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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
ひねくれ魚人と逡巡の女研究者
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接近

「心臓に悪い……子供じゃないんだから少しは我慢してよ」

「チクショー……全然捕まえられなかった」

「私の力でも押さえつけられなかったんだけど、どうなってんのよ……」


 結局、リュウに飛び掛かった二人は彼から刀を取り上げることは出来なかった。カスミとレフィは目の前を歩く彼の背を未だにジトッと湿った目線で見つめている。対してリュウは自分の身体で刀を隠すように身を丸めてせこせこと歩いていた。


「お前ら何やってたんだよ……そんな小せえことより、今はこの街の景色でも楽しもうぜ。マジ綺麗だしよ」


 フードを被って三人の前を歩くレプトは大げさに両腕を広げ、楽しそうに言った。

 今、彼らの立っている街、ワテル。そこは水面に浮かぶ遺跡とでも言うべき美しさを持つ街だ。通りには灰色と白を基調にした石材で造られた背の高い建造物が建ち並び、通りには綺麗に面の揃えられた石畳が敷き詰められている。歩を進める度に靴と石畳の奏でる小気味の良い音、そして何より、街には鼻腔をくすぐる潮の匂いが満ちていた。

 その街は、水の上にあるのだ。白磁のような通りから少し目を離せば、透き通るような淡い青を持った運河が四方八方に伸びている。どうやら小規模な島が群れをなしているようだ。白の道を縫うように街に張り巡らされたその水路は、陽の光を反射してキラキラと輝く。その銀の光が建物の灰色や石畳の白と合わさり、街自体を芸術のように昇華させていた。

 レプト達四人を引率するように先頭を歩いていたメリーが、彼らの方は振り返らず、街の様子を見渡しながら話す。


「ワテル、豊かな海の資源のお蔭で潤いに潤った街だ。観光場所としても有名だったりもする。なのに、街自体は外の影響を受けることをよしとせず、技術のレベルは大方数百年前のものに止まっている。それは……大体、ここで暮らしている人々と共生関係にある“彼ら”の意向によるものとされている」


 メリーは言いながら、通りを行き交う人々に目をやった。美しい街の通りを晴れやかに歩く者達の中には、通常の人間からは遠く離れた外見をした亜人がいた。それも、人間と割合を半分にするほどの数で、だ。

 彼らは、人のものと同じ肌色の首筋の中に、薄赤い切れ目のような器官を複数持っている。首筋から両肩にかけて刻まれるように幾本も存在するそれは、歩いている最中に流し見しただけでも分かるほど大きく一定のリズムで動いていた。魚のエラのようなものが、人間に付属されているような形だ。加えて、指と指の間には奥の光が淡く透けるほどの薄さの水かきが存在している。人のものとは大きさも強度も違うようだ。


「魚人、海人……呼び名は色々あるが、早い話が人間に魚類の特徴を足したような亜人だ。外では受け入れられないかもしれないが、ここでは彼らと一緒に暮らすのが普通なのだろうな」


 メリーは通りを普通に歩く見慣れない亜人達を目に、そう説明を締めくくった。そんな風に真面目な顔をして自分達の歩く街について解説したメリーに、レプトは頭の後ろで両手を組みながら緩んだ声で抜けたことを言う。


「いいことじゃねえか。それに、街並みもこんなに綺麗だしよ。もし将来家を持つようなことがあったら、こういうとこに暮らしてみたいもんだよな」

「いや……私は賛成しないな。電気系統は何とかするにしても、確実に洗濯という点で後悔することになるぞ。あと金属類」

「え……なに、洗濯? 大丈夫だよ俺やらねえし」

「……お前、将来結婚したら絶対嫁に嫌われるぞ」


 レプトの馬鹿な発言にメリーは湿った目線で彼のことを睨む。どうも彼女は多少家事について理解があるらしい。そのことを言葉の端から理解したリュウは、意外そうな声を上げる。


「メリーって、料理は出来ないのに他の家事はするんだ?」

「まあ、生きてけるくらいにはな。飯は……首都付近にいるときはここらよりずっと楽に用意できるものがあったから、それに頼ってた」

「へぇ~。そんな食べ物があるのか。いつか見てみたいし、食べてみたいな」


 リュウはまだ見ぬ都会の事物に思考を馳せ、愉快そうに口元を歪めた。

 そんな風に、他愛ない話をしながら五人はワテルの街を歩いていた。元々彼らがこの街に立ち寄ったのは、車の燃料等の補給のためだ。ジンは別行動をとり、その作業に入っている。その間、せっかくだからと彼は五人にこの街を散策させていたのだ。

 気の休まる安全な場所、それも風景の美しい場所を気楽に歩くレプトはふと大きく息を吐いた。彼はゆっくりと自然に歩調を緩め、リュウ達の背後を歩く立ち位置へ。そして、下らないことで談笑する彼らの背を見つめた。


(ずっと、こう平和ならいいんだけどなぁ……)


 近くにある身近な者達の背中を、レプトは両の目を細めて見つめた。それは、手が届かないと分かっていながらも、手を伸ばしたくなる近さにある大切なものへ向ける視線のようだった。

 そんな、レプトが前兆もなく感傷的な気分に浸っていた時だ。彼の胸の奥に、グッと力が込められたような、心臓の高鳴る衝撃が走る。


(……! この、感じ)


 覚えのある感覚に、レプトは思わず足を止める。そして咄嗟に周囲を見渡した。辺りには自分達と共に歩いていた四人と、通りを行き交う人間と亜人しかいない。だが、レプトはそれら以外に、確実に自分が求めている何かが存在しているという確証を持って周囲を見渡す。焦燥を持って見回した美しい景色は、直前にまで持っていた鮮やかさを失っているように見えた。


(クラス……この街にいる、確実に)


 レプトの覚えた感覚は、近くに自分の同類がいた時に感じるものだった。鵺や、彼の母親と共にいた時にも感じていたもの。


(けど、近くはない……か? 少なくとも、面と向かってるときよりは全然薄い感じだ)


 自分の身体が感じる感覚の濃さから同類との距離を推測したレプト。そして丁度、彼が冷静さを取り戻すきっかけとなるその情報を手にした時だ。


「レプト?」

「……っえ? あ、ああ……メリーか」


 何もない所で立ち止まっていたレプトに、前を歩いていたメリーが彼の顔を覗き込んで声をかけた。思考の一切を先のことに奪われていたレプトは、呆けた声を上げてメリーの方へ向かう。


「……って、カスミ達は? どっか行ったのかよ」


 レプトが顔を持ち上げて見てみれば、メリーの周りにはカスミ、リュウ、レフィの三人がいなかった。もちろん、彼自身の周りにもいない。通りには他人達が通り行くのみだ。


「ああ。丁度、お前と二人で話したいことがあった。だから、適当に散歩でもさせといてるだけだ」

「なるほど?」


 いまいち状況の飲み込めないレプトだったが、分かっていなくてもとりあえず頷いてみせた。明らかに理解の足りていない様子を見せるレプトにメリーは軽くため息をつきながらも、自分の背についてくるよう彼に示した。


「さ、ついてきてくれ」


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