獣人の頼み
メリーとレフィが外に出ると、そこは槌をならした道だけがある緑に包まれた平野だった。視界が切れる遠くまで人の建物らしきものはなく、近くにあるのは森くらいだ。
「ん、二人も来たのか」
メリーとレフィが外に出ると、別室にいたレプト、リュウ、カスミ、そして運転手であるジンが既に出ていた。車を止めたジンは当然だが、他の三人も異常を感じて車から出てきたらしい。
「ああ、お前達の方も異常に思ったみたいだな……。おいジン、こんな所で急に車を停めてどうしたんだ?」
メリーはレプトの言葉に軽く応じた後、車を停めた張本人であるジンに問う。彼は停止した車の前の方に立ち、一行に背を向けて何かを見ているようだ。その背にメリーの問いを受けると、彼は振り返って目の前の方を示す。
「何だ……? ん、そいつは」
ジンの示した方を見たメリーは、その先にあるものを目にして眉間にしわを寄せる。
車が進んでいくはずだった方向、ジンが車を停止させる原因となったと思われるものが、そこにはいた。
「アグリか」
道が続く先には一人の男がいた。それも、普通の男ではない。顔面が人のものではなく、獣のそれなのだ。茶色の毛に顔面が覆われており、目も猫のように瞳孔が縦に細い。露出した手や首元も顔面と同様、獣類のような肌になっている。体も大人のジンより幾分か大きい。異形の人間、獣人と呼ばれるような亜人だ。
人のものとは違う顔を持っているため、表情から詳しい感情を読み取ることはできないが、どうやら彼は息を切らしているらしい。荒い息をして肩を上下させていた。
「こいつが急に道を塞いできてな。止まらざるを得なかった」
ジンは獣人の男を示し、車を停めた原因が彼であると一行に説明する。その言葉を受けたメリーは周囲を見渡してから、その獣人の男に歩み寄る。
「ここらは視界を遮るものがない。こんなとこで車の前に出るってことは、相当な間抜けじゃない限りは有り得ない。つまり、お前は意図的に私達の車の前に立ったわけだ。一体何故だ?」
メリーは獣人の男が自分達の進行を妨げたのは意図的なものであると指摘し、その意図を問う。一行に彼女の言葉を否定する者はいない。概ね同様の疑問を抱いているのだろう。静かに男の返答を待った。
獣人の男は息をある程度まで落ち着けると、一行六人全員を見渡し、そして突然頭を深く下げた。
「頼みがあるんです。俺達の村を、助けてほしいんです」
絞り出すかのように放たれた言葉に、六人は思わず顔を見合わせる。どうやら悪意で立ち塞がったわけではないようだ。
獣人の男は一行が戸惑っているのを見ると、頼みの内容と自分の置かれている状態の説明を早口に始めた。
「最近、俺達の村に疫病が流行ってるんです。それで、実はその病が広まるのは初めてじゃないんで、その病を治せる薬草を採りに行こうと思ったんですが……いつの間にか、その薬草の群生地が魔物の住処になっちまってたんです。今の俺達だけじゃとても追い払えなくて……手を、貸してほしいんです」
どうやら武力を借りることがこの男の目的らしい。彼は言葉をつっかえさせながら、再び頭を下げて頼み込む。
「お願いします! どうか、助けてはもらえないでしょうか!」
必死な男の頼みに六人は互いに顔を見合わせる。状況を理解した彼らは、一人として迷うような表情は浮かべていない。全員の意志を確認するように仲間の顔を見渡したメリーは、獣人の男の方に目を向けて言う。
「手を貸す。とりあえず、お前達の村に案内してくれ」




