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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
ひねくれ魚人と逡巡の女研究者
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薄っぺらい仮面

 メリーは一人、ワテルの街の中を歩いていた。目的地は、車の燃料の補給や食料を買い足しに行っているジンの所だ。彼女の足取りは、周囲の流麗な景色とは真反対に荒れていた。踵で強く石畳を打ち、道に小石が転がっているのを見てはそれを思い切り蹴っている。そんな彼女の頭の中にあったのは、公園でシフとジルアの仲間から聞いた、シフの状態についてだった。


(シフ達には口止めされているので、言わないでおいてください)


 最後に彼女らの仲間の一人が言った言葉が、メリーの頭に噛み尽くしたガムのように鬱陶しく張り付いていた。そして、それを思い返す度、メリーは心の内の苛立ちが昂っていくのを鮮明に感じる。


(小賢しい立ち回りを知ったガキが……)


 しばらく歩いていると、彼女は街の出口にほど近い路傍で、大型の見覚えのある車両が一台停まっているのを見つける。ジンに任せていた彼女の車だ。丁度何か作業を終えたらしく、ジンが車の中へ入っていくのがあった。それを目にしたメリーは、彼に走り寄りながら声をかける。


「おいジン!」

「ん……どうした。まだ時間はあるが」

「また寄り道をすることになる。今回はいつもより長いだろう。買い足しは多めにしてくれ」


 メリーはジンに近付くと、伝えたいことだけを手短に話す。その意図の内容を話すことはない。提案でもない急な指示に、ジンは狼狽えを露わに彼女に問う。


「おい、一体どうしたんだ。訳を話してくれなきゃ、こっちもしようがないぞ。少しは……」

「ウダウダ抜かすんじゃない。ネチネチした女みたいに細かいことを聞くなよ」

「……予算も多くないんだ。使い道は慎重に……」

「どこの誰のせいでウチの遺産の多くが吹っ飛んだと思ってる?」

「……何をイラついているんだ」


 強い言葉を並べ、とりつく島もない様子のメリーにジンがお手上げだという表情で問う。だが、メリーの方はそれにさえまともな言葉を返さず、一方的に要求を突きつけた。


「あと酒を買ってこい。強いヤツだ」

「……まあいいが、飲むのか」

「それ以外に何がある」


 メリーは車に背を預け、腕を組んで自分が歩いてきた道を振り返る。そして、魂も抜けてしまいそうなほど深いため息を吐くのだった。


「あんな小娘の相手は素面(しらふ)じゃできん」






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







 公園にて、シフ達の仲間から彼女の状況を聞いたカスミとレフィはこの件にどう対応していいか結論を出せずにいた。同様に、内情を話した亜人達もシフと同類であるレプトの仲間だからと秘密を話はしたが、だからと言って何かを求めることもできなかった。話をしたきっかけの問いを投げたメリーも、内容を把握するとさっさとどこかへ行ってしまい、公園には重苦しい沈黙が漂っていた。


「レプトはきっと、助けるって言うでしょうね」

「……ああ。オレも、そうするべきだと思う」


 カスミとレフィは自分達にしか聞こえない声で呟き合う。二人共、シフと同じ背景であるレプトに判断を委ねるとしながらも、彼の判断を信じている風だった。


「はぁ……また家が遠のくわね」

「ご愁傷様ってヤツだぜ。でも、わざわざ口にするってことは」

「当然、反対なんかしないわよ」

「へへ……」

「ふっ……ん」


 他愛のないやり取りをして笑い合っていると、カスミの視界の端に、公園に入ってくる人影が映る。見上げて見てみれば、シフを先頭にした四人だ。シフ以外は沈痛な面持ちだが、一番先を歩くシフは満面の笑みである。彼女は早足で公園に入ってくると、自分の仲間達、そしてカスミとレフィに対して頭を下げて言った。


「急にいなくなっちゃってごめん! それと、レプトの友達も。あんな風に騒いで、気分を悪くしたよね。仲間の……あの人に悪いことを言っちゃったし」


 シフは公園に入ってくるなり、自分が突然発作を起こしてその場を去ったことを謝る。それに対して、カスミは何でもないという風に首を振って返す。


「謝ることじゃないわよ。それに、あれに関してはどー考えてもメリーが悪いから」

「そうだぜ。あいつ気遣いって言葉を知らねえからな。他の奴らが全員自分と同じで心臓に毛が生えてると思ってっからよ」


 カスミの言葉に補足するようにレフィが笑って言う。どうもメリーのことは下げてもいいと思っているらしい。ただ、彼女のフォローを受けてもまだシフは多少先ほどのことを気にしているらしく、少しだけ目を伏せて笑った。


「気遣ってくれてありがとう。でもやっぱり、次に顔を合わせたら謝ろうかな。こっちが悪いことをしたのは間違いないんだし……あの人は?」

「なんか、用があるとかで私達の乗ってる車に戻ってったぜ」


 シフの言葉に、レフィは自分の背後の方を親指で示して説明する。シフはそれを聞くと、今すぐは無理か、と諦め、気を取り直して自分の仲間達に向かう。


「それと、皆もごめん。急に集めて力を借りちゃってさ。もう大丈夫。今度何かで埋め合わせするからそれで勘弁してよ」


 手を合わせて軽く謝罪しながら、シフは仲間達にもう戻っていいという風に話を進めていく。仲間達はというと、発作についての心配の言葉や、諸々、自分達がついていなくても大丈夫だろうかという言葉を彼女に投げかける。それに対し、シフは笑って大丈夫だと都度返すのだった。

 そんな彼女達の会話を遠目に見ていたカスミは、ふと、レプトの方へと目を向ける。彼は公園の入り口辺りで居心地悪そうに足を何度も直していた。そんな彼の目線も、偶然か、カスミの方へ向く。ところが、レプトはカスミと目線を合わせると、急にフードを摘まんで深くかぶった。


