次に会う場所
緑の森に朝日の差す朝、フェイは一人、床に敷かれていた布団で目を覚ます。
「……ん、ここは」
目覚めると、ぼやけた頭で天井を見る。木製の天井を目にすると、彼は平生と違う状態であることをやっと思い出し、そこから先日にあった記憶を取り戻す。
「そうか、俺は……メリーに眠らされて」
彼は掛け布団をどけ、窓から射す陽光から腕を上げて目を守った。光に目が慣れてくると、けだるげに立ち上がって窓の外の景色を見る。傾いてはいるが、太陽は天上に輝いていた。
「クソ……八時くらいか。奴らはもう……」
今の時間が朝目覚めるくらいの時分であり、もうこの村にジン達はいないと察すと彼は悪態を吐く。先日に考えていた足止めを食らい、現状としては最悪という他ない。
彼が起き抜けの呆けた頭で現在の状況を整理していると、部屋の入口を叩く音が聞こえてくる。
「フェイさん、起きられましたか? 入ってもいいでしょうか」
「……ああ」
キャルゴの声だ。宴の席で寝てしまった彼の世話をしていたのだろう。フェイが最低限の身だしなみを整えて入室を許可すると、キャルゴは襖を開いて部屋に入ってきた。手には何か紙らしきものを持っている。
「おはようございます。昨日はよく寝られましたか?」
「ああ、どっかの悪友のせいでぐっすりだ」
「は、はあ……それより、お渡しするものがあります」
自分に睡眠薬を盛ったメリーに悪態を吐くフェイを前に戸惑うキャルゴだったが、何を思い出してか、手に持っていたものをフェイに差し出す。
「これは……?」
フェイはキャルゴから受け取ったものを手に取ってから改めて見直す。それは、手紙だった。横長で四隅には花の装飾が入っている。フェイがその手紙に視線をやっている内に、キャルゴはそれについて軽く説明した。
「これはメリーさんがあなたにと、したためたものだそうです」
「メリーが?」
「はい。魔物退治に行っている間に書いていました」
キャルゴの話を聞きながら、フェイは手紙を傷つけないよう丁寧に封を解き、中の手紙本体を広げる。そして、汚い字で書かれたその内容に目を通した。
やあフェイ。この手紙を読んでるってことは、私の考えがうまく行ってお前はぐっすりいってしまった後って訳だ。それを見越してこれを書いてるんだが、書くことに悩んでいる。多分、食事の席で私はお前がジン達を捕えようとする理由について話したよな? その前提で、伝えたいことがある。お前、レプト達を追う時、確証があって街や村に訪れてるわけじゃないんだろ。あくまで、目立つあいつらの見た目を利用して聞き込みで追ってるわけだ。そこで、いいことを教えてやる。次かどうかは分からないが、こいつらが絶対に訪れる場所だ。そこは……
フェイはメリーの手紙に最後まで目を通し、息を吐く。
(メリー……。何がしたいんだ。何が目的だ? ジンさんとは味方同士じゃないのか? ……一体、何を……)
自分の全く想像していなかった展開に、フェイは頭がこんがらがっていくのを感じる。次に何をすべきか、どうするべきか、何よりもメリーのこの手紙は信じていいものか。
しかし、彼の頭は彼が思っている以上に冷静だった。それは、ある強い信頼感を土台としたもの。その信頼に従い、フェイはメリーの手紙を丁寧に封筒にしまい、懐に入れた。
(いや、メリーの目的なんていい。どうあれ、間違ったことをする奴じゃない。なら、俺は……)
「賭けてやる」
フェイは呟いて、次の選択を胸に定めるのだった。
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「……ん」
「あ、起きた」
メリーがぼやけた意識を起こし、目を開くと、そこは彼女が所有している車の中だった。照明の明かりから腕で目を守りながら体を起こす彼女のすぐ隣にはレフィが座っていた。メリーは彼女の存在を見止めると、状況の把握をレフィへの質問でこなそうとする。
