裏方作業
「……これでいい。動くんだろうが、左腕は出来る限り使わないでくれ」
治療を終え、最後に注意事項を伝えてメリーはフェイが捲っていた袖を戻す。断っていたとはいえ、自分の腕を丁寧に治療してもらったフェイは彼女に礼を言う。
「ありがとう。助かった」
「礼はいい。お前がいいと言ったことを私が無理矢理やっただけで……」
「メリー、そういうのが一番いらないって昔言ってなかったか?」
「…………チッ。ゴチャゴチャ言うな」
揚げ足を取られたメリーは治療を終えたフェイの腕を小突き、彼を黙らせる。そうしてから彼女はレプト達の方へと視線を戻し、これからの方針を話した。
「遅らせて悪かった、本題に戻ろう。薬草の群生地に巣をつくった魔物を追い払いに行くわけだが……それはお前達とフェイだけで行ってくれ。私はここに残って村人の様子を見ておく」
自分はここに残って疫病の様子を見ておくと言い、魔物達に対するのはレプト達に任せるとメリーは言う。その彼女の言葉に、レプトとカスミは少しだけ不服そうにため息を吐いた。
「フェイと、ね」
「私達だけで充分だと思うけど」
未だに敵意の方が強い彼らは、フェイと一緒に行動することさえ嫌なのだろう。それを隠そうともしていない。そんな二人を端眼に入れたメリーは、部屋の隅の方に立つジンを睨むように見て釘を刺す。
「ジン、分かってるな。頼んだぞ?」
「ああ」
メリーが言外にジンに伝えたかったのは、一行とフェイの間に発生する可能性のある必要以上の不和を抑えることだろう。
彼への頼みを終えると、メリーはパンと手を叩く。
「よし、じゃあさっさと行ってこい。くれぐれも必要のない喧嘩なんてするんじゃないぞ」
保護者のようなセリフを口にし、メリーは自分以外が外に出ることを促す。彼女の言葉を受けると、フェイが初めに立ち上がった。
「魔物の巣の位置は知っている。案内するから、ついてきてくれ」
彼はレプト達についてくるように要請する。彼の言葉を受けて、素直に立ち上がる者が三人、まごつきながらも続く者が二人。それはともかく、一行とフェイの意図は同一であるため、一応は全員が同じように出ていく。
それを見送るメリーは、出ていく者達の最後尾に当たる位置にいたリュウの背を呼び止める。
「リュウ、頼みたいことがある」
「ん……何だい? フェイの事かな?」
リュウの問いに、メリーは黙って頷く。
「事が終わったら、多分あいつはすぐに仲間の元に戻ろうとするだろう。目的を果たすためっていうのと、流石にお前達といるのは気まずいだろうからな」
「そうだろうね。……引き留めるのかい?」
「ああ、何とかしてあいつをここに連れ戻してくれ。足止めしたいからな。私のことを言い訳にしていいから、頼む」
メリーはフェイのことを足止めするために彼のことを村に連れ戻すようにとリュウに頼む。その意図を把握した彼は、静かに頷き、前を歩く一行に遅れないように歩いて行った。
戦闘能力がなく、魔物退治に直接赴くことができないメリーは彼らの背を見送り、一段落ついたと椅子に座って安堵の息を吐く。彼女にとって今の場は、友人とその友人を敵視する仲間との間を取り持ちながら話を運ぶ修羅場であった。魔物退治よりも彼女にとってはこちらが本番のようだったのだろう。
「あの、大丈夫ですか?」
「ん、ああ。キャルゴ。大丈夫さ、少し色々なことに気を遣っただけだ」
メリーが少しの間気を休めていると、外からキャルゴが入ってくる。彼はメリーの少し疲れた様子を心配しながら、先ほど出ていったフェイ達について話し始めた。
「本当にありがとうございます。私達だけではとても打開できる状況ではありませんでした。フェイさんや、あなた達が来てくださらなかったらどうなっていたか……」
「……恩を返したいなら、頼みを聞いてくれないか?」
「え……? ああ、はい。何でも致します」
メリーの言葉にキャルゴは素直に頷く。その彼の誠実な様子に、メリーは抵抗なく頼みの内容を話す。
「疫病に罹った奴ら、それと看病で必要な人材は割かなくていいから、小さい宴みたいなのを準備をしてくれないか? 酒を出すようなヤツ」
「はあ……」
「魔物は今日中に片付くだろう。それから、私達もフェイも明日にはこの村を出ていくことになる。今日の夜だ。そのタイミングで頼む」
「分かりました。もとよりお世話になっている身ですから、喜んでやりましょう」
「では、準備しますね」と言って言葉を結び、キャルゴは部屋を出ていく。彼の背が見えなくなるまで見送った後、メリーは伸びをしながら椅子から立ち上がった。
「さ、て……私の方も準備するか」