「……?」


 顔を隠すような間柄ではないし、その仕草は顔を隠すのとは違う印象をカスミに与えた。顔を隠すというより、表情を隠したいという風だ。

 カスミがレプトの様子に違和感を覚えていた丁度その時、シフは仲間達に対する説得を終えたらしい。彼女の仲間の亜人達は、用を終えたこともあって公園を後にしようと散っていく。心配するようにシフの方を振り返る者もいたが、足を止めることはなかった。


「さて……」


 自分の意志で集めた者達を解放すると、シフは一息つき、レプトの方を振り返る。


「レプト、これから君達はどうするの? というか、ここに来たのってただの偶然だったりするのかな?」

「えっ、あ、ああ……俺達はその、俺の母さんを助けるために、色々な所を旅して手段を探してんだ。ここには別に、強い目的があって来たわけじゃないというか……」


 シフの問いに、レプトは歯切れ悪く答える。その様子を見たカスミは目を細め、感じていた疑念をさらに強める。そんな周囲の人物の変化には気付かず、シフはレプトに続けて言葉を投げた。


「そうか……。なら、留まる時間は長いものじゃない、か。長くここにいるなら案内したかったけど、準備とかもあるよね」


 シフは公園の端、海に面する手すりを背にして一行に別れを示すように手を広げた。


「それじゃ、ここまでだ。じゃあね」


 言うが早いか、シフは始めにレプト達の前に現れた時とは真逆に、手すりを飛び越えて海へと飛び込んだ。レプト達の返事を待つつもりはなかったらしい。水の高く跳ねる音が、五人のずっと下で響く。


「……ちょ、ちょっと」


 シフがいなくなるのをそのまま見送ったカスミは、レプトに駆け寄って声をかける。


「何も言わないでよかったの? だってあいつ……」

「いや……」


 レプトはカスミの言葉に目を逸らしつつ、シフの消えた青い海に目を向ける。


「あいつのこと、聞いたのか」

「仲間の人達にね。でも、アンタ……」

「何か、するつもりではある……あいつを助けるために。だけど、今は……」


 レプトはフードを指でつまみ、深くかぶる。今まで見たことのないような意気消沈した彼の様子に、カスミは更に気持ちが悪くなったのか、後ろのレフィやジルアの隣にいるリュウに目配せする。


「シフは多分、そうして欲しいとは思ってないかな」


 レプトの重い口をカスミが開かせようとしていた時、ジルアが呟くように言った。怪訝そうな顔をするレフィとカスミの目を受けながら、彼女はレプトに語り掛ける。


「ずっとあいつの隣にいたから分かっちゃうみたいで。さっきのは、大分効いてたみたいだったよ」


 ジルアは手すりの縁を指でなぞりながら、沈む声で続けた。


「自分以外にも同じ仲間がいることを心の支えにしてた。不幸なのは自分だけじゃないって。でもそれが、自分の勘違いって分かったから……勝手だけどね。でも……」


 両肘を手すりに乗せ、ジルアは俯く。今の彼女の背には、リュウ達を前に見せた気楽さや緩さは一切ない。代わりにあるのは、深い憂いの色だ。

 そんな彼女の背に、レプトがぎこちないながらも声をあげる。


「けど、そんな細かいしがらみも、助ける手が見つかりゃあそれで済むんだろ? だったら……」

「やめてよ。もう充分探した。それに、あいつは……」


 ジルアはその先を口にしようとして、首を振ってやめる。そして、「ともかく」と言葉を再開し、レプトに同情するような目を向けた。


「ほんの、水滴くらいの少しの気持ちだろうけど……君が、死ねばいいと思ってた、あたしにはそう見えた」

「…………」


 ジルアの言葉に、カスミとレフィは目を見開いてレプトを見る。彼は、驚いた顔はせず、しかし、その言葉を受けて動揺しているようだった。分かっていたのだろう。彼があの路地で感じた悪寒は、シフのその感情が根だったのだ。

 ジルアはレプトの顔を見ないまま、申し訳なさそうに続ける。


「シフは良い奴だけど、でも、そんな感情を向けてくる相手を助けるためにって、君達に助けは乞えないよ。それに、あいつ自身がそれを望んでないんだから。……じゃ」


 ジルアは理由を盾にするように並べると、その場にいる誰とも目を合わせず、逃げるように公園を去ろうとした。だが、突き放すような言葉を最後に歩き出そうとした彼女の背に、リュウが声をかける。


「どうせ僕はこの後も暇だ。ジルア、よかったら、君とお茶でもしたいんだけど……いいかな」

「は……? いや、そんな気分じゃないんだけど」


 あまりにも場にそぐわない誘い文句に、ジルアは本当に鬱陶しそうにそれを断った。だが、対するリュウは至って真剣そうな目で、先の誘いを続ける。


「付き合ってもらうよ。別に取って食べようってわけじゃない。それに、君も急いで何か探すこともないんだろ?」

「……いい喫茶店を知ってるから、案内するよ」


 嫌味な一言に、何か明確な用があることを察したジルアはため息とともに応じる旨を伝える。彼女はリュウを先導して公園を後にしようとする。


「レプト」


 ジルアについていこうとするリュウが、前兆なくレプトの名を呼ぶ。シフに激情を向けられて以降、ずっと何をする気も起きていなかったらしい彼は、少し驚いてリュウの方を振り返る。リュウは、品定めするような目でレプトを見据えていた。


「これは君とシフって子の件だ。君達がそのつもりじゃなきゃ、僕は深く関わる気はない。だけど」


 リュウは水平線に沈みかける太陽を背にし、レプトに言い残した。


「考えている通りになったらと思うよ」

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