「ふぁ……今、何時だ」
「八時ちょっと過ぎだ。驚いたぜ、自分とフェイの酒に睡眠薬入れてたんだって?」
「……まあな。村はいつくらいに出た?」
「あの食事の後すぐに寝て、朝六時くらいに村を出たぜ。フェイとは結構距離取れてるはずだ。これも全部、メリーのおかげだな!」
「んぅ……」
ボサボサの銀髪を手櫛で荒くとかしながら、レフィの話を聞くことで昨日に意識を失ってからのことを把握する。大体のことをメリーが理解し終えると、それを察してか、レフィの方も脱線した話をしだす。
「そういや、よ。フェイとちょっと話したぜ」
「え、ああ……それで?」
「ほら、オレの腕を撃ったりとかでさ、カスミとレプトはすっげえ嫌な奴だって決めつけてたけど……」
「だな」
「んなことねえな!」
「…………」
レフィは元気な表情でそう言った。そんな彼女のことを、メリーは起き抜けのきょとんとした丸い目で見つめる。理解の進んでいなさそうなメリーに対し、レフィは自分の考えを元気に話す。
「もちろん、オレ達とずっと仲良しって訳にゃいかねえんだけどよ。でも、あいつもあいつなりに助けたい奴がいて、頑張ってたんだ。だから、なんてーの? 敵だからって悪い奴ってわけじゃねえな。前のメリーの話がよく分かったぜ。あいつは、良い奴なんだって」
レフィは、フェイを良い奴だと言う。彼女とフェイの関係は、撃たれたということと、少し話した、それだけだ。撃たれたという前提があるのに、彼女はフェイのそれを怒るでもなく、彼を良い奴だと言った。またも、年齢にそぐわない位置に立った発言だ。
「……」
メリーはそのレフィの発言を受けて、黙ったまま彼女の顔を見続ける。ジィッと、穴が空くんじゃないかと言うほど、彼女はレフィのことを凝視した。
「……え? オレ、なんか変なこと言ったか?」
何も言わずに自分を見つめてくるメリーを前に、レフィはどうしていいか分からず、彼女に自分が何かしたかと問う。対してメリーは、未だ口を全く開かないままであったが、おもむろに手を動かし始めた。微動だにしていなかったメリーが動き始め、レフィは一瞬ビクリと体を震わせる。だが、彼女のその反応に反し、メリーの手は優しく、ゆっくりとレフィの頭にポンと置かれた。
「……へ?」
急なメリーの行動に、今度は疑問がレフィの頭を襲う。次いで、メリーはレフィの頭をゆっくりと撫で始めた。
「いい子だ……いい子だぞ」
「え、えぇ……? おい、オレはガキじゃねえぞ、メリー!」
「ああ、全くだ。見上げた奴だよ。お前ほど見る目のある奴には久しぶりに会った」
「うぇ……な、何だよ」
急な持ち上げにレフィは顔を赤くして頬を指で掻く。メリーは見る目が良いとレフィに言ったその具体的な内容こそ言っていないが、直前の内容から考えてフェイの事だろう。ただ、レフィの方はそれを察する様子もない。
「急になんだよ。なんかメリー、変だぜ?」
「ん……ああ、ついな。手が出てしまった」
「殴ったみたいな言い方すんなよ」
「あまりに見る目があったんでな。まあ、本来ならもっと前に気付いてもおかしくないんだが」
メリーはブツブツ独り言を呟いた後、何か思い出したのか、両手をパチンと叩く。そして、楽しげな目線をレフィに向けた。
「そういえば、だが。お前に文字を教えるのを忘れてた」
「あ、んなこともあったっけな」
「あったよ。さ、漫画持ってくるから、お前はそこに座ってろ」
メリーは寝起きでだるいはずの身体を元気よく起こし、先日そうしたように車の後ろの方にある物置部屋に向かう。その歩調は軽やかで、好きな人との待ち合わせ場所に向かうような、そういう愉快な調子があった。




