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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
ひねくれ魚人と逡巡の女研究者
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踏み越える勇気

 リュウとジルアが消え、残されたレプトとカスミ、レフィは何を話すこともなくしばらくの時を過ごしていた。落ちかけたオレンジの陽が先ほどまで蒼かった海を染めていくのを見つめながら、考えていることは全員同じものだ。


「レプト、何を迷ってんだよ?」


 沈黙を破ったのはレフィだ。彼女は心の底から分からないというような表情で、海を見つめるレプトに声をかけた。レプトはというと、低く覇気のない声でそれに応じる。


「あのシフって奴を、助けるつもりなんだよな?」

「ああ。そうしたいと思ってる。けど……」

「じゃあ何をウダウダしてんだよ。なんか、お互いの位置が近いと……感じんだろ? だったら探して、説得するべきじゃねえか。あっちがどう思ってるかなんて関係ねえ、そうだろ?」


 整然とレフィは今自分達が行うべきことを羅列した。シフを助けるつもりなら、まず彼女にそのつもりになってもらう必要がある。無論、身体の問題を取り除くというだけならそうでなくとも構わないだろうが、今の彼女の問題はそれだけではない。

 レフィの言葉に、レプトは目線をあちこちにまごつかせながら応える。


「関係ないって言いきれねえんだよ。あんな……こっちが何か言うより早く、あんな目で……」


 レプトは自分の顔の、人でない部分の鱗を指でなぞりながら声を揺らす。


「俺なんて全然大したことなかったんだ。こんなんで一々隠したりだとか、そんな甘い次元にいなかったんだよ、シフは! あとしばらくもしない内に自分がなくなっちまうなんて、俺には想像できねえ」


 頭を両手で抱え、レプトは自分と違いすぎる相手の思考が分からないと嘆く。二人は境遇こそ同じだったが、その先にあるものがあまりにも違い過ぎた。彼からでは、シフがどんな気持ちでいるのかも全く分からないのだろう。


「今あいつが、ああやって手段を探さない選択をしているのも……何か理由があるのかもしれねえ。俺には、全く分からねえだけで……だとしたら、俺が何かやったらあいつの気持ちを踏みにじることになるんじゃ」


 柄にもない思考で、レプトは判断から遠ざかろうとする。そんな彼の様子を見たカスミは、眉を寄せて心の底から不思議だと感じているかのような声を出す。


「アンタ……そんなウジウジした考えする奴だったっけ?」

「う、ウジウジって……俺はただ……!」

「レプト」


 カスミの問いに噛み付こうとしたレプトの言葉を、レフィがさらに遮る。その座った調子のレフィの言葉に思わずレプトは彼女の顔を見下ろした。レフィは、レプトの顔に不愉快な相手に向けるような鋭い目線を向けていた。


「別に相手の気持ちなんて知る必要はねえだろ。助けたいから助けるでいいんじゃねえのか?」

「い、いや……でも、あいつは自分で今の選択を」

「じゃあ聞くけどよ!」


 レプトの反論に大きく被せ、レフィは彼の肩をガシッと掴む。そして、思い切り下に引いて顔を近づけた。頭突きするんじゃないかというくらいの近さで額を突き合わせたレフィは、そのままレプトに力強い口調で語る。


「オレがレプト達に助けられた時よ、あんな風に下向いてたオレの顔を持ち上げてくれたのはお前達だろ。あん時、オレはお前達を拒絶してたのに、だ」

「い、いや……ありゃリュウが」

「リュウが来なかったらレプトかカスミかジンが来てただろ! そうなる時、絶対お互いを止めたりはしなかったはずだぜ」

「で、でも……それは今とは違って」

「違くなんかねえ!!」


 怒声と共に、レフィは頭を大きく振るってレプトの額に打ち付ける。肉が肉を打つ鈍い音を大きく響かせたレフィの頭突きを受け、レプトは「うぐっ」という低い呻きを上げて後ろに尻もちをつく。情けなく頭を押さえて痛がるレプトに、レフィは人差し指を突きつけて宣言する。


「オレはお前達に助けられて嬉しかった!! でも今のレプトは、なんか人を助けるのに理由を求めてるみてえでダセえってんだよ!!!」

「っ……」

「オレが言いたいのはこれだけだ。……くぅっ、いってぇ……」


 自分の言いたいことだけを伝えると、レフィはレプトに背を向けた。彼女は自分の頭突きで随分と頭を痛めたらしく、白い額に薄ら赤い跡が残っていた。彼女は涙目になってその傷をかばっている。

 そんなレフィの小さい背を、レプトは遠い目で見つめる。その両目からは、既に大きい迷いは取り除かれていた。


「目は覚めた?」


 レプトの近くにカスミが歩み寄り、彼のことを見下ろしながら問うた。それに対し、レプトは大きく深呼吸をした後で、自分の頬を叩いて返す。


「ああ。こんな細かいこと考えんの、俺らしかなかったな。……レフィの言うとおりだったぜ。人を助ける理由探したり、助けない理由探したり……キモかったな」

「まったくよ、気持ち悪いしダサかったわ」

「そんな言うか、普通」

「事実だもん。こんな、くぅっ、てフード引っ張っちゃってさ」

「……い、言いすぎだろ」

「いや、言いすぎじゃないわね……。ほら」


 カスミはなんだかんだ言いながらも、尻餅をついているレプトに手を差し伸べる。それを、レプトは迷いなく掴み、すっくと立ちあがった。


「ふぅ……大木みたいな安心感だぜ。ぶっとい幹に掴まった感じだ」

「あ? 腕力ゴリラだって?」

「はは……そんなこと言ってねえぜ?」

「チッ……そんな軽口が叩けるなら、もう大丈夫みたいね」


 カスミは腕を組み、もう心配することはないようだとレプトから目線を外す。彼女が感じたように、今のレプトには先ほどまでのように気落ちしている様子はなかった。そんなレプトは、少し離れた所で額を涙目で押さえるレフィに駆け寄る。


「レフィ」

「ん……」

「ありがとうな。おかげで目が覚めたぜ」

「……」


 レプトの感謝の言葉に、レフィは一瞬何事かと目を丸める。だが、すぐにその意図を理解したのか、歯を見せる豪快な笑みを浮かべ、親指をビシッと立ててみせた。


「おうさ!」

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