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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
鎖の繋がる先
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怒りの方向性

「なんでお前がここにいんだ……」


 部屋の中の椅子に座っていたフェイを見止めると、レプトは咄嗟に身構えてすぐに戦うことのできる姿勢を整える。リュウやレフィ、カスミも同様に警戒の目線をフェイに向けた。そんな四人に反し、ジン、メリー、そして敵意を向けられる当人のフェイは何事もないかのように落ち着き払っている。厳密に言えば、ジンとフェイは驚いてこそいるが、警戒や敵意を向け合っていない。メリーはと言うと、フェイを視界に入れるてから彼のことをジッと見続けていた。


「それはこっちのセリフだ。……いや、最後に会ったのがフェルセだから、ここを通ってもおかしくはないか」


 フェイは一人でレプト達がここに訪れたことに一人で納得し、深く息を吐く。そして、睨みのきいた視線を獣人の男に向けた。


「キャルゴ。俺一人で充分だと言っただろ。どうして別の人間を連れてきた」

「い、いや……フェイさんの力になりたいと思って。時間ないって言ってましたし、ここに長く足を止めさせるのも悪いですから……」

「多少時間はかかるが、俺一人で……。まあ、いい。ありがとう。助かったよ」


 既に言いつけていたらしいことを破った獣人の男キャルゴに、フェイは強く責めることはせず、彼の善意に礼を言う。そして、チラとレプト達のことを見た。


「焦る必要はなくなった。お前のおかげだ」

「……?」


 フェイの言葉にキャルゴは首を傾げる。その疑問を解消しようと、彼は一番手近なメリーに小声で問う。


「あの、知り合いですか?」

「まあな。悪いが、こいつと話したいことがある。外してくれないか? それと、話が終わったら用があるから、その時は頼む」


 メリーの言葉を受けたキャルゴは、知り合いの再会には近況の話が欠かせないだろうと思ったのか、一礼して建物を出ていく。彼が入り口の戸を静かに閉める音が、最後に響いた。

 改めて、部屋にはレプト達とフェイだけになる。誰もが口を開きづらい絶妙な沈黙が広がっている。フェイのことを敵と認識するレプト達四人は警戒の目線を向け続け、ジンも同様に多少の警戒を彼に向けている。

 ただ、五人の視線を受けるフェイはその気迫に全く気圧されず、おもむろに立ち上がった。そして、出入り口に向かってそのまま歩いていく。


「待ちなさいよ」


 真横を通ろうとしたフェイをカスミが制止する。呼びかけられてフェイは足こそ止めはしたが、カスミに視線を返すことはしない。それに構わず、彼女はフェイに声をかけ続ける。


「だんまりで通り過ぎるってのはあんまりじゃない? アンタ、この前に何したか分かってんの。事情があったとかなんとか、言い訳くらいしたら」


 カスミは以前にフェイと遭遇した時のことを追求する。彼の作戦で、レフィの腕が銃弾を受けた時のことだろう。彼女がフェイに向ける目線はそのこともあり、完全に敵意そのものであった。


「言い訳する必要はない。悪いことをしたとは思っていないからな」

「あ……?」


 フェイの言葉を耳に入れると、カスミはこめかみの辺りに青筋を立てる。そんな彼女とは真反対に、警戒すらせずにフェイは落ち着いた口調で続けた。


「ここでお前達を捕まえる気はない。部下達はいないし、お前達もここの住人を助けに来たんだろう? キャルゴに言われて。なら、少なくともこれが終わるまで手を出すようなことはしない」

「ハッ……。アンタ、自分より一回り年下の子に銃を撃っておいて、そんなこと言うの? 糞みたいに汚い手ならもう使ってるじゃない」

「汚い手を使わないとは言ってない。誰かを助けようとしている人間に横槍を刺そうとはしないと言っているだけだ。今、俺が部下を呼んでお前達を捕らえようとしたらここの人間達は助からない。今事を起こさないのはそれだけの理由だ」

「よく言うわ。一人でブルってんでしょ? 薄汚い手を考える余裕もないから手を出さないだけなんだから、恰好つけないでいたらどう?」


 自分が敵と断じる相手に全く歯に衣着せない物言いをカスミはする。彼女の言葉を受けたフェイはしばらく平静を保っていたが、流石に頭に来たのか、眉間に刻んだかのような深いしわを浮かべる。


