出立前日
「……ということなんだ」
レプトとメリーは車に戻ってくると、二人の帰りを待っていたカスミ達に事情を説明する。シフを助けられる手段があるということ、それに付随して説明が必要なメリーの過去について。驚愕と疑問に逐一答えながら大方の説明を終えると、メリーはテーブルに置いた灰皿に煙草の火を押し付ける。
「で、肝心のこれからの動きなんだが……雑に説明しておこう」
煙を大きく吐きながら、メリーは端的に説明する。
「シフの症状を治す薬品がある。抑制剤とでも言っておくか。それの存在自体は知っているんだが……私の方では製法を知らない」
「えっ……それじゃあ駄目じゃないの?」
「焦るなカスミ。この近場に事故で放棄された研究所がある。そこから抑制剤の製法を抜き取るんだ。ただ、そこには薬品をつくる設備が残っていないだろうから……製法を手に入れた後は近くにある私のアジトに向かう」
「アジト……?」
レフィはメリーの言葉をオウム返しにして首を傾げる。当然、アジトなんていう言葉は普通では聞かない。意味が分からない訳ではないが、メリーから聞くとは思っていなかったのだろう。他の者達もジン以外は驚いた顔をしている。そんな皆に、メリーは目を逸らし、面倒そうにため息を吐きながら話す。
「まあ、ほら。最初に会った時のフェルセのあれ、あそこもアジトの一つだ。んでまあ、この国の至る所に用意があって、設備もまあ整わせてるんだが……」
言葉を濁らせながらメリーは説明を遅らせる。レプト達は皆、彼女の話の内容に興味を引かれて注目の目を向けていた。
ただ、そんな四人の目線を阻むようにジンが声を上げる。
「今重要なのは、シフというクラスを助けられる手段が整っているという事だ。とりあえず、どういう方針でいくかを先に頼めるか」
ジンはメリーにこれからの動きについて問う。それを受けたメリーは、自分の持っているアジトについての話を中断して路線を戻した。
「ともかく、一旦私のアジトを経由し、設備に問題が無いかだけ確認する。その後に廃墟に向かって製法を手に入れ、もう一度戻り……少しややこしいが、そんな感じだ」
吸い切った煙草を灰皿に投げ捨て、話を一通り終えたメリーは大きく口を開けて欠伸をする。シフの仲間に押さえつけられたことから始まった忙しさによる疲労のためだろう。彼女は話を終えると、椅子から勢い良く立ち上がった。
「話は終わったから、私はシャワー入って歯ブラシして寝る。質問は……ふぁ……ん。明日にしてくれな」
一方的に言い残すと、メリーはリビングから出ようと後部の方へ歩いていく。レプト達は彼女の意志には逆らわずにその背を呼び止めることはせず、顔を見合わせた。
「しかし、タイミングよかったよな。もう少しここに来んのが遅れてたらヤバかったんじゃね?」
「そうね。色々噛み合って助かったってとこかしら」
レフィとカスミはは体を楽にしながら、今回こうしてシフを助けられることになった運の良さについて話す。
「あともって一か月ってとこだったんでしょ? メリーがいなきゃ、どうなってたか」
「レプトがいなかったら、この街にシフがいることも気付かずにいたかもしれねえしな」
「……ん、ああ。確かに、あいつらから来たからな」
カスミやレフィの言うように、ここワテルでの一件はそれぞれの持っていた性質がうまく噛み合い、シフという一人の人間を助けることが出来るように動いていたように思える。実際助ける手段を手に入れるのはこれからだが、光が見えるだけでもシフ達にとっては打開と言うに十分だろう。
「そう……だね。はあ」
状況が整っていることに感謝する三人に対し、何故かリュウは憂鬱そうにため息を吐く。
「こんなことなら、ジルアにあんなこと言ったの絶対必要なかったじゃん……。もうさぁ」
リュウが不快そうにしていた原因は、ジルアに関することであった。彼女のことを気にしているリュウにしてみれば、シフを助けるため、昼に彼女の好感度を下げる覚悟で強い言葉で話したのにその手応えが無かったのだから当然だ。
ただ、そんな彼のボヤキを耳にすると、隣のレフィが明確に表情を崩す。彼女は頬を膨らませてそっぽを向きながら、しっかり周りに聞こえるような声で零す。
「リュウって……ああいうのがいいんだな。何て言うか、大きくて……」
「大きい……ああ、胸の話?」
「……ぶっ!?」
レフィがわざわざ口にせずにいたことをリュウが平然と明言する。自分の考えが見抜かれていたことを唐突に突きつけられたレフィは、大きく吹き出して顔を真っ赤にする。
