仮面越しのやり取り
魔物退治から戻ってきてしばらく、村に初めに案内された時に連れてこられた建物で待っていると、キャルゴ達獣人が料理や酒を持って入ってきた。それをつまみに、レプト達は宴に興じ始めた。宴と言っても、メリーの要請で一行以外に人はいないため、騒がしさには欠ける。それでも熱が無いわけではない。特に、レプトやカスミ、レフィはこういう風に騒ぐ機会がそうそう無かったため、料理をよく口に運びながら楽しんでいる。一回り年上のリュウもそれに加わり、笑みが絶えることはなかった。
ジンは彼ら子供達が楽しんでいるのを遠くから眺めていた。そうしながらも、彼はもう一つのものに目を向けていた。それは、メリーとフェイの二人だ。話の内容を聞くわけではないが、ジンはそれを気にかけていた。話に入っていかないのは、旧友である二人の仲に割って入る申し訳なさのためかもしれない。それに、彼にはメリーに引け目を感じる所がある。そんな彼が邪魔をすれば、メリーに更に敵視されることは間違いないだろう。
そんなジンの視線を度々受けていたメリーとフェイだったが、二人は村人に出された料理や酒を前に、まるで常と変わらないかのように話していた。
「メリー、酒は飲まないでくれよ。初めて一緒に飲んだ時のこと、まだ忘れてないからな」
「グチグチうるさいぞ。一応反省して、あれから人と飲むときは少しずつ飲むようにしたさ」
「ならいいがな。……しかし」
長く会っていなかったとは思えない流れるような会話を打ち止め、フェイはメリーの方を見る。
「相談したいこと、ってのは何だ。どうせ、説得してもこちらにはつかないんだろう?」
「それはこっちのセリフだ。私がどれだけ真実を口にしても信じない」
「信じられる根拠がないからだ」
「……イタチごっこだな。まあ説得できるとも思ってない。話したいのは別のことだ」
メリーは説得が目的ではないのだと言い、酒の入った器の端を唇に当てる。
「お前の本当の目的についてだ」
「……」
メリーの言葉に、フェイは酒を口に運ぶ手を止める。そんな彼には構わず、メリーは話を続けた。
「レフィやリュウの推測は、まあ形としては良い線行ってたんだろ? じゃなきゃ、あんな風に取り乱したりはしない」
「……どこまで知ってるんだ?」
「何も知らないさ。ただ、あの二人よりは都やこの国の事情に詳しい。だから、多少は想像がつく」
メリーは酒を一口含むと、懐からタバコを取り出して口に咥える。フェイは彼女の喫煙を止めない。
「二年前、国全体の電力の何割かを担うとまで言われていたセントラル発電所が爆破された。今なお立て直しが完全にはいかないほどの打撃を国に与えたあの事件、犯人はまだ捕まってないそうだな」
「……それがどうした」
「ジンが容疑者になっている、違うか?」
メリーはフェイに揺さぶりをかけるよう、問いかける。対してフェイは、まだ体の硬直を消さない。そんな彼を端眼に、メリーは肺にタバコの煙を入れた後、それを勢いよく吐き出す。
「あいつが軍から抜け出したのは二年前だ。タイミングが合致しているのに加え、当時あいつは軍の中でも有力なポストに就いていた。そんな重要人物が姿を消したのと、国に打撃を与える大事件……関連があると考えるのも無理はない」
ジンが子供達を眺めているその横顔を見て、メリーは続ける。
「恐らくジンは、リベレーションからのスパイだと思われている。それをお前は、自分の手で真実を確かめるため、誰よりも先にあいつを捕えようとしている。そして、事実を確認したらネバや国を説得する……こういう魂胆なんだろう」
彼女の話を受けると、フェイはしばらく黙り込んだまま、身じろぎ一つせずにいた。図星、だったのだろうか。メリーは静かに彼の横顔を見つめ続ける。
「……ふっ」
