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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
ひねくれ魚人と逡巡の女研究者
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リュウの策とメリーの策

「……何言ってんだよ、お前」


 シフをエボルブに引き渡すというリュウの言葉に、初めに反応したのはレプトだ。彼は信じられないという驚きと、疑いの含んだ目をリュウに向ける。だが、そんな感情を彼が持つのを知っていたのか、リュウはすぐに説明を続けた。


「考えてほしい。シフのあの症状が出たって話は、二年前からってことだったでしょ? それはつまり、レプトや彼女がエボルブから逃げ出したのと同タイミングだ」

「……それが、どうしたの?」


 リュウの言葉に少しの思考を挟んだ後、やはり分からないという風に首を傾げてカスミが問う。最初の言葉のインパクトがインパクトなだけに、彼らの思考力は少し麻痺していた。


「エボルブにいた間は平気だったってことだよ」


 リュウは人差し指を皆に見えやすいように立てる。


「この事実が更に示す状態は、大きく二分される。一つ目は、元からシフの体にはあの症状があったけど、エボルブの連中はそれを理解していて症状の進行を止める薬を打ち続けていた。そして、今のシフはその薬が無いから症状が進行してしまっている、という状態」


 二つ目、と言ってリュウは中指も立てた。


「エボルブの行う何らかの実験がシフのあの症状を引き出した。エボルブではその症状を治す薬があって、その実験を行っても問題はなかったけど、エボルブを抜け出した今のシフの手元にはその薬がないから進行が止まらない、という状態。……ほとんど同じだね。変わるのは、彼女が元からあの症状を持ってたかそうでないか、くらいかな。そして、どっちでもとるべき対応は変わらない」


 リュウは二本立てた指を開閉させ、自分達のとるべき動きについて説明する。


「エボルブにシフを引き渡す。これをすれば、絶対に彼女は助かるんだ」

「……わっかんねえ。あんな辛い場所に戻すなんて、どう考えても……」


 リュウの言葉にレプトが反応する。彼は、シフや自分がどういう状況にあったかを知っているだけに、リュウの提案にフィルターをかけて見てしまっていた。

 ただ、そんな彼の疑いを晴らすようにジンが説明を補足する。


「お前達クラスはエボルブの中でも重要な実験体だったと聞いている。つまり、奴らにとっても失いがたい存在だとうことだ。リュウが言いたいのはつまり、エボルブにシフを差し出せば、少なくとも彼女の命についた期限を解消できるという事だ」

「そういうこと。薬だろうが何だろうが、シフが手中に戻ったら彼らはきっと彼女の症状を止める。大事な実験体だろうからね。そして……」


 ジンの補足説明に頷き、リュウはこの話の終着点たる結論を口にする。


「治ったところを奪い返せばいい。もちろん、すぐにとはいかないだろうし、その間シフには辛い状況を我慢してもらうことになるけどね」


 リュウの策とは、治す手段を知っているだろうエボルブに一時的にシフを預ける、というものだった。その後で奪い返したなら、今の症状も完治した後だろう、ということらしい。ここまでの説明を聞いてやっと彼の意図をすべて把握したカスミとレフィは納得の表情を見せる。

 ただ、レプトだけはまだ納得がいっていないようだった。彼の中で、命を長らえさせるためとはいえ、再びシフを逃れたはずの辛い環境に置いてしまうことを気にしているのだろう。そんな彼に、メリーが気楽に言う。


「まあ、リュウの策はお前の母親を助ける際にシフも一緒に助けられるのでは、と踏んで発案したものだろう」

「そうだね。それも、目途の見えないことではあるけどさ。命が失われるよりはずっといいと思ってね」

「そうだな……。だが、そんな最後の手段のような策を取る必要も、今回はない。なにせ……」


 メリーは煙草を咥えまま立ち上がり、レプトの座っているすぐそばまで歩いていく。そして、彼の腕を掴んでグイと引っ張った。思わずレプトは立ち上がり、怪訝の表情でメリーを見る。レプトの目に映ったメリーの顔には、不安が一切存在しなかった。


「私がいる。私はリュウと違う方法で、しかもエボルブに引き渡す必要もなくあのガキを助ける方法に心当たりがある」

「え……マジ、か?」


 自分の腕を掴むメリーに、目をパチパチとさせてレプトは疑問を示す。他の面子も同じように彼女の言葉が信じられずにいるようだった。そんな中、リュウは目を細めてため息を吐く。


(……じゃあ、僕がジルアにあんなこと言う必要なかったかな~……。まあ、それでも気に食わないことではあったし……いっか)


 自分の策のために行った努力が空ぶったかもしれない可能性を考え、彼は若干憂鬱な気分になっているようだった。落としどころとして納得はしているが、多少の悔いが残っているらしい。

 そんなリュウの様子に気付くことはなく、レプトはすぐ近くのメリーにがっついて問いを投げる。


「な、なあメリー。本当に助けられんのか? 痛い思いもさせず、命が終わるのが見える状況なんてのを、打ち崩せるのか?」

「ああ、断言しよう。だが……」


 レプトが目を輝かせながら投げた問いに頷きながらも、メリーは少し表情に陰りを見せて俯く。


「……お前は、私を信じているか?」

「……? 急にどうしたんだ?」

「いいから答えてくれ」


 メリーは顔を持ち上げ、レプトの顔に真正面から向き合う。彼の全てを見ているかのように、その瞳は真っ直ぐだ。誠実ささえ感じるその目にレプトは息を飲む。彼の記憶では、今のようなメリーの顔を見るのは、フェイのことを話している時くらいだ。


「信じてるぜ。仲間、だからな」

「……ふ」


 レプトの言葉を受けると、メリーは口の端を少しだけ歪める。ほんの少し、一番近くにいるレプトがようやく見えるくらいの変化だ。そしてそれは、彼の目には嬉しさが零れたかのようなものに見えた。


「よし、私の考えを実行するにあたって、今から行くとこがある。レプト、外に出て会いに行くぞ」

「……っえ? だ、誰に?」


 急な外出宣言にレプトは思わず純粋な疑問を口にする。それに対して、メリーは左手に煙草、そしていつ隠し持っていたのか、右手に酒瓶を持って答えるのだった。


「シフに、だ。行くぞ」

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