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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
交差する縁
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雷鳴

 少年の意識は、一定のリズムで体が揺らされることによってゆっくりと覚醒に近付いていた。


「……ぅ」


 自分より幾分か大きい者の背に背負われている。違和感のある体の態勢と、自分の身体が揺れるリズムから少年はそう考えた。しかし、その答えを確認することは彼には出来ない。瞼が、尋常じゃ無く重かったのだ。彼に見えるのは、瞼の裏の白い暗闇だけだ。


(俺は……何、してたんだっけ?)


 深い眠りから覚める時のように、少年は気を失う前の記憶を探りながら意識にかかる靄をかき分けていく。初めに彼の頭に浮かんだのは、右足の痛みだ。


(いつっ……そ、うだ。俺は、撃たれて……)


 気を失う直前、足を何者かに撃たれたことを思い出す。意識しだしたせいか、足の痛みはひどく鋭くなっていった。その痛みのせいか、彼はどこか遠くのもののように感じていた記憶の中から、あることを思い返す。


(この、痛み……あの時と、同じ……)


 過去に同じような痛みを味わったことがあったのか、連想してその周囲の状況を彼は思い出す。あやふやな意識の中で、足を負傷する自分と、そのすぐそばにもう一人。赤い髪の少女。


(ッ!!)


 その情景、その少女のことを思い出した時だ。少年の身体に、電流が走るかのような覚醒が降りた。脳ではなく、彼の感情が、起きろと彼の身体に指示を出したのだ。重い瞼を押し上げ、力の抜けた腕に意識を通わせ、激痛の走る足を弾くように動かした。


「なんだ、急に起きて……!?」


 少年を背負っていた青年、リュウは背中の上で人が暴れ出した状態に思わず足をもつれさせる。無人のスラムをカスミと共に歩いていた彼は何とか両足で踏ん張り、少年を落とさないように腕に力を込める。だが、リュウのその努力に反し、アデドの少年は全身で抵抗した。


「放しやがれッッ!! この……」

「や、やめるんだ! 危な……」


 背負う少年の抵抗に対し、リュウは両腕で少年の腰をしかと掴んで応じる。何があっても落としはしないつもりだろう。

 だが、少年はリュウの想定していなかったほどの抵抗をする。彼は自分を背負うリュウの無防備な背中を、全力の肘で突いたのだ。


「っかは……!」


 一瞬呼吸が出来なくなり、リュウは手にこもっていた力を抜いてしまう。同時に、少年の身体が空に投げ出された。


「くっ……」


 少年は負傷した右足をかばうように地面を転がる。彼の思惑はうまくいき、着地で傷を大きくするようなことにはならなかった。リュウの拘束から逃れると、彼はすぐに立ち上がろうとする。だが、その動きを制止するようにリュウのすぐ隣を歩いていたカスミが少年の左腕を掴む。


「ちょっとアンタ! 一体何のつもりよ?」

「っ、ちっ……」


 カスミの剛力から逃れようと、少年は腕に力を込める。しかし、彼の左腕はまるで固まったコンクリートに閉じ込められたように動かない。


(んだよ、この馬鹿力……!?)


 カスミの見た目からは想像もできない腕力に少年は動揺する。しかし、次の瞬間には自分の目的を思い出し、動揺を頭から一瞬にして追い出した。


(……クソ。何だっていい)


 少年は力を込めても微動だにしない左腕に力を込めるのはやめ、別の、異次元の力を込める。それは、少年の身にいつの間にか備わっていた力。どう扱うか、誰に教わることもなく、当然のように使い方は分かっていた。

 少年の周囲の空気に青い線が飛び散る。同時に、バチバチという耳をつんざくような音が鳴り響いた。その音や線は少年の身体から発されている。幾条もの青い線が彼の体を覆い、そして、それが彼の腕を掴むカスミへと流れていった。


「うぐっ……電気……」


 青い線の正体は電流だ。カスミは自分の腕に流れてくるその熱さと痛みに思わず手を離し、体ごと大きく少年から距離を取る。そして、少年の攻撃を受けて動けずにいたリュウのすぐそばに立った。


「はっ……はっ……はぁ」


 リュウとカスミを退けた少年は、負傷した右足をかばうように不安定な立ち方をし、息を荒げていた。電流の能力が疲労に繋がっているのか、はたまた痛みが彼に体を思うように使わせないのか。どちらにしても、彼の体に纏わりつく疲労は大きい。

 だが、それでも彼は覚醒した時に思い出した目的を忘れずにいた。


「“ヨウ”……どこにいる。絶対、助けに……」


 記憶の中の少女、その名を呼ぶ。同時に、少年は体に纏う青い電気を一層強めた。カスミは少年が何かしようとしていることを察し、その出鼻を挫こうと地面を蹴り、彼に急接近する。


「大人しく……」


 再びその握力で少年を強引に捕まえようとした、その時だ。カスミの手は空を掴む。少年の身体を掴むことは出来なかったのだ。どころか、その場に少年はいない。慌ててカスミは周囲を見渡し、少年の居場所を探ろうとする。


「っ……何が起きたの? 一体どこに」

「消えた」

「え?」


 背後で膝をつくリュウの言葉にカスミは振り返る。消えた、とは一体どういうことか。疑問に眉を寄せるカスミに、後ろから状況を俯瞰していたリュウは自分の目に映ったことをありのままに説明する。


「……あの子の身体が、一瞬青い電気に包まれた。その瞬間、消えた。消えたと言うより、多分、そこの路地。あそこに向かって凄まじい早さで移動したんだ。ほとんど、瞬間移動みたいな感じで」


 リュウは少し離れた場所にある路地を指さして言う。


「電気の残りの線、みたいなのがそっちに向かっていたからそうだと思う。ただ……向かった先が分かった所で……」


 リュウは体の調子を整えて立ち上がりながら、歯を食いしばる。


「あの速さ、能力の内の一つなのかもしれないけど、追うのはとても無理だ……。それに、もし場所が分かった所で、何かできるわけでもない。彼が抵抗する気なら尚更だ。近付くこともできない」


 リュウは頭を抱えて深く息を吐く。

 少年が元居た場所からリュウが示した路地までは、十数メートルほどの距離があった。それを少年は一瞬で移動してみせた。下手をすれば、リュウとカスミが視認できていないだけでもっと長い距離を移動している可能性もある。加えて、あの電流の能力。近付けたとしても、ずっと拘束しておけるわけではない。


「……打つ手なし、ってわけ? ここまで来て……」

「そうなる……ね」


 カスミの総括にリュウは頷いて返す。

 やっとの思いで助け出すことが出来たアデドの少年を、二人は負傷した状態で逃がしてしまった。少年の目的や思惑がどうあれ、大怪我を負った危険な状態で放ってしまったことには変わりない。それに、彼から聞き出すことが出来たかもしれないレフィに関する情報も、一切手に入らないだろう。

 救出が一番の目的だったが、それを半端にこなしてしまい、得られただろうものも手に入らずじまい。自分達の失敗が原因ではないとはいえ、一度に何もかもを失った。二人の胸の内には、失意がただ残るのみであった。

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