「臆病な人間はよく早口で無意味な言葉を並べると言うが、正にお前がそれだな」

「あぁ? チッ、いいわ。アンタなんざいなくてもここの人達助けられるんだから、今すぐにボコボコにしてやるわよ」


 フェイの徴発を受け、最早ジッとしている意味はないと思ったのだろう。カスミは拳を堅く握り、彼に向かってそれを振り上げようとした。


「やめろ、見苦しい」


 カスミの拳が振り下ろされるより前に、彼女の肩に手が置かれる。メリーだ。彼女はまず、カスミを挑発するようにして状況を整理させ、落ち着けようとする。


「カスミ、お前ここで戦い始めちゃ、結局レプト達含めて大人数でフェイを袋叩きすることになるぞ。今みたいな口を叩いてそれって、クソダサいんじゃないか?」

「あ、ああ? 私だけで充分よ。こんな奴、一人でぶっ飛ばせるわ」

「無理だな。一人で向かって歯が立たず、結局仲間の手を借りる……。やってることは袋叩きだし、小物っぽいし、カッコ悪いなんてもんじゃない。やめとけ」

「……チッ、だったらどうしろってのよ。こいつと協力しろっての? 敵同士なのよ、私達。仲良く手を取り合えるもんでもないでしょ」


 拳を開いて舌打ちをし、だったらどうするのかとカスミはメリーに問う。確かに彼女の言うように二者は敵同士だ。長く向かい合ってきたのはレプトとジンだけだが、レフィの一件でカスミやリュウにもフェイが敵であるという意識は既に深く根付いていた。

 メリーはカスミの言葉を受けると、背後のフェイを振り返る。彼女の友人は、申し訳なさそうにメリーを見ていた。そんな彼の表情を見て、メリーは言う。


「敵だからといって悪い奴という訳じゃない。勿論、悪くないからと言って善人という訳ではないし、仲良くできるとは言わないが……少なくとも今は手を取り合うべきだ」

「……正気なの?」

「正気だよ。カスミ、お前は柔軟な思考ってヤツを身につけなくっちゃいけないな。敵味方って言葉で二分できるほど、人との関係は単純なもんじゃないんだぞ。今はお互い、人を助けることが目的なんだ。一時手を取り合うくらい、どうってことないだろ?」


 メリーは説教混じりの言葉をカスミに投げかけ、今はフェイと協力するべきだと説得する。その言葉を受けたカスミは、一瞬、車の中で彼女がしてくれたフェイの過去についての話を思い出し、渋々頷いて見せた。


「……分かったわよ」

「ありがとう、カスミ。さて……」


 仲間のための怒りを抑えてくれたカスミに礼を言い、次はこいつだと言う風にメリーはフェイの方を振り返る。だが、フェイは一瞬だけメリーと目を合わせると、口は開かず、そのまま始めにそうしようとしていたように出口から出ていこうとする。


「っておい! 待てよフェイ。何をそんなに焦ってる?」


 メリーはどんどん離れていくフェイの背に声をかけて呼び止める。友人の言葉を受けると、彼は足を止め、振り返る。そして彼は行動の意図を説明した。


「すぐにでもこの村の問題を解決するべきだ。ここの人達のためにな。それに、メリーとジンさんを除けば、こいつらの俺に対する印象は悪いだろ。そっちのためにも、やることはさっさと済ませるべきだ。終わったら、俺を倒すなり何なりすればいい。どうせ一人じゃ全員を相手にはできないからな。俺も、早く済むならその方が良い。時間がないからな」


 開き直った態度にレプト達は何も言えなくなる。フェイは自身が敵として見られていることを重々承知しているのに加え、この村を助けた後、彼を倒すことが一番一行にとって利点の大きい行動だと理解しているのだ。

 ただ、そんなしがらみなどどうでもいいと言うように、メリーはフェイの背に言葉をかけ続ける。


「御託はいい。さっさと止まれ」

「……なんだ」


 何度も足を止められ、少し鬱陶しいと感じたのか、フェイは眉を寄せて後ろを振り返る。そんな彼に、メリーは見透かすような目線を向けて言った。


「まずはその腕の傷を診てからだ」

「……いつから気付いてた?」


 メリーの言葉が確かだったのか、否定はせず、自分の怪我に気付いた理由を問う。それに対して、彼女は呆れるように首をすくめて返した。


「どれだけ長く一緒にいたと思ってるんだ。気付かないわけないだろ。それに、お前は隠し事が下手だ。自分で分かってないのか?」

「そうか。だが、治療はいい。今はこの村を救うことが先決で……」

「うるさい。座れ」


 治療を断ろうとするフェイの言葉を遮り、メリーは彼の襟首をつかんでさっきまで彼が座っていた位置まで引っ張っていく。始めはフェイも抵抗しようとするが、自分を引きずるメリーの表情を見ると、何かを感じて取ってか、黙って従う。

 フェイを元の位置にまで戻すと、メリーはレプト達の方を振り返る。その時には既にいつもの彼女の冷静な表情に戻っていた。


「さて……レプト、カスミ。車に道具を置いてきてしまったから、取りに行ってきてくれないか」

「え……」

「何で私達が?」

「お前らが一番フェイに手を出しそうだからだよ。ほら、早く行け」


 使いっ走りにされることに反感を覚えた二人だったが、自分達の背を押すメリーの有無を言わせない様子に反抗できず、外に追いやられてしまう。二人は文句をブツブツ呟きながらも車の方に戻っていった。彼らを使いに出すと、メリーはその流れで部屋を出ていき、玄関口で待っていたキャルゴの背に声をかける。


「終わったよ。キャルゴ、だったな」

「はい」

「さっき言った用について話したい。疫病についてだ」


 メリーは村に広がる疫病について用があると、キャルゴに話を持ち掛けた。

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