暗い因縁
鵺とレプトが会った日の夜……
夜の車内。車は動きを停め、中にいるレプト達一行はほとんどが既に寝静まっていた。しかし、そんな中でも二人だけ、運転室で目を開く者がいる。メリーとジンだ。ジンが運転席に座り、その脇の助手席にメリーが座っている。
二人の眼前には暗闇が広がっている。ヘッドライトの明かりもないフロントガラスの向こうには何も映っていない。街中でもなく、街と街の間の平野。昼ならば青い自然に目が行ったのだろうが、今は真夜中。全てを拒むような闇が広がっている。それを前に、メリーがおもむろに口を開く。
「聞きたいことがある」
瞳に闇を捉えたまま、彼女は口を動かし続ける。
「お前は二年間、レプトと逃げている間に何をしていたんだ? 逃亡を続けていたとはいっても、お前達の実力なら余力を残し、別のことに時間を使うこともできたはずだ。その時間、お前は何を、レプトに何をさせていた?」
一定の調子のメリーの声に、ジンは何も答えずに黙ったままでいる。メリーはその彼の反応の無さを見て何と取ったのか、わざとらしく鼻で笑ってみせた。
「二年だ。絶対何かできたはずだ。レプトは母親と会いたいと言ってるんだろう? ならば、エボルブと戦えるように戦力を整えることが重要だったはず。そして、お前はそういうことが出来ない訳じゃなかった。違うか?」
メリーはジンに目線を向けないまま、彼を追求する。話はレプトを中心としたものだった。
「どうせエボルブや国には敵が多い。そいつらに口利きすれば、戦力を用意できる。なのにお前はそうしなかった。何故だ? ……あの時の私と同じだろ」
「……」
メリーはそこまで言うと、舌打ちをする。そして皮肉げに大きく笑ってみせた後、ジンを横目で睨む。
「レプトの身の安全の方が重要だった。彼の意志よりもだ。……そう考えたからこそ、あいつの母親を助けるという危険な行為を避けつつ、逃走と称して安全な旅に興じてきたわけだ。……優柔不断で、移り気なクズが」
彼女がジンを責める点は、初めて会った時のこと以外にレプトの事もあるらしい。彼女が二人の事情にどのような関係を持っていたか定かではないが、少なくともジンの行動に意見できる立場にはいるらしい。
「あいつの頼みを反故にして、どんな成果を出しているかと思えば……呆れたよ」
メリーは懐からタバコを取り出し、火を付けて深く吸い込む。煙が、ガラスの奥に見える暗闇と、照明の付いた明るい車内の間で灰色の線を描く。タバコの穂先の淡い火がチラチラと明滅するのをメリーは虚しげに眺める。
彼女の悪態を最後に、しばらく車内には沈黙が広がった。メリーの方もこれ以上言葉を重ねる気にはならず、ジンも背景にある事情もあってか言葉を容易には発せずにいた。
だが、その沈黙を破ったのはジンだった。
「そうだな。俺は、自分のやったことに責任をとれていない」
ジンはメリーの言葉に頷いて肯定を示す。彼のその言葉を聞いたメリーは、自分の敵意を含んだ言葉に反抗せず、逆に同じ意見だと言ってきたのを不快に感じたらしい。二人の間に置かれている灰皿に吸い切っていないタバコの火種を押し付けながら、再び毒を吐く。
「全くだ。あれだけのことをしたんだから、今度再会するときは三人でいると思ったよ」
「お前の言う通り、俺は何も出来なかった。いや、しなかった。あいつを守るので精一杯なフリをしていただけだ。だから……」
ジンは一つ大きく息を吐き、目を瞑る。そして、眼前の暗闇に目をやりながら続けた。
「これから責任を取る。レプトの母親を助けるために、力を尽くす。どれだけ危うく先の見えない道でも、あいつの意志だからだ」
「……具体的には、どうするつもりなんだ?」
メリーの問いに、ジンは声を揺らすことなく、断固とした口調で返す。
「近くに“ピース”の本拠地がある」
「リベレーションの穏健派か」
「どう交渉するかは俺に任せろ」
ジンは、困難のあることが確実な場に飛び込んでいく前のような緊張を表情に浮かべていた。だが、口調には揺らぎが無い。
「彼らの力を借りることができれば、クラスを奪還するという目的に近付く。これが第一歩だ。俺の責任は、これから果たす」
ジンは目の前の先の見えない暗闇から目を逸らさず、告げた。彼の横顔を、隣のメリーは冷えた目で見ていた。




