手合わせ
「なんか物騒なことになってない?」
「見るからにそうっぽいね」
レフィを先頭に、三人はメリーと彼女を取り押さえる亜人達のいる公園に入っていく。近付く間に亜人達が手に持つ武器の存在に気が付いたカスミとリュウは、互いに目配せしていつでも動けるよう備える。遅れてレフィも場の状況が芳しくないことに気付く。
「えっと……現地の人達と仲良くなっちゃって~……って風じゃねえな」
「どこをどう切り取ったらそう見えるんだ、レフィ」
自分を助けてくれるかもしれない存在が頼りないことを言ったのを聞き、メリーは少女の拘束の下でうなだれる。
「ウダウダ言ってないで私を助けろ。この姿勢、結構キツいんだ」
メリーは地面に体を押し付けられながら、大声で仲間達に助けを求める。その様子を目にしたメリーを拘束する少女は、威嚇するように手に込める力を強めた。
「お仲間か何か知らないけど、そんなにすぐは助けられないかな~。あたし達も甘くないし、友達を助けるためだし」
言いながら少女は手近な仲間にメリーの拘束を頼んで立ち上がり、槍を改めて持ち直して仲間達の先頭に立つ。彼女は自分の腕の長さ三本程の槍を軽々と振り回し、その穂先を敵であるカスミ達に突き付けた。
「事が終わるまでおねーさんにはジッとしててもらうだけだから、手は出さないでよ。逃げるんだったら追わないけど?」
「…………」
少女が槍を構えるのに対し、カスミとレフィは衝突が避けられないものだと判断して身構える。同様に、少女の仲間の亜人達も槍を両手に腰を深く落とし、臨戦態勢を取った。二者の間には、一触即発、機があれば互いに仕掛け始めるだろう緊迫した空気が漂う。
そんな中、リュウは一人、顎に指を添えて戦う姿勢を整えずにいた。ただ、真剣な表情をしていないというわけではない。彼の視線は一点をジッと見つめ、そこから離れずにいた。
彼が見ていたのは、亜人達の先頭に立つ緩い空気を持った少女だ。くねりとボリュームのある薄紫の濡れた髪を肩に垂らし、背の低さに見合わないしっかりとしたしなやかな体をしている。柔らかみのある瞳は三人を軽く睨み、その敵意を示していた。
そんな少女に敵意の視線を返すことはなく、リュウは戦う姿勢を固めたレフィとカスミの肩をポンと叩いて二人の前に出る。
「ここは僕に任せてよ」
「んぇ、リュウ?」
「どうしたのよ」
「いや……あんな魅力的な子に怪我はさせたくないからね」
「「……え?」」
リュウの突然の言葉にカスミとレフィは気の抜けた声を上げる。少女達は、リュウはこんなことを言う人間だったかと疑問に思ったが、二人がそれを口にするより早く彼は亜人達に向かっていった。そして、その整った顔に笑みを浮かべながら柔らかい声を出す。
「悪いけど逃げるわけにはいかないんだ。君達が取り押さえてる彼女は僕達の仲間で、見捨てるわけにもいかないからね」
「じゃあ、やり合うってことでいいのかな?」
「まさか。もしそんなことになるんだとしても、事情を聞いてからにしたいな。まず、どうしてメリーを捕まえてるの?」
戦いを避けつつ事態を詳しく説明させる方向へとリュウは話を運んでいく。それに応じ、亜人の少女はメリーを見下ろしながら大雑把に話した。
「あたし達の信頼できる仲間が、こいつとアンタらを悪人だって言ってたし。それに、アンタらが捕まえてたフードの子を助けるためってのが一番かな」
「フード……」
リュウと少女の話を後ろで聞いていたカスミは、すぐに話中の人物の正体に気付く。
「絶対レプトじゃん。ってなると、私達があいつを捕えてたって勘違いしてるのかしら?」
少女の一言からは多くのことが分かった。こういった勘違いで事情がややこしくなる事態に慣れていたカスミ達、それにリュウも同様に状況を把握する。
(彼女の仲間がクラスってことかな……それならこのズレにも納得がいく)
リュウはこの公園で何が起こったのかを大方知ると、何も持っていない両手を広げながら亜人達へ向かう。
「やっぱり戦う必要なんてないよ、僕達。君の言う信頼できる仲間は、僕達を誤解してるだけだ」
「ふぅ~ん……。なら、どうすんの?」
「そのフードの子、レプトっていって僕達の仲間なんだ。彼がきっと君の仲間の誤解を解いてここに戻ってくる。それを一緒に待ってよう。そうすれば、君達も僕達を見張ってられる。お互い傷つかないで済むし、君の仲間の所に僕達の加勢がいく危険もない。それでいいかな?」
