またも
「おいおいおいおいおい、急になんだ。何の冗談で……」
突如として現れた亜人の少女、彼女に槍を突きつけられたメリーはまず言葉にして事情を問う。しかし、少女はメリーのその疑問に一切返答することはなく、槍を再び突きつけることでメリーに命の危機を意識させ、怒声を上げる。
「うるさいッ!! どうせポッケに銃とか隠し持ってるんだろ! 両手を上げて後ろに下がれ!」
「……何か勘違いしてるぞ、お前。ここは一度、その物騒なものを置いて……」
「言われた通りにするんだ、早くッ!」
メリーの言葉をかき消し、少女は自分の要請を押し通そうとする。この状況に、ともかくは少女に従い安全を確保することだと考えたメリーは静かに両手を上げた。と、同時に、彼女は少女に拘束されているレプトに目線を向ける。
「……」
視線の意図を察したレプトはメリーに分かりやすいよう頷く。次いで、彼は自分を拘束する少女に冷静に声をかけた。
「名前は知らねえけどよ、アンタ、ちょっと待ってくれよ。俺とメリーはこれでも仲間で……」
「大丈夫、僕は仲間だよ。安心して。僕が助けてあげるから」
「お、おい……そりゃ余計なお世話ってヤツだ。ってか、俺の話を……」
「このまま海に飛び込む。息吸って」
「えっちょ……」
少女はレプトの言葉を一切聞かない。どうやら、使命感によって耳に入ってくる言葉が全て右から左に流れるようになってしまっているらしい。拘束されているレプトは胸に感じる感覚と少女の言葉を根拠に、彼女に悪意が無いことを察し、大きく声を荒げることは出来ずにいた。
(こいつ……ぜってぇクラスだ。んでもって、最初にメリーと会った時の俺と同じ勘違いを……)
レプトが逡巡している間にも、少女は彼を引きずるように後退って後ろの海に近付いていく。対するメリーは、距離が少し離れはしたものの、槍を突きつけられた状況の中で大きく動くことが出来ずにいた。
次第に離れていく二者間の距離。ついには、少女の背に海沿いに備えられた落下を防ぐための手すりがぶつかる。それを合図に、少女はレプトに耳打ちする。
「投げるよ」
「えっ」
「ふんっ……!」
言うが早いか、少女はレプトの肩と腰をガッと掴み、鈍い動きでレプトの身体を持ち上げる。どうも少女の力は怪力というには程遠いらしく、レプトを持ち上げる腕はぷるぷると震えている。
「待って、マジで待て! おい、聞いてんのか、おいテメエッ!!」
「ぐぬぬぬぬぅ~……ッ!!」
背を地面と平行にする不安定な状態に無理矢理持っていかれ、レプトは縋るような声で少女を止めようとする。だが、顔を真っ赤にしてレプトを持ち上げようとしている少女にその声は届かない。次第に、ゆっくりとではあったがレプトの身体の位置は手すりの高さを超える。彼は半端な抵抗をして落下するのを嫌がり、声だけで抵抗の意志を主張し続けた。
「待ってくれ頼むッ! 俺は水に入ったことが……!」
「うおりゃぁッ!!」
「あっ……」
レプトの抵抗の言葉の途中、彼は背中に置かれた少女の手に力が加わるのを感じる。同時に、少女の気合の声。
レプトの身体は、空中に放られた。それも、落下先は地面ではなく、手すりの外、青く輝く海だ。
「どわああぁぁぁぁぁーーーーーッ!!」
レプトは野太い悲鳴を上げて陸の方へと助けを求めるように手を伸ばしながら落下し、背中から青い海へと着水。その姿は一瞬にして青い海原に揉まれて見えなくなった。
「レプトッ!」
仲間が海に投げ込まれ、思わずメリーは心配の声を上げる。しかし、その彼女の口を塞ぐように両腕が自由になった亜人の少女が槍の刃先を向けた。黙れという指示の含まれたその威圧にメリーは従い、一切の身動きを止める。
少女は彼女にとって敵であるメリーに隙を見せないよう槍を向けながら、背にする手すりに手をかけた。彼女がレプトを海に投げ込んだ、その近くだ。そこから間を持たせず、少女は手すりに置いていた手を軸に自分の身体を外海へ投げ出す。公園から海へと飛び出した彼女の姿は一息の間に見えなくなった。
「クソッ、あのガキ……!」
目に見える危険のなくなったメリーは、少女が消えると同時に手すりの方へと走り寄り、レプトが落下していった海を覗き込もうとする。だが、その時だ。
「頼んだ、ジルア!」
声が、メリーの向かう先、海から聞こえてくる。着水直前の少女が声を上げたのだろう。一瞬、メリーは警戒で足を止めた。
その時だ。メリーのすぐ目の前、手すりの下の海面から白い飛沫の柱が立ち上がる。高さは四、五メートルほど。しかも複数ある。海水を激しく散らしながら発生したその飛沫にメリーは顔を腕で覆い、視界を確保しながら様子を見る。
「一体なんだ……ぐっ!?」
メリーが飛沫の発生の理由を知るより前に、彼女の背中に大きな力が加わる。メリーは訳も分からぬままその力に圧され、うつ伏せに地面に押さえつけられてしまう。彼女が冷静に周囲を見渡すことが出来たのは、その力の持ち主に両手を背の方で拘束された時だ。
「くぅ……何が」
「動かないでよ、おねーさん」
「お前ら……さっきのガキの仲間か」
メリーの周囲には、彼女のことを拘束している少女を合わせて六人の武器を持った亜人がいた。全員、先の少女とは違い、街に行き交っていた亜人と同じ体をしている。そして、一様にメリーへその槍の刃先を向けていた。
「そゆこと。とりあえず、おねーさんにはしばらく静かにしててもらおっかな」
メリーを拘束している少女は、緩い空気を持ちながらもしっかりと拘束の手は緩めずに保っている。初めは自らの力で逃れようとしていたメリーだったが、自分の力では無駄な抵抗だと悟ると、舌打ちをし、ため息を吐いて地面に重い頭を預ける。
(くそ……あのガキの事情は大体察しが付いたが……)
彼女はレプトのことを攫った人物の正体に予想が付いているのか、刃を突きつけられているというのにそれに見合った緊張感を持っていない。というより、彼女の感情は別のものに支配されていた。
(……マジでムカつくな。この白衣がそんなに誤解を生むものなのか? レプトといい……まったく)
メリーは歯を食いしばり、額に刃物で刻んだかのような深いしわをつくって先の少女への怒りを抑えていた。白衣が原因で疑いを向けられるのはこれで二回目だ。今回は武力行使までされている。メリーにはそれがひどく苛立たしかったらしい。彼女の苛立ちは貧乏ゆすりやため息で解放される領域をとうに脱していた。
そんな風に、彼女の怒りが波及して過去に同じようなことをしてきたレプトにまで怒りの矛先が向いてきた、その時だ。
「メリー……あれ、メリーじゃねえか!」
メリーとその場にいた亜人達の耳に無邪気な声が入ってくる。その声の主を知っていたメリーは、ハッと顔を上げて声のした方に目をやった。
公園の入り口、亜人達の背後に立っていたのは、レフィ、リュウ、カスミの三人だった。




