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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
不干渉の平和維持
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フェイの目的

「くっ……」


 フェイの銀の鎖を、レプトは地面に手をついて体を側面に投げ出すことで回避した。その後、体の勢いを利用して立ち上がり、戦える姿勢を再び整えて敵に向かう。

 レプトは攻めきれずにいた。いつまで攻めても攻撃が当たることはなかったのだ。剣と鎖が火花を散らして高い音を響かせることはあっても、その身が互いを削り合うには未だに至っていない。二人が邂逅して、既に五分余り。全力で攻めの姿勢を取り続けたレプトの息は、明確に上がっていた。


「はっ……は……はぁ」


 最低限息を整え、レプトは剣を握る手に力を込める。そして、幾度もしてきたように床を蹴り、フェイに接近した。だが、その動きに初めの時のような勢いはない。


「潮時か」


 人を打ち倒すには充分な一撃だったが、強者に膝をつかせるには程遠いレプトの攻撃を見たフェイは、右の手を堅く握って拳をつくる。そして、それを大上段に剣を構えたレプトの顔面へ鋭く放った。明確な隙を突かれたレプトは、それを頬にまともに受ける。


「ぶぐっ……!」


 これまで自分から攻撃を仕掛けてくることのなかったフェイの突然の反撃を受け、レプトはその場によろめいた。鈍い痛みと同時に、彼は視界の揺れを感じる。顔面を殴られ、目や脳に多少のダメージを負ったのだろう。


「クソッ……!」


 レプトはぐらつく頭の中を、首を振って無理矢理晴らそうとする。当然、殴られる前のようにハッキリとした視界には戻らない。剣を握る手にも以前のような力強さは残っていなかった。


「……所詮この程度か」


 疲労とダメージを負ってよろめくレプトを目に、フェイは再び攻撃の姿勢を整える。鎖ではなく、その拳でレプトに仕掛けるつもりらしい。両手を拳にし、胸の前に構えている。フェイは低くその姿勢を保ち、レプトに向かって矢のように迫った。


「クソ……来いよ!」


 レプトは万全とは程遠い状態ではあったが、声を張って気勢を保ち、フェイに向かう。だが、彼のその鈍った判断力では接近戦に振り切ったフェイの鋭い動きにはついていけない。即座にフェイはレプトの懐に飛び込み、その拳をレプトの胸の中心に突き刺す。


「ごはっ……」


 一瞬息ができなくなる感覚に、レプトは苦悶の声を上げる。同時に即刻反撃に転じようとしたレプトだったが、彼の大ぶりな剣ではフェイの追撃に間に合わない。フェイは右の手の腹でレプトの顎を打った。一気に下から突き上げられ、ほんの少し宙に浮いたレプトの姿勢は一気に不安定になる。フェイはそれを利用し、そのままレプトの顎を掴んで彼の身体を地面に背中から叩きつけた。


「かっ……は」


 強い衝撃を受けたレプトの視界は暗転と明転を繰り返す。意識が飛びかけているのだ。敵であるフェイの存在すら忘れるほどの衝撃にレプトの身体はしばらく動かなくなってしまう。

 床に仰向けに倒されたレプトが動けずにいる間、フェイは鎖を操り、レプトの身体を縛っていく。銀の鎖が手と足を巻き込み、最早自由のない状態になってようやくレプトの意識は晴れ始める。


「ぐ……や、やめ……ろ」


 レプトはせめてもの抵抗と身を捻って声を上げるが、フェイはそれを無視した。全く焦る様子もなく、自分のことを見下ろして拘束を続けるフェイを見上げ、レプトは歯を食いしばる。


(こんな……ジンが、仲間がいないと、こんなにも呆気ないのか……)


 これまで幾度となく退けてきた相手に倒され、レプトは自分が一人であるときの弱さを理解する。少し前に、カスミがジンに諫められたことのあったような状況になってしまったのだ。レプトは自分一人でこの状況を打開できると思っていた。それは正に、エルフの里にいく直前の対峙が終わった際、カスミがしていた思い上がりだ。


(く、そ……俺一人じゃ、こいつに全然かなわねえのか)