「なっ、なな、何言ってんだよリュウッ!? は、破廉恥だぞ!」
「え、破廉恥って言われても……君が言い出したことでしょ?」
「い、ぃやそれは……その」
真っ赤な髪と同じくらい顔を赤くし、レフィは言葉をまごつかせる。対してリュウは一切恥を顔に浮かべる様子はない。というより、面白そうに口元を歪めている。レフィがどんな反応をするか分かっていて、わざとそういうことを口にしたらしい。
「……俺も寝るわ」
リュウがレフィのことをからかっているのを端眼に、レプトはフードを被って椅子から立ち上がろうとする。そんな彼の背に、カスミはいたずらっぽく口角を上げて声をかける。
「レプトってこの手の話は苦手なの?」
「いや……苦手っつか、したこともねえよ。ずっと男二人旅だったし」
薄ら笑いを隠そうともしないカスミの言葉に、レプトはフードで顔を隠しながら応える。
「へぇ~。なんか、タイプだなぁって思った女の子とか、いないの?」
「……う、うるせえな。逃げるのに必死でそんなこと考えたこともなかったよ」
「そーなんだ。じゃあ……」
カスミはリビングを出ていこうとするレプトの肩に手を置き、振り向かせると、いやらしい笑みを浮かべて彼に問う。
「私とレフィとメリーだったら、誰が一番とかはあるの?」
「……っ。ぜ、全員一緒だ! 上も下もねえ、以上!」
跳ねた声ではぐらかすと、レプトはリビングから勢いよく廊下へと出ていく。フード越しでハッキリとは見えなかったが、恐らく顔は紅潮しっぱなしであっただろう。それを声の調子から読み取っていたカスミは、レプトが消えていった廊下の方を呆れた目で見ていた。
「あいつ……マジで色恋のいの字も知らないって感じなのね……」
十五を超えた辺りであろうレプトに一切そういう経験が無いことを察すると、カスミは喉の奥から愉快そうな笑いを漏らす。ただ、彼女のそれも長くは続かなかった。
「カスミッ!!」
「っと……どうしたのよ」
泣き目のレフィがカスミの背にしがみついてきたのだ。急な事態に動揺しながらも、カスミは自分より一回り小さいレフィの肩に手を置き、落ち着かせながら問う。それに、レフィは号泣によってグズグズになった声で答える。
「リュウが、オレのことは恋愛対象にならないって言いやがんだよッ!!」
「え、えぇ……? しょうがないでしょ。年結構離れてそうだし。ってか、それで泣くってアンタ、リュウのこと好きなの?」
「いや……好きだけど好きじゃねえよ。そういうんじゃねえ。けど、なんかムカつくんだよ!!」
レフィは言いながら背後のリュウを指し示す。ソファに座る彼の頭は、何故か焼き焦げてチリチリになっていた。大方レフィが怒りに任せてリュウの髪を焼いたのだろう。体に傷はないらしく、リュウはカスミ達の方を苦笑いしながら見ていた。
カスミはレフィの言葉を受けると、よしよしとレフィの頭を撫でる。聞くに、彼女の涙は悔し涙だろう。その涙に思う所があったのか、カスミはリュウのことを睨みながらレフィに語り掛ける。
「ああ……なんか言ってることは分かるわ。それも、多分あのジルアって子と比較してでしょ?」
「そーなんだよッ! クソ……可愛くておっぱいでかくて強くて背もなんか丁度良くて……なんかスゲームカつくぜカスミぃ……!!」
「うんうん。リュウも言ってた通り、魅力的な子だったしね。なんか、女として負けた感みたいなのがあるわよね……」
レフィの震える肩をさすりながら、カスミはリュウに鋭い目線を向けた。射貫かれるような目で見られたリュウは、身を縮めて細い声を上げる。
「え、えっと……僕が責められる流れかな?」
「別に責めないわよ。あんな可愛い子見て誘いたくなるのはしょうがないわよね」
「え……なんか、話逸れてない? 昼のこと言ってるの?」
「そうかもね~。何でか、私達にああいうアプローチはなかったから、ちょっと気になってね」
「…………君達だって魅力的だよ? でもほら、僕のアレじゃなかったっていうか、ね? 好みの問題だから、そんな怖い顔はしないでよ」
女子二人を怒らせてしまったらしいことを察すると、リュウは誤魔化しの段階に入っていく。だが、もう遅かった。
「じゃ、参考までにアンタの好みをジックリ聞かせてほしいわ。私達も、女磨きたいし、ね?」
「……はは。お手柔らかに」
リュウは引きつった笑いを浮かべ、これから怒った女子二人を相手に迎える長い夜に対する覚悟を決めるのだった。




