素
「……どういうことだ?」
すぐ直前まで歓喜と称賛の言葉をメリーに投げかけていたレプトだったが、彼女の言葉を聞いてその顔から笑みが消える。同じく、戸惑いと安堵により顔を俯けていたシフもメリーのことを見上げた。
当のメリーは、煙草を口に咥え、一息ついていた。彼女の周囲には、暗い闇と、そこに際立つ白い線条の煙が舞っている。
「これからする話を、信じてくれるか?」
メリーは最後の一吸いという風に深くタバコの煙を肺に入れると、吸殻を灰皿に捨てる。そして、白衣の懐に両手を突っ込んで、真っ直ぐ二人に向かった。
「……僕に他の選択はない」
「俺は信じるぜ。……ただ、お前の昔のこと、少し聞かせてくれよ」
二人は各々の反応をした。シフは、自分が助かるための手段が目の前にあって、それを掴むのに選りすぐりは出来ないという考え。レプトは、心の底からのメリーへの信頼。各々がそれぞれの感情を含めた目で、メリーを見る。
「……言った通り、私はクラスの研究員だった。お前達を、研究所でガラス越しに見たこともある。手の届かない場所で叫び声を上げているのに、その震えが届かない不気味さは今でも覚えている」
まだ肺に残っていた薄い煙を漏らしながら、メリーは語り続ける。
「実態を知って、すぐにエボルブを抜けたよ。その時、エボルブの研究所に関する情報を私の権限でできるだけ掠めてきた。その中で、お前を助ける手段に当てがある」
そこまで話すと、メリーは深く息を吐いて肩から力を抜く。
「本当は話したくなかったんだがな。しかし、この手段を取る以上、何故、どうしてと聞かれるのは仕方ない。……しかし、思ったよりも何も言わないんだな?」
メリーは話を一通り終えたのか、首を傾げてレプト達に向かう。疑問に思ったのは、やはり彼女の過去に対して追及が少なかったことだろう。確かに、助かる手段を選べないシフはともかく、レプトとしては幾度も問いを投げてもおかしくない立場のはずだ。
メリーの疑問に、レプトは軽く笑って応える。
「信じるって言っただろ? まあ、驚いたっちゃ驚いたけどよ……何で隠してたんだ?」
「分かるだろ。初対面の時にこの話してたらお前はどうしてた?」
「……ああ」
「そういうことだ。多少の信頼を得てから、この話をしたかった」
「さて」と話に一段落つけると、メリーはシフの方を見る。シフは依然地面に膝をついたままだったが、彼女の方もメリーを見上げていた。
「気は変わったか? 魚臭い陰気女」
「っ……。言ってろよ。短絡卑怯野郎」
「あぁ?」
挑発に挑発を返され、メリーは眉を寄せる。助ける手段を提示した自分がそんな言葉を受けるとは思っていなかったのだろう。対するシフは、挑発の手を緩めず、舌打ちをして立ち上がる。
「お前があんなに強く言ってきたのはそういう後ろ盾があったからだろ? 結局助ける手段があるから、どれだけ強く言っても恩着せがましくして覆せるって思ってたわけだ」
「……お前ひねくれ方ヤバすぎだろ」
「うるさいよ。お前になんて言われようと、僕は自分のことを不幸だと思ってる。世界でも有数の不幸さ」
先ほどあれだけ言われておきながら、シフは憚りなく自分を不幸だと言う。そんな彼女を見て、レプトはドン引きした目で昼の時のことを思い出す。
(他人の不幸を願うのって……こいつ、別に普段からそんなんなんじゃねえか? 今不安定だからとかじゃなく)
自分の死を願ってきたのはシフの本来の性格なのではないかと、今のシフの言葉を聞いてレプトは思う。どうも、彼女はただ同類を助けたり、仲間に信頼が厚いだけの人物ではないらしい。
「ただ……」
シフはメリーへの反論を中断し、口をつぐむ。その後、少しだけ黙った後で、彼女は二人に顔を合わせないようにして呟いた。
「不幸だけど、仲間に恵まれてはいたよ。間違いなく。そこに気付かなかったのは間違いなく僕の目が節穴だったからで、気付けたのはお前のおかげだ」
「……」
固く拳を握りながらそう口にしたシフの背を、メリーは黙ったまま見つめる。その目には、ほんの一瞬だけ満足そうな笑みが浮かんだ。
ただ、それも本当に、突風が通り過ぎるような一瞬の間だけだった。
「馬鹿ガキが。大事なこと気付かせてもらって、しかも助けてまでもらえる相手にその態度は何だ? 額地面に擦って礼を言うのが正しいだろ」
「嫌だね。礼を言う時があるとすれば、それは全部終わった後だ。っていうか、僕は元から救われるべきだったんだよ。不幸すぎだったからね。でも僕はこの境遇でも腐らず善行してたから。悪人倒して助けた人数は数知れないよ?」
「おいおい……よくもまあそんな傲慢な言葉がぽんぽんと出てくるもんだ」
「積んだ善行が返ってきただけだよ。まあ人を助けてありがとうって言われる度、口はいらないからお前が代わりに死んでくれって思ってたけどさ」
全く悪びれることもなく、逆に胸を張ってそう言うシフを見て、レプトはドン引きする。
(こいつヤッバァ……)
口論するメリーとシフを見つめ、触らぬ神に祟りなしという風に一歩引いた場所にレプトは立っているのだった。そんな彼が多少の暇を感じ始める頃、やっと言い合いにカタがついたのか、メリーが大きく息を吐いてシフに背を向ける。
「ともかく、準備に一週間くらい時間を取る。その間、お前は症状を悪化させないように安静にしていろ」
「……まあ、気を付けるよ」
メリーは忠告だけ残すと、レプトに声をかけ、彼と連れ立って公園を後にする。その最中、レプトはシフの方をチラチラと振り返りながら隣のメリーをせっつく。
「なあ、あいつ昼ん時とは見違えるくらい変わってねえか?」
「あいつの素なんだろ。今まで馬鹿みたいに分厚い仮面を被ってたからな。歪み切ってる」
「……だな。まあ、内心じゃどう思ってようと自警団とかで人助けてたみたいだし……」
「悪い奴じゃない。ただクッソ腹黒いって感じだな」
シフについてそれぞれの見方を語りながら、それでも悪人ではないのだろうと結論付けた二人は彼女を助ける手段について話す。
「ともかく、どう動くかの詳細はリュウ達にも話す。さっきのも加えてな」
「オーケーだ」
「よし……。さっさと済ませるとするか」
シフへの説得、その他諸々彼女へ伝えることを済ませ切ったメリーは少し疲れた風で肩から力を抜く。酒を飲んでいたこともあってか、欠伸までしている。
「大丈夫かよ? 目的地だけ伝えて、説明は明日とかでいいんじゃねえか?」
「いや……今日の話は他の連中にも大きい事だろうし、今日の内に話しておくよ」
メリーは明らかに眠そうに目をシパシパさせながらも、背を正して歩くのだった。
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レプト、メリーとの対話を終えたシフは、一人暗い公園で立ち尽くしていた。彼女はこれまでに自分の中に積まれてきた毒を抜くように大きく息を吐くと、地面に落としていた槍を拾いなおす。そうしながら、彼女はおもむろに海の方を見た。
暗夜の中の海は、漆黒に包まれていた。ただその中で、銀の月の光だけが煌々と光り輝いている。深い藍の空に浮かぶ月と海に反射する月は、シフの目に強く輝いて見えた。
「……ジルアには話しておくか」
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