 フェイのことを地面から見上げ、現実を痛いほど理解する。悔しさと不甲斐なさにレプトの頭は満たされていく。だが、その感覚に浸っている暇はない。フェイはレプトを鎖で拘束すると、彼から離れていこうとしたのだ。彼は屋上から建物へ入る扉へ、ゆっくりと向かっていた。


(クソ……人目につかねえとこだから、後で回収するつもりか。次はジンを……)


 フェイの意図は明白だ。レプトを捕えた所で、次はジンを抑えようとしている。レプトは地面に横たわりながらも離れていくフェイの背から目を離さず、頭の中で彼を止める手段を探す。


(今はもう寝ててもおかしくねえ時間だ。もしジンが寝てたら、その時点で……。ここで、俺が止めなくちゃいけねえ。何か、何かあいつのことを引き留める、一言……)


 軍に拘束されれば、少なくとも自分は再び以前の環境に戻り、他の仲間もどうなるか分からない。眼前までそんな惨状が迫った状況に、レプトの思考は目まぐるしく回転する。


「……く」


 レプトの頭に、一つの考えが浮かんだ。自分の手で肩を掴むより、フェイの足を止められるだろう言葉を。その答えを弾き出すと、それが確実かどうかなど仔細を考えることはせずにレプトは声を張り上げた。


「メリーはジンを殺したがってたぜ!」


 静かな湖の水面に石を投げ込んで起こる波紋のように、レプトの言葉は夜闇に広がっていく。


「……何を?」


 フェイはレプトの言葉に足を止め、振り返る。表情は夜の暗さのせいでハッキリとは見えないが、目を見開いているのはレプトの位置からでも知ることができた。動揺している。彼の顔を見たレプトは、自分の思惑の第一歩が成ったと一瞬口元を歪めると、フェイを離さないようすぐに続きを話した。


「あいつと初めて会った時、フェルセで……俺達がメリーに助けられたことがあっただろ」

「……」


 フェイは黙ったままレプトの方へと歩み寄り、顎を振って示す。こちらに構わないで話せと言いたいようだ。レプトはそれを受けると、自分の分かっている範囲のことを時間稼ぎのために話し続ける。


「あの時のメリーの目的は、俺達を助けることじゃなかった。あいつの隠れ家についたら、メリーは……ジンに銃を突きつけた」

「……そんなこと、あるわけが」

「あったんだよ。ただ、その銃は偽物で、結局メリーはジンを傷つけるようなことはしなかったがな。けど」


 レプトは自分でも分からないことをフェイも同じように疑問に感じるだろうという考えのもと、言葉を続けた。その中で、どうにかしてフェイの行動を遅らせ、あわよくば止めることが出来るような次の話題を考える。


「あいつがジンのことを相当恨んでるのは間違いねえ。さっき言った話も、俺以外にも仲間がいるから手を出さなかったってだけで、一人だったらきっと……」

「何故、メリーはそんな……」

「分からねえ。けど、昔同じ職場にいた時、何かされたってのは聞いた。多分、俺が知らない時期だから、二年以上は前……ジン自体も、メリーに敵意をむけられるようなことをしたって認めてた」


 レプトの話を聞いていたフェイは、メリーとジンについての話を一言一句聞き逃さぬように慎重に聞いた。それは、彼がメリーにレプト達の居場所について教えてもらったことに起因する。


(メリーがそんな……有り得る話、なのか。居場所を俺に伝えるということは、つまり、レプトやジンさんの捕縛に手を貸すことだ。それを望むという事は……こいつの言うことは真実? メリーが理由もなく誰かに殺意を向けるわけもない。だとすればジンさんは、何か……)


 少し前にメリーから情報を提供してもらっただけに、フェイの思考は混乱する。自分の尊敬する師と、自分の大事な友人との間の事情。両方大事なのに、片方が片方に殺意を持っているという事態はフェイを動揺させた。

 しかし、しばらくして、フェイは首を振って考えを止める。


「ハッタリだな」

「……なに?」


 フェイの言葉に、レプトは眉を寄せて聞き返す。レプトの表情に歪みはなく、意外という風ではなかった。そんな彼に対し、フェイは鋭い敵意の目線を向ける。


「お前が今、そんなことを話す理由がない。俺を足止めするための、ただの嘘。あわよくば拘束を解いて逃げ出そうとしたんだろ」


 レプトはフェイの言葉を聞くと、暗闇の中でひっそりと口元を歪めた。


(来たか……!)


