狼のいる街
「カスミが暮らしていたというシャルペスという街だが、この間買った地図に載っていた」
「え、本当!?」
レプト達一行が獣人の村の流行り病を解決したその翌日。昼間の内に車で移動していた際、ジンはカスミが元居た街について話す。その位置を特定することが出来たと。話を聞いていたカスミや、その場にいたレプトも驚きを見せる。
「やっとか。で、どんくらいかかるんだ」
「結構離れている。恐らく、車での移動でもしばらくかかる」
「ああ……なるほどね。分かったわ、ありがとう。調べてくれて」
「いや、いいんだ。それより……」
ジンはカスミの感謝の言葉を受け流し、逆に申し訳なさそうな表情をする。不思議に思ったカスミは首を傾げて彼に問う。
「何かあったの? 問題でも……」
「まあ少し。頼みや問題と言うより、俺達の目的と並行して進めていいか、と……そう確認が必要でな」
ジンの言葉にカスミとレプトは眉を寄せた。二人が疑問に思っていると、ジンが説明を始める。
「シャルペスに向かうまでの道のりに、俺達が目的を達成するために行かなければならない場所がある。レプトの母親を助けるとなると、どうしても力が必要だ。俺達に助力してくれる者を探さなければならない」
「なるほど。寄りたい場所があるってこと?」
「そうだ。つまり……」
ジンは自分達の事情は詳しく話さず、結局カスミにはどういう影響が出るかということを話す。背を丸め、両手の指を合わせながら。
「お前が住んでいた街に着くのが遅れる。家族に会うのも、遠くなってしまう。だから……」
「いいわよ」
「え……?」
ジンの問いを最後まで聞かず、カスミは了承の言葉を口にする。眉間にしわを寄せるジンに対し、カスミはため息交じりの呆れを含んだ口調で言う。
「別にそのくらい我慢するわよ。っていうか、アンタ達には助けてもらった恩があるって言ってるじゃない。メリーと会う直前の時とかもそうだけど、逐一私に心配する必要ないわ。顎で使うくらいの気持ちでいなさいよ」
「しかし……」
未だに目を泳がせるジンに、カスミは細かいことがどうでもよくなるような子供っぽい口調で続けた。
「あーもうゴチャゴチャうっさいのよ。この間のフェイと会った時とかのことで、やっと仲間として見てくれてんのかなって思い始めたのに」
「いや」
「ん?」
言葉の途中に短い否定の声を耳にし、カスミは口の動きを止めてジンの方を見る。彼は、カスミのことを真っ直ぐ見て彼女の言葉を否定した。
「仲間として見ていない訳じゃない。お前も言ったことが正にそれだ。前の俺達の関係だったら、絶対後ろの安全な役割にしていた」
「……んじゃあ今のも」
「いや、そこはラインだ」
「ライン……?」
ジンは小指を立てて見せながら言う。
「約束したからな。お前を故郷まで連れて行くと。さっきのはそれに影響するようなことだったから言ったまでだ。親しき中にも礼儀ありってヤツだ。仲良くなったからって、そこのラインを軽視するわけじゃない」
以前のように離して見ているわけではないが、だからと言って軽視しているわけではないとジンは説明した。実際の所をその説明で理解したカスミは、自分が少しから回ったことを言っていたと後から気付き、誤魔化すように言う。
「……別に、分かってたし。言われなくても……」
「うお、なんかしおらしくなってんぜ? 珍しいこともあるもんだな」
二人の話を脇で聞き流していたレプトは、カスミがジンの言葉に対しておろおろしているのを見ると、口角をつり上げて彼女をからかう。それを受けたカスミは、眉間に深い怒りのしわを刻んでレプトに食って掛かる。
「ゴチャゴチャ抜かしてんじゃないわよ、このボケ。アンタちょっと前にナーバスになってたとこを私に励ましてもらったくせに。男のくせにナヨナヨしてんじゃないわよまったく」
「あんだとォ?」
レプトが売った喧嘩は正に幼さの極みと言う感じだったが、カスミの方もそれに乗っかり、二人は睨み合いを始めた。車で移動を始め、ゆっくりする機会の増えた一行の中ではよく目にする場面だ。二人がそんな下らないやり取りを始めると、ジンは呆れたようにため息をついて彼らから目線を外すのだった。
そんな時だ。車が停止する。これまでずっと移動を続けていた車が停まると、反射的に三人は顔を上げ、運転室に続く扉の方へと顔を向ける。それと丁度同時に扉が開き、部屋にメリーが入ってきた。タバコを吸っている。
「車の補給で近場の街に停まった。都合上、ただの街じゃないんだが」
言いながら、彼女は口から白い煙を大量に吐き出す。
「ただの街じゃない、というのはどういうことだ?」
「大規模なスラムだ。ほら、あいつのいる」
「ああ……」
「「あいつ?」」
メリーの言葉に納得したような声を上げるジンに反し、レプトとカスミは顔を見合わせて互いに答えを探る。あいつ、という人物が想像できないのだろう。
「ほら、アゲハとかいう子を攫ったあいつさ」
「……っ。あの女か」
メリーの言葉に、記憶から一人の女を特定したレプトは苦い顔をする。その女というのは、傭兵のフロウという人物だろう。アゲハを攫うという目的を持っていたのは彼女を使った組織ではあるが、レプト達のイメージでは直接自分達からアゲハを奪った敵だ。
「わざわざ、そいつがいると分かってる街になんで行ったの? 別のとこでもよかったんじゃ……? それとも、その余裕がないくらい燃料がなかったの?」
カスミは疑念に眉を寄せてメリーに問う。自分達の方から敵の方へと赴くなんて意味はあるのか、と。それに対して、メリーはまとまった考えで返す。
「可能性は低いだろうが、フロウがアゲハという少女の行方や、あの組織がアゲハを攫おうとした目的を知っている可能性がある。補給ついでに、その可能性を追求しておきたい」
「なるほど、そのために」
アゲハの足取りを把握しておきたいという考えからメリーは補給に使う場所を選んだらしい。
「なら、さっさと行こうぜ」
メリーの意図を聞いたレプトは、気の抜けた空気でやり取りをしていたさっきまでの雰囲気を取っ払い、真剣な表情で立ち上がる。そしてそのまま壁に立てかけていた剣を腰に提げ、外に出る準備を整えた。その場にいた他の者達も、彼の表情を見て頷くのだった。




