束の間の連れ合い
他人のスペースに許可なく忍び込んできたシフ。発見の場にいたメリー、そして早めに起きてきたレプトとリュウは、被告人シフをリビングのソファの上に正座させ、その罪を追求しようとしていた。
「しっかし、何でまたこんな……」
同類であるシフが急に妙なことをしたのを前に、レプトは頭を抱えて呆れの声を漏らす。同時に、昨日とは大きく変化した彼女の顔を見る。
「つか、なんだよその顔? 盛大にズッコケでもしたのか?」
「……ジルアと、殴り合いの喧嘩」
シフの顔は先日までにレプトと会った時とは違い、怪我が多くあった。いくつもの青い痣をこしらえ、唇は少し切れているようだ。そんな状態のシフを見たリュウは呆れと苛立ちを込めたため息を吐く。
「君は、自分がどういう状態か分かってるのかい? 何がまた症状を進行させるか分からないのに」
「大丈夫だよ。どうしても発作が起きちゃうのは、大怪我した時とか動揺した時だけだから。それに、一回発作が起こったら少し間を置くし」
「そう……まあ問題ないならいいけど」
シフの自分の状態はよく分かっているという旨の言葉を聞くと、リュウは一応の納得の言葉を口にする。ただ、その表情には未だ煮え切らなさが残っていた。そんな彼を目に、シフは昨夜のジルアとのやり取りを思い出す。
「……ジルアが君の話してたよ」
「えっ。なんて言ってた?」
「癇に障る優男だってさ」
「うわ……やっぱり。クソ、君のせいだ」
「えっ? 僕?」
「君が馬鹿な判断してなかったら、僕だってただ減点されるようなことしなかったって……」
ジルアからの自分の印象を聞き、ショックを受けた様子のリュウは、すぐにその感情をシフへの怒りにスイッチする。シフの方はというと、自分が何故その矛先を向けられているのかに一切見当が付かないらしく、目を丸くして首を傾げた。
「落ち着け、リュウ。お前キモイぞ」
女性関係のことでイラつくリュウを、隣のメリーが白い目を向けながら制する。
「……はぁ。悪かったよ」
多少は自覚があったのか、メリーの言葉に抗うことなく、リュウはシフに怒りを向けるのをやめる。怒りを向ける先を失い、喪失感に襲われる彼はまるで一つの恋が台無しになったかのように大きく肩を落とすのだった。
そんなリュウを目の端にシフの向かいに座るメリーは、悠々と足を組んで煙草を吸いながらため息を吐く。
「で、なんでまた忍び込んだりなんかした?」
「……薬が出来るまで、旅についていきたくて」
「それはまたどうして」
二人の間にあるテーブル、その上に置かれた灰皿にメリーは煙草を押し付ける。そんな彼女を前に、シフは正座をしながら胸を張り、問いに答えた。
「助かるにしても、自分が納得する形で助かりたい。君達の力を借りるにしても、最低限にしたくて」
「なんだ? 私のおかげで助かるのがそんなに嫌か」
「嫌だ。だけどそういうことじゃない」
「ふーっ……。というと?」
煙草を口に咥え直し、メリーは正面のシフを見据える。その視線に、シフは真っ直ぐ同じように返した。
「僕は自分が幸せになる権利を持っていると思ってる。だけど、それは誰かに一方的に与えられるものじゃないって思ってもいる。だから……そのために必要な第一歩を、完全に他人任せにはしたくないんだ。正直、薬つくったりする上で僕が出来ることは少ないだろうけど、それでもだ」
言い淀みながらも、シフはその言葉を切ろうとはせずに言い切る。彼女の言葉に嘘の揺れはなく、瞳には真っ直ぐなものがあった。それを目の端で捉えたメリーは、煙をふーと拭きながら短く彼女の頼みに答える。
「いいだろう。ついてこい」
メリーの言葉を受けると、シフはパッと笑顔になり、正座を崩して立ち上がる。
「いいのっ?」
「駄目って言ってもついてくるか、クソみたいな駄々こねるんだろ。面倒を避けたかっただけだ」
「っ……チッ。お前なんかに許可を取ろうとするべきじゃなかったよ」
一瞬だけ純粋な喜びをにっくき相手に見せてしまったシフは、瞬時に表情を入れ替え、そっぽを向く。昨夜のことが大分二人に溝をつくったらしい。そして、メリーにもシフにもそれを埋める気はないようだ。
シフは一応の許可をもらうとメリーとの会話を早々に切り上げ、彼女のすぐ後ろにいるレプトに向かって改めて挨拶する。
「改めて、よろしくね、レプト」
「おう……。なあ、昨日から思ってたけどよ」
「ん?」
「メリーともう少し仲良くできねえのか? 二人共悪い奴じゃねんだし、面と向かって言うのもなんだけど空気が……」
「「ない」」
レプトの提案は、シフとメリーそれぞれの拒否によって撃ち落される。女性二人に強い言葉で否定されたレプトは、しゅんと項垂れて「分かったよ」と呟くのだった。
そんなやり取りを端眼に、リュウもレプトと同様、シフに対して改めて自己紹介する。
「リュウだよ。まあ、短い間だろうけどよろしく」
「こっちこそよろしく。……なんか、嫌われてるかな?」
「まあ、連れにあんな顔させる子はね」
「……ジルアの事、か。返す言葉もないよ。悪い事、したと思ってる」
シフが目を俯けて零した言葉を聞くと、リュウは意外そうに目を丸くする。
「まあ、そう思えてるなら別にいいのかな。彼女がすごく辛そうだったからさ」
「ジルアの事、よく見てるんだね?」
「魅力的な子だったからね。できれば君じゃなくて彼女について来て欲しかったんだけど」
「……え」
急に突き放されるような言葉を受けたシフは、ぽかんと口を開けて何も言えなくなってしまう。彼女をそんな状態にしたリュウの頭を、隣のレプトが軽く殴る。
「おいっ! お前言葉ってヤツを選べよな」
「ええ……だって、もっと話したかったし。ほら、なんか立場も僕と似通ってたしさ……」
リュウは言い訳しながら目を逸らす。そんな彼の表情を見たシフは、口元を小さく歪め、人差し指を立てて彼に提案する。
「じゃあリュウ。こういうのはどうかな」
「ん?」
「僕が助かった暁には、君の感じ良い話をジルアに吹き込んでおくよ。たんまりと。それこそ、口説く難易度が下がるくらいにね。その代わり、僕とも仲良くしてほしいな」
「ん……」
(ジルアからの評価下がるようなことしたの、元はと言えばこの子が原因だけど……)
リュウは品定めするように、いやらしい目を光らせて笑うシフを見る。彼女は自分のためなら多少友人を利用することも厭わないらしい。とはいっても、リュウのことを悪い人間ではないと見越しての選択だろうが。
「それ、いいね」
「でしょ? じゃ、約束成立ってことで」
「お茶の誘いに乗ってくれるくらいには、最低限頼むよ?」
「バシッと任しといてよ」
リュウとシフはお互いに一切の躊躇なく右手を差し出し、ガッシリと握手する。それを、メリーは遠目から首を振って眺め、レプトは白い目で見つめているのだった。
(……こんなんでいいのか、恋愛って?)




