シフ
「……! この、感じ」
美しい水の街、ワテル。その海沿いにある白い灯台の踊り場に二人の少女がいた。片方は街の通りにも見られたような亜人と同じ体をした娘で、彼女は床に胡坐をかいて欠伸をしている。彼女の瞳は手すり越しに見える美しい街並みを退屈そうに映していた。
「どしたん、シフ。急にガチっぽい顔しちゃって」
気だるげな少女は、手すり傍に立っているもう片方の少女をシフと呼び、首を傾げる。
シフは、街を歩いていた者達や、すぐそばにいる亜人の娘とは様相が違った。首筋にエラのような呼吸器官がない。代わりにそこは人の柔肌が覆っている。ただ、単純に人に近いというわけでもない。彼女の右腕は、魚類のそれとしか思えない水色の鱗が覆っていた。人間の腕の形をしながら、その肌は確実に人間のものではなかった。しかもそれは右腕だけであり、左腕はただの人のものだ。そして、その異様は彼女の足にもあった。シフの露出された両のふくらはぎは、右腕と同様水色の鱗に覆われているのに加え、暗い紺色の大きなヒレが生えていた。羽のようにも見えるそれは、しっかりと踵の方から膝裏まで根を張り、飾りではないことを示していた。顔に異様はない。
「ちょっと静かに。……妙な感じなんだ」
シフは踊り場の手すりに両手を突き、上半身を外へ乗り出して街並みを食い入るように見ていた。
「いる……間違いない。仲間だ。ジルア、望遠鏡かしてよ」
「ほ~い」
シフは後ろで床に直で座っているジルアという少女に手を差し出しながらそう声をかける。対してジルアは懐から細長い筒状の望遠鏡を投げ渡し、灯台の中心を支える円柱へ背を預けた。そうしながら彼女は抜けた声でシフに問う。
「仲間って、アレ? シフが逃げてきたとこにいたっていう、アンタと同じ感じの?」
「そう。多分、街のどこかに……」
ジルアの言葉に最低限の返答を返しながら、シフは灯台という高所から街を見下ろす。望遠鏡を覗く彼女の目は飢えた獣のように鋭く、目的のものを見逃すまいと視線を街の細部にまで向けていた。
「あれか? すっごい浮いてるフードだ……ん」
望遠鏡の映す丸く小さい画面に、シフの感覚が示すと思しき人物が写り込む。それは、海沿いの噴水がある広場にいた。暗い色のフードを被り、腰に剣を提げた者。その者は周囲の人間達の様相とは明らかに一線を画しており、シフの目にすぐ留まった。
彼女は自分の感覚が示す者らしい人間を目に、小さく口元を緩ませた。しかし、それは一瞬の事だった。彼女のその笑みは、フードの隣に立つ女を目にするとすぐに消え失せる。
「白衣の……連中だ。あの子は逃げられてない……!?」
シフの望遠鏡を持つ手に自然と力が加わる。彼女にとって、今目にした二人が一緒にいることは凶兆であったらしい。シフは遥か遠方に見える白衣の女に、敵意のこもった視線を向けた。
「なんかあった? 面倒ごとなら力貸すし」
シフの纏う雰囲気が微妙に変化したのを感じ取ってか、先ほどまでダラけた様子だったジルアが立ち上がり、シフのすぐ隣に立つ。ジルアは髪をクシャクシャと雑にかきながら、シフの視線と自分の目線を並べた。
「他の皆に声かける?」
「……うん、お願い。これ、望遠鏡」
「はいよ」
シフは望遠鏡をジルアに返し、大まかな位置と目的物の共有を行う。
「噴水公園の端っこ、海沿いの手すりの所に変な見た目の二人組がいるの見える?」
「あ~……白衣とフード?」
「そう。フードの子が多分、僕の仲間。それで白衣の奴が……」
「敵、ってことね。よし」
シフの見ていた物を同じく視界に捉えたジルアは望遠鏡を懐にしまい、腰程度の高さの手すりの頂点に右足をかける。動く準備が出来たことを動作で示したジルアに、シフは手短に自分の策を伝える。
「仲間が集まったら教えて。僕がフードの仲間を取り戻す。それを合図に、ジルア達はあの白衣を囲って。もしかしたら周りに仲間がいるかもしれないから、気を付けて」
「あーいよ。じゃ、行ってくるね~」
手すりの上に両足で立ったジルアは、灯台の踊り場に立つシフに対し、右腕だけの雑な敬礼をする。口調が緩く、真剣さを感じる雰囲気は纏っていなかったが、彼女の目には確かな冷静さがあった。ジルアはテキトーな敬礼をさっさと終えると、手すりの上の不安定な体をゆっくりと灯台の外側に倒す。そして、重力に従う彼女の身体はそのまま虚空へと消え去っていった。しばらくして、下方から大きい水音が聞こえてくる。ジルアが着水した音だろう。
「……」
ジルアが灯台を後にするのを見送ったシフは、もう一度、確認するように仲間と思しき者がいた公園の方へと視線をやる。その後、円柱に立てかけていた細長い槍を鱗に覆われた右手で持ち、先のジルアと同様、手すりの上に立つ。
「絶対助ける。待っててくれ」
言うと同時に、シフは青い海へと身を投げた。
sihf




