色の髪を少しのぞかせる凛々しい顔をした人物だ。細身の体に、背はフェイより少し小さいユアンと同程度、年はフェイとそう変わらないようだ。軍服の右胸部分辺りには小さく勲章がついている。多少の地位にあることの証左だ。


「ここにいたか、フェイ」


 女性は部屋の奥にいたフェイのことを目に留めると、露骨に眉を寄せて低い声を上げる。同様に、フェイも女性の顔を見ると、ユアンに向けていた緩い表情を引き締めて椅子から立ち上がる。そして、呆けた表情をしているユアンの肩に手を置き、小声で彼に指示を出す。


「お前は戻っていてくれ」

「……はい」


 フェイの尋常ならざる空気を感じ取ったユアンは、フェイに一礼し、出口へ向かっていく。その最中、自分よりも上官らしき女性にも一礼し、部屋を去った。ただ、ユアンのそれに反し、女性は彼に一瞥をも返すことはなく、フェイから視線を放さずにいた。


「久しぶりだな、フェイ。お前はこの二年の間、何をしていた?」


 女性は背の方で手を組み、追及の光を目に宿してフェイへ歩み寄っていく。


「消息を掴めなかった。大将に尋ねても、答えは教えられない、とだけ。妙としか思えない状態だ」

「お前には関係ない、ケール」

「関係あるかどうかはお前の答え次第だ」


 ケールと呼ばれた軍服の女性は、藍色の髪の奥にある瞳を鋭く光らせてフェイを見据える。対するフェイは、彼女の顔から大きく視線を外さないよう気を払いながら言葉を返す。


「ネバさんから口止めされている。話せない。それに、お前は俺と同格だ。強制力はない」

「……確かに、そうだな。二年もの間姿を消していた怪しい人間だが、大将が招集したのだから、一旦は問わずにいてやろう」


 わざとらしく追及をやめたということをアピールし、ケールは近くの椅子に座る。それを見たフェイは、ケールと向かいにはならない斜めの位置に座り、鎖を仕込んだ右手を目の前に持ってくる。そうして、自分の武器の調子を確認する形で会話を断とうとした。

 しかし、フェイの思惑も虚しく、ケールは再び口を開く。


「ジン、とかいう奴がいたな。二年前、我々を裏切った男だ」


 独り言のように呟かれたケールの言葉は、フェイの鎖をいじる手を固まらせる。それを目の端に捉えてか、それとも最初からそうなるのを知っていてか、ケールは言葉を続ける。


「フェイ。お前は奴に借りがあるそうじゃないか。命を助けてもらっただけじゃなく、その後の面倒も見てもらっていたとか。お前の隊にいる連中も同様だ。まあ、お前の隊は奴が面倒見ていた連中が志願してるんだから当然だったな。しかし……」


 ケールは自分の腰のベルトに提げたホルスターから拳銃を抜き、その黒い銃身を点検し始める。そうしながらも、彼女の言葉は止まらない。


「お前も気の毒だ。親同然の人間が、裏切り者、リベレーションのカス共と同じ生きている価値のない連中の一員だったんだからな。それだけならまだしも、私達は軍人。奴らを殺すのが義務だ。つまり、お前は自分の親代わりを殺さなければならない」


 ケールの過激な言葉に、フェイは思わず眉を寄せる。そして、自分の手元から目を離すことはせず、彼女の過ぎた言葉を諫める。


「相変わらず発想が飛んでるな、ケール。俺達の責務は奴らを殺すことじゃない。止めることだ。それに、ジンさんが国を裏切ったという証拠もない」

「どうだか。状況が奴の裏切りを語っている。どういう考えでそんなことをしたかはしらんが、奴らは人殺しの連中に加担したんだ。最早、殺すしかない」

「……」


 断固として自分の姿勢を緩めることをしないケールを、フェイはチラと見上げて目に捉える。彼女は、自分の手に持った拳銃を構えていた。会議室の端に置いている棚やら、観葉植物やらに照準を素早く移動させているのを見るに、銃の扱いを手に馴染ませているようだ。その俊敏な動作は、彼女が銃を用いて他人を攻撃するのにひどく慣れていることを表している。そんなケールを、フェイは嫌悪と若干の恐れの混じった目で見る。

 部屋の中に緊迫した沈黙が流れる。フェイも、ケールも、互いに鋭い警戒を向け合っている。第三者が入ってきてはすぐに息を詰まらせてしまうかのような空間だ。そんな場所に、外から音が入ってくる。


「入るぞ」


 ノックの音と、野太い男の声だ。会議室の出入り口の方から聞こえたその声に聞き覚えがあったのか、険悪な空気を醸し出していた二人はすぐに立ち上がり、声のした方へ体を向ける。両者とも、得物は完全にしまい、その両手を体側にピシッとつけて背筋を伸ばしている。来訪者は二人にとって畏まらなくてはいけない相手らしい。

 二人が外から入ってくる人物を迎える姿勢が整ったのとほぼ同時に、扉は開く。


「揃っているようだな」


 部屋に入ってきたのは、二メートル半はあろうかという体躯の亜人だ。

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