白いフードの二人組
「で、僕達は補給の係か」
「必要なことだし、しゃあないっちゃしゃあないけど……」
通りの地面に布を敷いて座る貧困の窮まった人がそこら中にいるスラム。元は平だったのだろうコンクリート壁で囲まれる建物は、どこを見ても初めのその名残を残さず、欠損や穴が目に付く。まるで、路地裏に目をやれば喧騒がすぐ目に付くこの街の人間の暴力性を表しているようだ。
そんなスラムにある一軒の建物の前にリュウとカスミは立っていた。二人の背にする建物は車に用いられる燃料やらを販売する店であり、ボロボロの壁から見えるその内部でジンが店主と交渉しているのが見える。そんな彼を背に、二人は街の様子を見ながら話していた。
「しかし、外の世界もいい所ばっかりじゃないね。分かってはいたけど」
「そらそうよ。私とレプト達が初めて会った街も、ここほどじゃないけどヤバイとこだったわ」
「へえ、君達ってこういう所で出会ったんだ。君が誰かに攫われて故郷を離れたって話は聞いてたけど。最初はどんな風に会って、どういう話をしたか……ちょっと気になるな」
「……まあ、色々あったわね」
カスミはリュウから目線を逸らし、気まずそうに言う。彼女とレプト達の出会い方は、あまり笑顔で話せるようなものじゃない。少なくとも彼女にとってはそうだ。レプトのフードを事情はどうあれ無理矢理剥がしてしまった時のことをカスミはまだ気にしている。
「気になるけど、それはレプト達がいる時に聞こうかな。……あっ、そういえば」
「ん?」
カスミがレプト達との出会いについて思い出し、顔をしかめていると、リュウは何か良いことを思いついたような声を上げる。カスミが気になって彼の顔を見上げてみれば、リュウは目に好奇心を宿して彼女に問う。
「君の住んでいた街って、どんな場所だったんだい? シャルペスって街らしいけど、どんな暮らしをしてたかとか、一切聞いてないから気になっちゃって」
「ああ。そういえば、一回もアンタ達に話したことなかったわね」
リュウに問われると、カスミも自分のことについてレプト達に一度も話していなかったことを思い出す。彼女が話したことと言えば、住んでいた街の名や、そこが漫画のあるような豊かな場所だった、という事くらいだろう。
リュウの興味に対し、カスミは抵抗なく自分の住んでいた街について話す。
「一言で言えば、いいとこだったわ。この機会に色々な所を回ってみてよく分かった」
「へぇ……具体的には?」
「まず、犯罪なんて一切なかったわ。少なくとも私の周りではね。それに、食べるのに困ることもなかった。多分、すごい恵まれてたのね。だから犯罪を起こす気にもならないのかしら」
「……本当にそうだったら、君は誘拐なんてされなくない?」
「うっ……それは」
痛い所を突かれたようにカスミは呻く。犯罪の無い良い場所だったと言うなら、彼女を攫うような人間ももちろんいないだろう。ただ、現に彼女はここにいる。
「た、たまたまよ。多分、百年に一度の犯罪が私だったってだけだと思うわ」
「ふぅん……そんな風に言い切れるってことは、本当に穏やかで豊かな場所だったんだね」
「そうよ。だから、最初はすごい驚いたわ。そんなこと、想像もできないような場所だったから。今思ってみれば、ちょっと変な所はあったけど……いいとこだったわ」
カスミはリュウに言葉を返しながら、遠くを見るような目で青空を見上げる。そんな彼女の横顔に、リュウは目線を合わせるように顔を上げながら問う。
「あんまり良い記憶じゃないかもしれないけど、聞いていいかな」
「うん?」
「君を攫った人って、どんな奴だったんだい?」
リュウが聞いたのは、カスミを誘拐したその犯人がどのような者だったか、という事だ。問われると、カスミは顔を俯けて記憶の底を探るように深く考える。そして、自分がどういう状況で攫われ、何故あの街にまで来たかを語った。
「初めに私を襲ったのは、二人組。白いフードをしてて、片方がジンくらいの背、もう片方はリュウと同じくらいの背をした二人組だった」
「初めは……?」
「そう。その二人に襲われて、気絶させられて……。起きたらトラックみたいなのに乗せられてたのよね」
「トラックっていうのは?」
「なんかこう、荷物を運ぶ専用の車みたいなヤツよ。そこで手錠させられてた。その時にはもう二人組はいなくて、別の男達が私のことを見張ってたわ。それからしばらくして……今度はまた別の連中がトラックを襲ったわ」
「波乱万丈だね」
「全くよ。気持ちの整理がつかないまま、また攫われて……二度目に私を攫った奴らがレプト達と会った街まで連れてきたわ」
カスミはレプト達と邂逅するより前、随分とあちらこちらに攫われていたらしい。当初、フードを被ったレプト達に対して強い警戒心を持っていたのはそれが理由だろう。
「カスミってモテモテなんだね、人攫い達に」
「ヤバイくらい嬉しくないわ」
「はは。ともかく……そのフードの二人組」
軽い冗談を言いながら、すぐにリュウは真面目な表情に戻る。そして、カスミを始めに襲ったという白フードの人物達について話し始めた。
「君を襲って、気絶させたのか」
「そうね。それに武器を使ってもいなかった」
「……その人達は相当強いみたいだね。二対一とは言っても、君を倒すなんて」
「そうね。今思えば、あいつらは何だったんだろう……。まあ、帰ることが一番だからどうでもいいんだけど」
カスミは自分達を攫った人間に興味はないらしい。どちらかと言うと、家に帰ることの方が彼女にとって重要なようだ。
「そう、だね」
(そんなにあっちこっちに攫われるってことは、偶然で有り得るのか? ……偶然か、それとも……カスミに重要な価値があるか、どちらか。それに、その白フード達はカスミに対して気絶をとれるような実力。どれも、普通じゃないような気がする)
カスミに同意の言葉を返しながら、リュウはその白フードの人物達や彼女の状況について考える。通常では考えられないようなカスミの状況が、リュウの興味を引いていた。
そんな風に、二人がカスミの過去について話していた時だ。
「おい、見つけたぞ!」
「こいつを倒せば俺達も名を上げられるってもんだ!」
粗暴な男達の怒声が耳に入ってくる。
「何かしら?」
「そこらの騒ぎと変わらないんじゃない?」
リュウとカスミはその男達の声が気になり、目線をそちらに投げる。声が聞こえてきたのは、スラムの大通り、その中央だ。そこでは刃物や木の棒などの武器を持った男達が何かを囲っている。男達は一様に、自分達の作る円の中心にある何かに強い敵意を向けているようだった。
「お前みたいな奴がこんなとこに来るとはな」
一人の男の言葉が二人の耳に引っかかった。
「最強の剣士、ロン」