 獲物が罠にかかっているのを見た猟師のようにレプトは目を光らせ、鎖で縛られたまま上体を起こし、フェイに真正面から向かう。


「お前は……いつもそれだな」

「なに?」

「自分の信じたいもんは絶対に疑わねえで、目と耳を塞いでジッとしてるって言ってんだよ。お前はいつもそうやって、ジンやメリー、人の話を聞かずに無視してきた」


 レプトは手すりに背を預けるようにしながら不自由な足で立ち上がり、フェイにむかって声を張り上げる。


「ネバ、だったか。お前が妄信してる奴。なあ、そいつはどんだけ信じられんだよ。親友も、師匠も、そいつらの言葉全部なかったことに出来るほど信用があるのかよ。……なあ、お前はどうして俺達を捕まえようとしてんだ」


 疑いをかける、という切り口からレプトは話題を飛躍させた。元のメリーとジンの話題はこの話に持っていくための下準備に過ぎなった。

 レプトの意図に気付くことはなく、フェイは彼の非難を受け、歯を食いしばって言葉を返そうとする。


「それは……」

「俺が手配されてるとか、クラスだとか、そういうぶったことを言うのはやめろよな、フェイ。もう二年も付き合ってきたんだ。んなことはいいんだよ。ただな」


 レプトは夜の闇でもハッキリと見える人とは違うその黄色い目でフェイを見据え、言う。


「メリーとジンは、ずっとお前をかばってたぜ。敵の立場のお前を、昔こういうことがあったから、とか言ってよ。俺の言葉を信じねえのは分かるさ。けど、奴らの、お前を信じてくれる奴らの言葉くらいは、少しは聞いてやれよ」


 ジンがフェイを長く面倒を見てきた弟子と言っていたこと。メリーが自分の事のようにフェイの過去を話したこと。それらを思いながら、策中であることを忘れ、レプトは夜の静寂の中で声を荒げた。


「あの二人は良い奴だ。俺も、あんな良い奴らが信じるお前を、悪い奴だなんて思いたくねえ。けどよ、お前が何も話してくれないんじゃ、こっちもどうしていいか分かんねえぜ。なあ、何かあるんなら話してくれよ。事情があるなら、何か……譲歩とか妥協とか、手段を探せるかもしれねえじゃねえか。だから……こんな状況でも、お前を絶対に信じてくれてる二人のためにも」


 レプトは時間稼ぎとフェイの行動の意図を探るため、この話をした。ジンとメリーのことを引き合いに出したのは単に、自分では事足りず、フェイの心を動かすためには二人に頼るしかないからだった。だが、そこに熱はあった。

 レプトの言葉を聞いたフェイは、数瞬の間惑う。だが、すぐにレプトへ背を向けた。


(くっ……強引だったか……)


 思惑が失敗に近付いている、そう感じたレプトは歯を食いしばって顔を俯けた。

 だが、そんな彼の視界外でフェイは足を止めた。レプトに背を向けたまま、懐から一枚の紙を取り出し、それを眺めている。その紙は、写真だった。フェイと白衣を着たメリー、そして他に二人の女性が写っている。全員が全員、満面の笑みで肩を組んでいるものだ。長く持ち歩いているためか、端の方が薄汚れている。


(……あの時のようになれないのは、俺が真っ直ぐじゃなかったからかもしれないな)


 フェイはその写真をしばらく眺めた後、静かに元の懐にしまい、レプトの方へと振り返った。


「話した後、お前に何を言われても考えを変えるつもりはない。だが、気まぐれだ。話してやろう」


 フェイの唐突な言葉に、思わずレプトは顔を上げる。自分の考えがうまくいったことに安心する彼の表情は、夜の闇に隠れてハッキリは見えない。だが、そんなレプトの安堵はフェイの次の言葉によって消え去るのだった。


「お前達を捕えようとするのは、ジンさんを助けるためだ」

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