ふと、鼻で笑う音がメリーの耳に入ってくる。音の発生源はフェイだ。彼は口元を歪ませていた。そのまま、ゆっくりと酒を口に含む。頬が薄ら赤い。酒が喉を通り過ぎ、息を吐くと、フェイは揺れる声でメリーに返す。
「メリーには俺がどう見えてるんだ?」
「……え?」
「俺はそんなに出来た人間じゃない。もっと欲深くて、自分本位な奴だ」
自嘲してフェイは笑う。息の調子や頬の色から、酔いが回ってきているように見える。そんな彼のことを気遣うようにメリーは自分も酒を飲む手を進めた。
「そう、かな。少なくともお前は、私が出会ってきたどんな人間よりもすごい奴だと思ってるよ」
「……冗談か?」
「…………」
自嘲を重ねるフェイに対して、メリーは黙ったままでいる。そんな彼女を味気なく思ったのか、フェイは少し明るい声を出した。
「真剣な話はやめにしないか。酒を飲んでるんだから」
「え、ああ……」
「というか、前に見た時から気になってたんだが……まだその白衣を着てるんだな」
「む……悪いか?」
メリーのよれた白衣に目を向け、からかうようにフェイはそう言った。それに対して彼女は少しムッとしたように眉を寄せる。
「まあ、物を大切にするのはいいことだ」
「…………」
「そういえば、ニックとレインだが……あいつらに変わりはない。相変わらず馬鹿をやってるぞ。連絡を取り合うだけだが、それでも分かる馬鹿さ加減だ」
「あいつらはそういう奴らだ。初めて会った時から最新の記憶まで一変もしてない」
「何も考えずに生きてんだろうな」
「いや、脳味噌が機械とオカルトでできてるんだろ。だから変わらないんだ」
共通の知り合いの話をすると、二人は互いに笑みを浮かべる。昔のことを話して笑い合う合間、フェイはふと、零すように一言呟いた。
「変わらずにいられたら、あの頃に戻れたら……」
「……そうだな」
昔に戻りたい、そういう言葉を聞き、メリーもそれに同意する。ずっと長い間一緒にいたという二人が、昔どのような関係だったかは分からないが、楽しかったのだろう。それこそ、その頃の友人のことを思い出すだけで自然と笑みがこぼれるほどの関係だったはずなのだから。
そんな風に、二人が過去に思いを馳せていた時だ。
「……眠い」
「ん?」
フェイが急に自分の頭を机に下ろす。重い眠気に抗えずについ頭が支えを求めたように見える。まだ目は開いているが、呼吸も通常より速度が緩くなり、瞼も閉じかけている。
そんな彼を見下ろし、メリーはタバコを吸って呟いた。
「やっと効いてきたか」
言いながら、彼女は白衣の懐から何かを取り出す。彼女が手に持っているのは、白い粉の入った透明の小さい袋だ。
「睡眠、薬……か。酒に……」
フェイは消えかけの意識でメリーのことを見上げ、彼女が自分に何を仕掛けたのかを理解した。どうやら彼女は、宴に用意された酒に睡眠薬を混入させていたらしい。策に嵌められた、そう悔しく思う間もなく、フェイの瞼は完全に落ち切った。
「おやすみ、フェイ。少しは休んでくれ」
メリーはフェイの白いうなじに向かい、言葉が返ってこないと知りながらそう呼びかけるのだった。そんな彼女の元に、二人の様子をうかがっていたジンが近寄ってくる。
「フェイの奴、寝落ちるほど飲んだのか?」
「いや、私が睡眠薬を盛った」
「……いつの間に?」
「酒瓶の中にな。お前達が魔物退治に行ってる間、私はこの準備をしてたんだよ」
メリーは先ほどまで自分とフェイが手をつけていた酒瓶を指さし、それに睡眠薬を盛ったのだと説明する。
「私が飲んでいれば信用するだろうからな」
「随分体を張ったもんだ」
「別に。それより、私もそろそろ……」
メリーは頭をふらつかせながら、短くなったタバコを携帯していた小型の灰皿に突っ込む。そうするが早いか、彼女は両腕を組んで枕代わりにし、頭を机に預ける。既に眠りに落ちたフェイの顔を覗き見るような姿勢になって、彼女はうわ言のように呟いた。
「をや……しゅみ」




