運試し
レプト達三人はアルマの案内を受け、既に街中の宿で休んでいたカスミ達と合流する。既に日が落ちかけて空が赤くなってきた時分、リュウ、レフィ、カスミは宿舎内の小さい食堂でレプト達の話が終わるのを待っていたようだった。六人が一緒になると、アルマはすぐに部下に彼らの夕食を用意させた。その食事を摂る最中、リュウ達はレプト達の事情の説明を大まかに受けた。
「そう、駄目だったんだ」
夕食を終えてしばらく、六人が体を休めていた時に話は終わった。リュウはピースへの要請が失敗に終わったことを知ると、張っていた気を緩めるような抜けた声を発した。そんな彼の様子を目ざとく見つけた隣のカスミは首を傾げる。
「なに、なんか嬉しそうだけど」
「まあ、レプト達には申し訳ないけどね。その話がもしうまくいってたら、僕は旅から抜けることになっていたから」
「んぇっ!? どうしてだよ? オレ、リュウがいなくなんのは嫌だな……」
リュウの言葉に大きい疑問の声を上げたのはレフィだ。彼女はリュウの方へと身を乗り出し、縋るような弱々しい声を上げる。そんなレフィとは半面、リュウの言葉の意味する所に察しがついたらしいレプトは彼に確認するように問う。
「村の……立ち退きとかの話か?」
「そうだね」
リュウは目の前のテーブルに置いた両手の指を合わせ、深く息を吐きながら話す。
「僕はこれでもあの里の長に近い立場だから。そんな僕が国に対して抵抗しようって組織の中に居たら、交渉の余地なんてなくなっちゃうからね。もちろんここの人達が勝てばどうとでもなるのかもしれないけど……そうじゃない場合だって充分にあるから」
背負った立場のせいで柔軟に動くことの出来ない状況に難儀し、リュウは椅子の背もたれに深く寄りかかった。そんな疲れた様子の彼に、レフィは高い声で喜びをあらわにする。
「まあよ、今すぐってワケじゃねえのが分かってよかったぜ!」
「おーい、俺にとっちゃあ悪いことだぞ」
「んぁ、わりぃ……」
レプトの緩い言葉に対して薄い罪悪感を感じたレフィはしゅんとして身を小さくする。そんな彼女にレプトは笑って「冗談だ」と言いながら、改めて表情を引き締めた。
「母さんを助けたいのは勿論一番だ。でも、手段をここに縛る必要はねえしな。つっても、他に当てがあるわけでもないんだが……一番いいのは、カスミを送るまでの最中に別の何かを見つけることだな」
方針は変えず、これからも旅を続けていくだけだとレプトは話をまとめる。そんな彼の言葉に、リュウ達三人も頷いて返すのだった。
そんな風に子供達が話している時、メリーとジンは少し離れた所で小さいテーブルを囲っていた。お互いを真正面にして向き合い、レプト達とは違う張った空気を漂わせている。メリーはテーブルの真ん中に置いてある灰皿に煙草を押し付け、煙を吐き出しながら呟くように問う。
「で、当ては?」
「……」
「ない、か。丸い選択肢は、スタルクとかいうビビりを焚き付ける、だが……」
「そうなるな。奴も、この国で起こっている不条理に何も思っていないワケはない。そこを何とかするとしよう」
ジンは足と腕を組んで背もたれに深く寄りかかる。組んだ腕からのぞく指がせわしなく動いている。そんなジンの様子を見たメリーは、フーッと煙を吐いて煙草の吸殻を灰皿に捨てる。そうしながら彼女は、おもむろに自分の座る椅子の足元に手を伸ばす。彼女が手に取ったのは酒瓶だ。それを彼女はジンに差し出す。
「酒でも飲まないか。最近は疲れることがよく起こる。お前みたいなクズでも、愚痴を聞いてくれる奴がいないよりはマシだからな」
「……お前、酒はあまり飲まないんじゃなかったか」
「よく飲んでたんだよ、ここ最近は。何もすることがなかったからな。だからよく分かる。この酒はいい酒だ。一人で飲むには惜しいと思ってな」
「…………」
メリーはテーブルの真ん中にドンと酒瓶を置き、空のグラスを自分とジンの前に静かに差し出した。その透明なグラスをジンは何気なく目に入れた。グラスの歪曲した形が奥のテーブルを歪んだように見せる。
「……俺はいい。これからのことも考えたいしな」
ジンは立ち上がって食堂を後にしようとした。そんな彼のことをメリーは声をかけて呼び止める。
「酔いの回った頭の方が、考えられることもあると思うが?」
「悪い、そういう気分じゃないんだ」
「……そうか」
ジンはメリーの誘いを重ねて断り、全く拘泥することなく食堂から出ていった。その背をメリーは目の端で見送り、ため息を吐いて彼のことを諦める。
「ツイてないな」
メリーは自分が用意した酒瓶とグラスを回収して席を立ちあがった。そして、四人で話しているレプト達に軽く声をかけ、ジンに続いて出口へと向かう。
「私はもう寝る」
「え、早くねえか?」
「久しぶりにしっかりとしたベッドで寝れるし、酒飲んで泥のように眠りたいんだよ。ガキにこの良さは分からないね」
「そっかぁ……なあ、オレも……」
「駄目だ、レフィ。お前が飲めるようになるのは八年くらい後だ」
レフィの好奇心をぶった切り、メリーは彼女に背を向けた。ブーブーというレフィの文句を受けながらもそれを無視し、メリーは食堂を後にする。扉をくぐり、ドアを閉めて廊下に立つと、彼女は自分の手に収まる酒瓶を見て舌打ちした。
「チッ……今日はよく眠れそうだ」