リュウは敵であり仲間を取り押さえている亜人達に対して提案する。彼の舌は仲間が二人危険な状態に陥っている状態だというのに、それを感じさせないほど滑らかだった。
彼の提案を聞いた亜人の少女は、少しの間眉を寄せて考える。その後、納得したようにほっと息を吐くと、後ろに振り向いて仲間に指示を出す。
「あのエルフの言ってること、多分本当だから、そのおねーさん放していいよ」
「…………えぇっ!?」
少女の言葉に、亜人の仲間達は声を大にして疑念を露わにする。そして、畳みかけるように少女一人に問いを連続で投げた。
「ジルア、シフが敵だって言ったんだぞ? あいつが間違ってるってのかよ」
「いや、シフって猪突猛進系馬鹿じゃん。今回もあの抜けた頭で盛大に勘違いしてるとあたしは思うよ?」
「つっても、あの優男が嘘言ってる可能性だってあるんじゃないの?」
「……まあ、それは否定できないか」
ジルアと呼ばれた少女は仲間からの指摘を受け、脳内で判断に多少の変更を加え、リュウの方を振り返る。
「オッケー。提案は飲むよ。ただ、もしものためにこのお姉さんはこのまま抑えといてもいい?」
「全然いいよ~」
「おい……ぶっ飛ばすぞ」
少女の言葉に満面の笑みと共にグッドサインで答えたリュウを、メリーは殺気を孕んだ目線で鋭く睨む。ただ、リュウはジルアの方へと目線をやっていて自分に殺意を抱く存在に気付かない。どころか、殺意とは全く別ベクトルの感情を表情にし、ジルアに声をかけている。
「僕の名前はリュウ。君はジルアでいいのかな? 待ってる間、ちょっと話でもしないかい。僕達有意義な話が出来ると思うんだよね」
「えぇ? う~ん……いや、いいかな」
「えっ……あ、そう……なんだ」
誘いを拒否されたリュウは、全く断られると思っていなかったのか、ショックというより意外という表情をして黙り込む。取り押さえられたままのメリーは、そんな彼の顔を見て鼻で笑い、舌を出す。
「ざまあみろ、ばーか」
「くっ……ねえジルア。どうせ暇なんだしさ。レプト達が戻ってきたときのためにも、仲良くなっておいた方が話が滑らかに進むと思うなぁ」
リュウはメリーの言葉を受けて逆にその気が再燃したのか、ジルアにもう一度声をかける。その姿を、レフィやカスミ、ジルアの仲間達が白い目で見つめていた。
(リュウってこんな感じだったのか)
(潔くないのが、なんて言うか……)
今まで大きい欠点のなかったリュウの像に穴が空き、仲間の少女二人は彼の背を途端に頼りなく思うようになった。
リュウの再度のアタックに、ジルアは胸の前に腕を組んで返事を返す。
「付き合わないって言ってんじゃん。しつこいよ?」
「ぐっ……くぅ」
「けど、そうだねぃ……」
リュウが歯を食いしばって次の言葉を探そうとしていた時、ジルアが動く。彼女は右の手に持った槍の穂先でリュウの腰にある刀を指し示した。
「その腰の。どうやって使うのか、すっごく興味がある」
「え、これ? ああ、これは……」
「こっちの会話に付き合ってもらおうかな」
リュウの返答を待たず、ジルアは全身に力を込め、その手に持った槍を躍動させる。細長い槍身はジルアの右肩を軸に回転し、その穂先は凄まじい速度でリュウの足元に向かった。
「っ!」
突如とした攻撃だったが、リュウは即座に対応する。槍を目で追うのではなく、ジルアの体の動きを見てその攻撃がどの位置に来るかを把握すると、最低限後ろに飛びのくだけで横なぎの槍を回避してみせた。水のような色をした透明の刃先は、ぶん、という空気を切る音を唸らせながら過ぎ去った。
ジルアの初撃を躱したリュウは彼女の意図を察したのか、白い歯を大きく見せて笑みを浮かべ、腰の帯から刀を鞘ごと抜いて戦える態勢を取った。そうしながら、高揚を隠すこともない跳ねた声をジルアに投げる。
「いいね、昼食前の運動ってとこかな?」
「にしし……そんなとこ」
満更でもないリュウの様子を見たジルアは、彼と同様にいたずらっぽい笑みを浮かべる。そんな二人とは別次元に立っていたカスミ達、そしてジルアの仲間達は何事かと慌てふためく。そんな彼らに、リュウとジルアはお互いの仲間に介入を阻む制止の言葉を投げた。
「二人共、手は出さなくていいよ。ちょっとした手合わせだから」
「そーゆーこと。静かに見といて~」
リュウは刀を左手に持ち、ジルアは槍を右腕に絡める。お互いに態勢が整ったのを視線を合わせて確認すると、両者は同時に地面を蹴った。




