衝突
「やっぱりそんなとこか」
「予想通りって感じね。ま、あたし達も遊んでただけだし、気にしない気にしない」
先ほどまで各々武器を持って戦っていたジルアとリュウ。二人はシフとレプトから大方の事情を聞くと、軽く笑って武器を収めた。カスミやレフィ、他の亜人達もシフの勘違いでは別に大した被害が出ていないことをアピールする。
「ほっ……よかったよ。大きな怪我とかもなかったみたいで」
「おい、何がほっ、だ」
安堵の息を吐くシフに、少し遠巻きに立っていたメリーがその安心を咎める。彼女はシフとレプトの話の最中、何も問題が無いということで解放されていた。そんなメリーだったが、舌打ちとため息、腕組に貧乏ゆすりとイラついていることを主張しようとしているとしか思えない態度で話が終わるのを待っていた。
メリーはシフ達の話にケリがつくと、彼女に向かって早足で近付いてくる。鬼の形相を携えて。自分の失敗がもとで怒っている人を前に、シフは身を縮めて向かう。
「ご、ごめんなさい。僕の勘違いのせいで」
「まったくだ、このガキ。他人に痛い目見せるようなことをするんだったら、よくよく考えてから行動するんだな。考え無しな行動が誰かに嫌な思いをさせているかもしれないことを頭に入れろ」
小さく頭を下げるシフに、メリーは棘のある言葉を投げる。躊躇は一切ない。そんな彼女達の間に、レプトが軽い笑いを持って緩衝材になる。
「まあまあメリー。俺もゲロ吐くくらいで済んだし、お前も多少腕捻られたくらいだろ? シフも悪気があってしたんじゃねえんだしよ、ここは……」
「はあはあはあ、レプトを助けようとしたから、善意だから許せってことか? そりゃあ上等な言い訳だな。善い事するつもりなら何してもいいわけだ、あ?」
メリーの怒りがレプトの軽い言葉によって薄らぐことはなかった。どうやらその怒りの大きさは、初めてレプト達と会った時に受けた勘違いの時とは大分差があるらしい。敵意に近い怒りを向けられたシフは、目を逸らし、呟くように言葉を漏らす。
「……だ、だって……僕達には、時間が無いから少しでも……」
「聞こえないな。はっ……私はな、誰かのために何かしてやってるつもりで、その実他人に嫌な気分をさせる奴が大嫌いなんだ。……聞いたぞ。どうも前にも勘違いでやらかしたらしいじゃないか。変わるつもりがあるなら、まずは……」
メリーはシフに人差し指を突きつけ、彼女の欠点とそれが生む不利益について語り続ける。
延々繰り返される否定を押し付けられるとストレスは数種の発散方法を選ぶ。メリーの苛烈な否定をずっと投げつけられたシフは、抑圧されたそれを発露させる。彼女はメリーの言葉を遮り、甲高い声を上げた。
「そんなこと言ったってしょうがないだろ! 君は知らないかもしれないけど、僕達はずっとずっと辛かったんだ! 仲間を助けたいと思って何がいけないんだよ!! それに、君の見た目は僕達をずっと酷い目に遭わせてきた連中と同じなんだから……」
シフは自分の失態を仕方が無かったことだと開き直り、ヒステリックな声を上げた。その返しに、メリーは鼻で笑い、嘲るような言葉で返す。
「なんだ? ご不幸な身分様なら間違いで人様を傷つけていいって言いたいのか? 見た目なんかで他人を判断して、その上傷つけてもお咎めはないって?」
「……ッ! この……」
メリーの煽り文句に、シフは返す言葉が無かったのだろう。その代わり、彼女は歯を食いしばり、右の拳を握り締めた。今にもそれを振り上げんばかりの表情で、彼女はメリーの顔を下から睨む。
二人の周囲には、他の誰も口を出せない喧嘩特有の張り詰めた空気が広がっていた。事情を一番知るレプトも、シフの友人であるジルアも、その言い合いが早く終わることを祈りながら、ずっと黙っていた。
そんな時だ。
「うっ」
突然、シフが頭を抱える。その表情にある歪みは怒りのものから苦痛によるものへと変わっていった。彼女の低い呻き声を耳にすると、ジルアと、その仲間達が表情を変える。そこにあるのは、友人を気遣う心配の色だ。
「クソ……こんな時に」
シフは自分の頭の違和感を耐えるので精いっぱいらしく、そんな仲間達の表情には気付かない。他の何に気をやることもなく、両手で頭を抱えたまま、その場からジッと動かなくなる。
「……これは」
自分が叱責していた少女が苦悶に顔を歪めるのを前に、メリーは目を細めてそれを眺める。彼女の目には、実験対象の経過を観察する研究者のように、目に入るもの全てを記憶しようとする深い集中があった。
「くっ……」
メリーの視線を受けていることに気付いてか、それともただこの状態を他人に見せたくないと思ってか、シフは突如、地面を蹴って走り出す。彼女の向かう先は公園の出入り口。そこを通り抜けると、一切速度を緩めることなく彼女はこの場から逃げ出した。
「シフ!!」
シフの動きに反応したのはジルアだ。彼女はシフの後を追うように公園の出入り口まで辿り着くと、一行の方を焦りを隠さない表情で振り返る。そして、彼女はレプトを指さして声を荒げた。
「アンタ、シフと同類なんだよねッ!」
「あっ、ああ……」
「だったら分かるでしょ、ついてきて! あと、他は来なくていいから!」
ジルアは自分の言いたいことだけ言い切ると、そのまま公園を飛び出した。レプトの方はというと、唐突に投げかけられたジルアの言葉の意図を掴み切れず、戸惑いで走り出せずにいた。そんな彼の肩に、リュウが手を置く。
「レプト、とりあえず行こう。僕もついてく」
「あ、ああ……そうだな」
リュウの言葉に従い、レプトは彼について走り始める。二人が公園から消えるのはあっと言う間だった。
シフ、ジルア、リュウ、レプトの四人がいなくなると、公園は静寂に包まれた。そうなると、自然と今のこの状況を導いたメリーに視線が集まる。実際、彼女の叱責がシフの異常を引き出したかは定かでないが、少なくともシフのことをよく知らないカスミとレフィにはそう見えたのだろう。二人は腕を組んで黙っているメリーの背をつつき、軽く叱る。
「ちょっとメリー、アンタ、事情は分かってるんだから少し優しくしてあげなさいよ」
「えっ……今のは私が悪いのか?」
「そうって言いきれるわけじゃねえけどよ、ちょっとは気ぃ遣う必要あったと思うぜ」
「……分からんな。ガキの気持ちは。まあ、今はそれより……」
メリーは深刻そうに腕を組み、後ろの亜人達を振り返った。そして、自分の頭の中にある問題を、一切敵視に気負うことなく問う。
「あのシフという小娘のことを、少し聞かせてもらいたい」




