壁
「久しぶりだな……アルマ」
目の前に現れた女性の名前をアルマと呼び、レプトは自分の顔を覆うフードをどける。彼の言葉を受けた女は、微妙に眉を寄せて応えた。
「久しぶりです、レプト。あなたは……あの時とは随分と雰囲気が変わりましたね」
「……まあな。ここを出たの、一年と半年以上前だろ?」
レプトは人の部分の顔を明らかに苦いものにし、爬虫類のような左の目も歪ませてそう言った。二人のやり取りをすぐ脇から見ていたカスミは、アルマの方をチラチラ見ながらレプトに問う。
「何、知り合いなの、この人?」
「ああ。研究所から出てすぐ、まだあちこち動き回る余裕がないときにここに来た。その時に世話になった人だ」
「なるほど……」
レプトの説明に当時同じ場にいただろうアルマは頷いて示す。
「行き場のない人の受け皿になろうという考えは、ここが作られた理由の一つです。ジンは予めそれを分かった上で、レプトを連れて以前ここを訪れました」
アルマの視線は一行の先頭に立っていたジンに向かう。仲間達からの視線も同様に集まると、ジンは当時の状況を全員に説明する。
「あの時は今よりずっと動きずらかった。今のように旅をするようになったのは、レプト達が逃げるきっかけになった事件のほとぼりが冷めた後なんだ。それまではここで過ごしていた」
ジンの説明に一行の皆は納得して頷く。そんな中、メリーだけは彼の横顔を冷えた目線で見据えていた。白衣の懐に両手を突っ込み、彼女は腑に落ちないという表情をしながら彼の説明を聞き流していた。
そんな彼女の視線には気付かず、アルマは一行に背を向けて言う。
「とりあえず……ジン、目的はあの時に話したことで良いんですね」
「ああ。ここの頭目の元まで案内してほしい」
「分かりました。しかし、先に聞いておきたいことがあります」
アルマはジンを振り返り、その後、レプトを除いたカスミ達の方へと目をやる。そして、忠告するように低い調子で話す。
「これからの話は、私達と国との戦いに関するものです。それに一切関係のない人を巻き込むわけにはいきません。この先を聞いたからといって戦いに参加することを押し付けたりはしませんが、確認をしておきたいのです」
国とリベレーションとの関係に少しでも全くの他人が関わることは避けたい、とアルマは口にした。危険に晒す人を増やしたくないという考えから来る発言だろう。
そんな彼女の言葉によって迷いを感じたのは、カスミとレフィだった。二人はその言葉に対し、明確な返答を返せずにまごついてしまう。レプト達とアルマは静かに二人自身の言葉を待った。
そんな中、二人の前にリュウが立つ。彼はアルマの言葉に後ろのカスミとレフィのことを示しながら話した。
「じゃあその話、僕達は聞かないことにするよ」
自分も含め、三人は話から降りるとリュウは宣言した。その選択にアルマは静かに頷き、「それでは」と話し出そうとする。だが、その直前にリュウの背をレフィがつつく。彼女はレプトとジンの方へと目を寄せながら、リュウにぎこちなく言う。
「な、なあリュウ……。レプト達が関係してることなんだから、オレ達も聞いた方が良いんじゃねえか?」
アルマはレフィの言葉を耳に留めると口を閉ざし、意見が固まるのを待つ。話題が話題だけに、迷うのは前提だと考えていたのだろう。ただ、彼女の判断とは反するようにリュウは優しく確固とした考えをレフィに告げる。
「確かにレプト達にとっては重要な話かもしれないけど、僕達にとってはそうじゃない。それに、こういう話に関わったら僕達はもっと奴らに敵視されるかもしれないんだ。戦いに参加するしないに関わらず、今よりずっと危険になる。それこそ助けたい明確な人でもいない限り、関わらないべきなんだ」
「……でも、レプト達のことは手伝いたいし……」
「それとこれとは全く別だよ。もちろん僕達はそれぞれ二人に恩がある。だけど、これに関わることは二人への恩返しにはならない。役立ったとしても喜ぶのはリベレーションの人達だし、何より、二人はカスミやレフィを危険から助けるために色々頑張ったんだ」
「……リュウがそう言うなら、分かったよ」
レフィは言葉の最後、レプトとジンの方を見やった後にリュウへ頷いて返した。リュウは彼女の納得した様子を受け、改めてアルマの方へと視線を向ける。彼女は三人の意見が固まったのを見て取ると、話を戻す。
「では、私についてくるのはレプトとジン、そこの白衣の方ということで。それでは、そちらの三人は客人用の宿に先に案内させましょう。既にあなた方が乗ってきた車の所に部下を手配させています。戻っていただければいつでも案内するように言ってあります」
「……随分と準備がいいじゃないか? まるで私達がここに来た時から備えていたみたいだ」
アルマの話を聞いて怪訝に眉を寄せたメリーは彼女に問う。その問いに対し、アルマは笑って返した。
「私達も完全に平和に酔っている訳ではありません。街に初めて入ってくる者は常に監視しています」
「なるほど……ここが分かったのも待ち伏せか」
車でこの街に入ってきた時点からアルマ達は一行のことを認識していたらしい。つい直前までリベレーションが腑抜けているというような話をしていたメリーはその認識を改めるようにアルマを見据える。
「それでは、そろそろ行きましょうか」
話が固まった所で、アルマは一行に背を向けて歩き始めようと示すのだった。




