手段
「ただいま~……僕が最後か」
「おっ、おかえ……って、どうしたんだよリュウ!!?」
メリーの車の車内、レプト達五人が既に集まっていたリビングに、外出していた最後の一人であるリュウが入ってくる。彼を迎える第一声を上げたレフィだったが、彼女の声は穏やかなものから突如として悲鳴に変わる。その声に気を取られた一行は、一斉にリビングと廊下の通用口の辺りに立つリュウに目を向けた。と、同時に、全員が驚愕で目を見開く。
リュウは、頭からダラダラと真っ赤な血を流していたのだ。白い肌と光に反射して光る赤が、リュウの顔に美しくもある猟奇的な絵面をつくり出していた。
「イメチェンえっぐいな、どうした?」
「殺人者リスペクトってとこだね。似合ってる?」
「黙ってなさいよ馬鹿男ども……で、マジのとこ何があったのよ?」
明らかにふざけたやり取りをするリュウとレプトに呆れた様子のカスミは、ため息を吐きながらリュウに問う。それに、彼は肩をすくめてやれやれという感じで答えた。
「いやさ、あのジルアって子を口説こうとしたんだよ。そしたら、槍を頭に刺されちゃって……。ははっ、ホント参ったよ」
「ははっじゃないのよこんな時に……アンタが頭おかしくて参るのはこっちなんだけど?」
「……ふぅん」
カスミはリュウに幻滅したという目線を向ける。そのすぐ後ろで、レフィも彼にジトッとした湿り気のある目線を向けた。そうしながら、彼女は低い声で自分の隣を示す。
「まあ座れよ、リュウ。オレが拭いてやるから」
「ああ、ありがとレフィ。じゃ、お言葉に甘えて」
リュウはレフィの誘いに頷き、彼女のすぐ隣に座る。その間でレフィは手近な棚から白い清潔なタオルを手に取ると、
「ふんっ」
気合の声と共に、それをリュウの顔面に叩きつけた。
「ちょっとレフィ?」
柔らかい布とはいえ、不意を突かれれば痛みもあるし嫌なものだ。それを表には出さない落ち着いた声でリュウはレフィへ声をかける。ただ、彼女の方はそれに言葉を返すこともなく、リュウの顔面に張り付くタオルでぐいぐいと彼の顔を拭く。
「ちょっとレフィ……痛いけど。力入れ過ぎじゃない、ねえ」
「……別に。何もねえよ」
白いタオルに覆われたリュウの頭が、レフィの加える力のままに揺れる。中でリュウがくぐもった声を上げるが、レフィは全くそれに取り合わない。彼女は恨みを発散するかのようにタオルに力を込め、リュウの顔を荒々しく擦った。
少しの間そのままレフィが余計な力を入れてリュウの顔を拭き終えると、彼女は血のついたタオルをテーブルに放った。
「終わり。綺麗になったな、リュウ」
「うん、そうだね。でもまだ赤いと思うんだけど。やり過ぎだったよね完璧に」
「んなことねえって。善意を疑うのかよ?」
先ほどまでとは違う強い衣擦れという意味で赤くなったリュウの顔に、にんまりと濃い笑顔を浮かべてレフィは向かう。どう見ても嫌味の類だ。
「おい、あんまり無駄話はするな。まだやることがあるんだからな」
そんな彼らのやり取りにジンは呆れのため息を吐き、話を真面目な方向に変える。話題は、言わずもがな、この街で見つけたレプトの同類についてだ。
「俺は話でしか聞いていないが、お前達はもう全員分かっているんだろう? なら、どうするかも決まっている」
ジンの言葉に、一同の緩い空気は薄れていく。
リュウより早く車内に戻ってきたレプト達によって、ジンはシフらの事情について共有を受けていた。彼はそのことについて方針を定めようと、この話を切り出したのであろう。
「シフというクラスを助ける。少なくとも、この場にいる者達は賛成している。リュウも……」
「そのつもりだよ。レプトの方も、気持ちに整理がついてたみたいでよかったよ」
「ん……お前とレフィのお蔭でな」
レプトは口にするのと同時に二人へ笑いかける。リュウとレフィは共に、彼へ笑顔で頷くことで応えた。
そんな三人のやり取りをジン、カスミは小さい笑みを浮かべて見る。リビングの中には温かい空気が広がっていた。ただ、そんな中で一切その空気に混じらず、自分だけ別の場所にいるかのような空気を纏っているものがいた。メリーだ。彼女はリュウが戻ってきてからずっと口を開いていない。それ以前も黙っていたのだろう。彼女は独り、煙草を口に咥えてはぷかぷかと白い煙をくゆらせていた。
レプト達の会話からしばらく、ジンは腕を組んで低い唸り声を上げる。
「しかし、正直な所を言えば当てがない。クラスにそんな症状がでるなどとは知らなかったし……流石に当てもなく探していてはタイムリミットに間に合うか……」
ジンの言葉に、レプト達も同じように悩みの気持ちを漏らすような声を上げる。彼らが探そうとしているシフを助ける手段だが、今のところ、どこを探せばいいかの手掛かりなどは一つもない。あるのは、この辺りでは見つからない、という情報だけだ。しかし、ワテルを除いた国全体など虱潰しに調べる時間はない。その間にもシフは悪化し、今の形を留めていられなくなるだろう。
そんな、八方塞がりのような状況にリビング内には沈黙が広がる。
「「手段はある」」
だが、その時だ。二人の男女の声が一度に部屋に響く。メリーと、リュウだ。声を上げた彼ら以外は二人を信じられないという表情で見つめ、そして声を上げた二人は互いを意外そうな顔で見た。
「意外だな、リュウ。お前が」
「こっちも……いや、君の職業を考えればおかしくもないのかな?」
目を丸くするメリーに対し、リュウは合点がいったように顎に指を添えた。そうしながら、彼は自分の考えをメリーに語る。
「と、なると……僕とメリーの考えが一緒じゃない限りは、メリーの考えを採用することになるかな」
彼は自分の頭の中の考えと、メリーが思い浮かべているだろう策について多少考えてそう口にする。だが、傍から話し合いを見ているレプト達には一切内容の知れない言葉だ。それを、素直にカスミが問う。
「ちょちょ、待ちなさいよ。話が全く追い付かないわ。シフを助ける手段が分かるの? 研究者のメリーならともかく、リュウまで……それに」
「何個も質問を並べられちゃあ答えられないよ。ここは……僕の方から説明しようか」
カスミの疑問の声を制止するように手を上げ、リュウは他の者達とは正反対の落ち着いた声を上げる。
「僕のやり方は、言うなれば邪道だ。メリーの方を採用することになるって言ったのはそのためさ」
「……なるほど。お前の考えは多少読めた。頭が回るな」
リュウの一言にメリーは彼の考えが読めたのか、火の点いた煙草の先を対面のリュウに向ける。「おほめに預かり光栄だよ」とリュウは笑ってそれを受け流すが、やはり周囲のレプト達にはその内容が掴めない。
「じ、焦らすなって。早く言ってくれよっ、リュウ!」
リュウのすぐ隣に座るレフィは彼の肩を揺さぶって続きを話すように促す。
「そんなに胸を張って話すような内容じゃないよ……」
人の命を助けられるという期待に目を輝かせるレフィ達に、申し訳なさそうにしながらリュウは目を逸らす。その口調は、言い訳をするように消え入りそうだった。だが、そのまま黙っているのも悪いと感じたのか、彼は目線を上げ、一同に言い放つ。
「シフを、エボルブに引き渡せばいい」




