ヴァンス
スラムの長老によって人が払われた通りをレプト達四人は歩いていた。先の軍人の情報を頼りに、彼らは迷いなく進んでいる。
「ヴァンスか」
歩きながら、メリーが一言呟く。ヴァンスとは、レフィやスラムにいるという少年、アデドを被検体にする実験をしていた男だと軍人が説明していた者だ。彼女はその名に覚えがあるのか、息を混じらせてその名を口にする。
メリーが俯きながらこれから向かい合うだろう敵の名を漏らしたのを耳に挟んだレプトは、首を傾げて彼女に問う。
「知ってる奴なのか?」
「ああ、私が首都で研究をしていた時、顔を会わせたことがある」
「……あ? お前、そんなとこで仕事してたのか?」
「まあな。これでも、私は優秀だということで周囲に期待されていたんだよ。まあ、なんでこんな所にいるかっていうのは、前に話した通りだが」
メリーは冗談交じりに笑って言う。メリーの隠れ家でフェイと遭遇した時、彼女はエボルブや国のやり方が自分の考えと違っていたため、今のように行動を起こしていると説明していた。
「ヴァンスとは研究の分野の関係で話す機会があった。奴は話にもあった通り、シンギュラーの能力を一般人に付与する研究をしている。……所謂、こういうやり方をする奴だとは知らなかったがな」
重いため息をついてメリーは目を瞑り、話を続けた。
「まあ、互いのことをよく知るような時間もなかった。そこまであそこに長くはいられなかったからな」
メリーの過去の行動は随分と衝動的なものだったらしい。これから向かう敵のことは良く知らないようだ。
そんな彼女の話を片耳に捉えながら、ともかく、とレフィは話をまとめる。
「どうあろうが、そいつはオレや、他の奴らにもひでえことをした。許しちゃおけねえ。こっから追い出すのは勿論だけどよ、痛い目見してやらねえと気が済まねえぜ」
レフィは単純に目的を考え、敵意を目に宿して前に向き直る。彼女は、まだその相手が目の前にいないのに歯を食いしばり、腹のそこにあるものを抑えようとしていた。過去に身に浴びた仕打ち、それをした者に対する怒りは相当のもののようだ。
「……む」
これから相対する敵について話している三人の前を歩いていたジンは、何かを目にして足を止める。
「軍人だ。三人……どこかに向かっているらしい」
ジンがその視界にとらえたのは、目の前の通りをしばらく行った先の十字路を通る三人の軍人達だ。距離があり、レプト達の立ち位置が彼らから見て側面であったため、気付かれてはいない。一行はとりあえず周囲の物陰に身を隠し、軍人達の様子を遠目に確認する。
「さっきの三人と同じのアデドを探している軍人か。わざわざ手を出す必要もないな」
ジンの思考に構わず、軍人達は進んでいく。それに対し、ジン達は静かに彼らの後ろを位置取るよう進んでいく。そのまま軍人達が十字路を左に通り過ぎていったのを見届けると、一行は彼らの様子を見ながらそこの角まで進む。そして、軍人達の姿を目で追った。
「む……あれが拠点か」
見てみれば、軍人達はスラムの建物の中でも一際大きい倉庫のような場所に向かっているようだった。道の脇にあるそれに、軍人達は迷いなく入っていく。アデドを探す上で無人の家屋にまで入っているとは考えにくい。先ほど尋問した軍人が漏らした拠点で間違いないと、ジンは目星をつける。
「場所が分かったからには、やることをさっさと済ませるだけだな」
ジンは後ろの三人を振り返り、準備が出来ているかを確認する。レプトとレフィはそれに黙ったまま頷いて返し、メリーは懐に入れている道具、彼女の隠れ家で使っていたような手榴弾を取り出しながら応える。
「奴らの目的はアデドの捕縛だ。大した装備は持っていないだろう。入ると同時にこいつを投げ入れて、一息に済ませるぞ」
メリーの考えた策に、他三人は異存なく頷いて見せた。
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「まだ捕らえられないのか!」
倉庫の中、奥のスラムにしては整えられた部屋で、白衣の男が怒号を上げている。彼の言葉が投げられる先は、目の前に整列する軍人達だ。彼らは一様に目を床に下ろし、白衣の男の言葉を聞いている。
「これほど人員を割いているのに、未だ“私の成果”を取り戻せないこの無能共が! クソ、三号だけじゃない。一号も二号も逃げ出しているというのに……」
白衣の男は黒い髪に指をからませて頭を掻く。明確な焦りを表情に浮かべ、何か彼にだけ分かることを苛立ちと共に吐き出した。軍人達は彼の怒りが治まるまで待つしかないと判断しているのか、黙ったまま頭を低くする姿勢を解かない。
「実験は成功に近付いているんだ……。それを、ここまで来て……」
男は動揺と怒りのせいか、息を乱していた。脂汗を浮かべて肩を激しく上下させるその様には鬼気迫るものがある。それほど今の状況は彼自身にとって悪いものであるらしい。
そんな風に、男が軍人達に叱咤を投げている時だ。雄叫びと、そして悲鳴が、別の部屋から聞こえてくる。
「何だ……入口の方からか」
男とその場にいた軍人達はすぐに警戒で身を固め、動けるように備える。軍人達は各々が持つ武器や盾を手にし、白衣の男は椅子から立ち上がった。先の声がしたのは、彼らがいる部屋からしばらく離れた倉庫の入口の方だ。
「様子を見に行くぞ」
白衣の男は何か異常事態が起こっているのを察すると、すぐに軍人達を指揮する立場に立った。部屋の出口のドアの周りに、出ると同時に態勢を整えられるよう軍人達を配置して自分はその後ろに位置取る。
「行け!」
男の合図を受けると、軍人の内一人がドアを大きく開き、同時に別の隊員が武器を部屋外に向ける形で外に出る。白衣の男はその後ろから安全な位置を保って外の様子をうかがった。
「……これは、襲撃か?」
男達のいた部屋の外、倉庫の大部分を占める貨物室はそのほとんどが白い煙で覆われていた。それは、男達のいる位置から屋根も見ることができなくなるほどの濃さだ。白衣の男はその異常事態に動揺しながらも、これが外部からの攻撃の一種であると察し、その場にいる軍人達に指示を出す。
「不用意に飛び出すな。煙が晴れるまで待つぞ」
視界が不明瞭な中での戦闘を避けるようにと指示を出し、動かず、彼らは待機する。
しばらくして、眼前の白い煙が次第に溶けていく。それにつれて、貨物室で何が起こっていたのかもハッキリしてくる。四人の賊が煙を用いて突入し、彼らに貨物室に配備していた軍人達が倒されたらしい。
「お前達は……」
軍人達を前に立たせ、その後ろから白衣の男は自分の敵である賊四人に目を向ける。相手が何者であるかを知ると、驚愕に目を見開き、次に意外な事実について思考を走らせた。
(どういう組み合わせだ? フューザーの実験の被検体に、手配者。消えた研究員……それに)
白衣の男と相対したのは、レプト達だ。四人は敵意を含んだ視線で男と軍人達を睨んでいる。戦闘の得意でないメリーと、近い距離で戦う能力を持たないレフィを後ろにする陣を取っている。
レプト達のことを目にすると、白衣の男は最初、疑問に眉を寄せた。知識として知ってはいるが、目の前の者達がどういう経緯で共にいるのか、一切想像できなかったためだろう。しかし、彼が感じたその疑問はあるものを目に留めた感動によって一瞬で吹き飛ばされる。
「っ……幸運、だな」
口元を歪ませ、男はレフィを見た。
「一号。まさか、お前の方から現れてくれるとは」




