取引
「あいつはこんな場所で暮らしてたのかよ」
レプトはレフィとメリーの二人と共にスラムを歩きながら、周囲の様子を見て呟く。カスミと会った街より更に治安が悪く、張った空気が満ちる街。通り過ぎる人間達は皆、周囲への警戒や恐れ、あるいは敵意を抱いているように見える。
街の空気に圧倒されるレプトとレフィに、メリーはタバコを吸いながら説明する。
「フロウは生まれも育ちもここらしい。過去はよく知らんが……こういう街で生きてきたんだ。考え方も私達とは大きく異なる」
「だから、他人を攫うことに躊躇いがないのかな?」
考え方が異なると言うメリーの言葉に、レフィはだからこそ躊躇なく犯罪を犯すのだろうかと首を傾げる。その彼女の言葉に、レプトは顔をしかめて応える。
「どうあろうが、あんなことをするのは許されねえだろ。何か、特別な目的でもない限り……」
「あいつに特別な目的なんてない。目的としては至って普通なものだ。幸せになる……そのためだけに金を稼いでいる」
メリーは以前にもリュウ達に話したことがあるフロウの目的について口にする。幸せになるため。レプトはメリーのその言葉を聞き、歯を食いしばる。
「目的は分からねえでもないが、手段を選ばねえのか、あいつは?」
幸せになるという目的は全く理解できないものではないが、それを得るために手段を選ばない異常性をレプトは全く理解できないと首を振る。当然、他のほとんどの人間もそれを知って是としないだろう。自分達と一線を画する考えを持つフロウを理解できずにいるレプトに、メリーは自分の考えを整然と話す。
「手段を選ばないというより、善悪の判断をしていないんだろう。前に奴はこう言っていた。人を傷つけるのも、助けるのも同じことだとな」
「……は? 全然違うだろ」
「私も正直な所、よく分からない。根っこから、かけ離れてるのさ」
フロウという女の目的、思考。それらについて考えながら、レプト達はスラムを進んでいく。周囲の物騒な人間達から距離を取りながら、目的の人物に会うために。
そんな時だ。
「私に会いに来たの?」
背後から声がかけられた。フロウだ。レプト、レフィは咄嗟に振り返り、遅れてメリーも後ろを向く。フロウは以前と全く変わらない格好と、不敵な笑みで往来に立っていた。
「お前、いつの間に……」
「アンタ達がこの街に来た時からよ。あんなクソ目立つ車に、アンタの見た目、目につかない訳ないでしょ?」
反射的に問うレプトに、フロウは隠すことなく答える。前と同じように、何か隠し事をする様子はない。だが、少なくともレプトとレフィにとって、彼女は悪人だ。警戒しながら彼女に向かう。
「この間ぶりだな、フロウ。今日は聞きたいことがあってここに来た」
緊張で体を強張らせる二人に反し、落ち着いた態度でメリーはフロウに向かう。冷静なのは、以前から知り合いだったためだろう。再会の言葉から、フロウに会うことが目的だったことも明かす。
「私に? って言うと……あのアグリの子の事かしら?」
フロウが想像したのはアゲハで間違いなさそうだ。それを察すると、レプトは責めるような口調で彼女に問う。
「そうだ、お前の攫ったあいつが今どこにいるか。分かるか?」
「知らないわ。というか、最後に会ったのはアンタ達じゃないの?」
レプトにアゲハの居場所について問われたフロウは逆に聞き返す。どうやら、あの後に対面したものと思っていたらしい。この反応から、彼女が鵺周りのことについて一切知らないであろうことを察すると、レプトはため息を吐いて首を振る。
「お前に言われた場所に向かったら、鵺って奴があの人攫い達を全員殺してたんだよ」
「へぇ、そんなことが。じゃあ、それは私が依頼をこなした後ね。そんな奴とは顔を会わせてないから」
「……そいつがアゲハを保護したとは言ってたが、百パーセントは安心できない。少しでもアゲハについて、知ってることはねえか」
レプトはフロウからアゲハの居場所を知ることは出来ないだろうと察し、次はアゲハの周囲の事情を少しでも知っていないか、そう問う。
「知ってることなんて何も……ああ」
レプトの言葉を受けて記憶を少し探ると、思い当たることがあったのか、フロウは高い声を上げた。そんな彼女の様子を見逃さず、メリーが問う。
「何か分かることがあれば教えてほしい」
「一応、それらしいことはいくつか。だけど……」
価値のある情報を思い出したらしいフロウだったが、それを素直に話すことはしなかった。彼女はその赤い瞳をレプト達に向け、品定めするように目を細める。猫のような、蛇のような、怪しさと鋭さが混じった目線だ。
「タダでは話さないわ。ちょっと手伝ってもらいたいことがあるんだけど……」
「テメエ……人の事攫っといて、よくそんなことが言えるな」
人を攫ったフロウが、逆にレプト達に何かを要求しようとしている。その状況に強く不快感を覚えたレプトは、顔を歪めて剥き出しの敵意を彼女に向けた。
そんなレプトを後ろから見ていたレフィは、熱の入った彼を落ち着けるようにその背に声をかける。
「落ち着けよ。頼みを聞きゃ、アゲハって子のことが分かるかもしれないんだ。話を聞いて、そっから考えようぜ?」
「……分かったよ」
レフィの言葉に、レプトは一応の納得を示す。二人のそのやり取りを目の端におさめていたメリーは、フロウの方に一歩歩み寄り、その手伝いについて問う。
「それで、手伝いってのは何をすればいいんだ?」
メリーの問いに対し、フロウは三人に背を向け、自分についてくるように示すことで応えた。
「こんな所で話すのもあれだし……ついてきなさい」




