シンパシー
「あのフロウって人は、一体どういう人なんだい? 傭兵ってことだけど」
レプトとカスミが車の屋根で話している頃、車内ではリュウがメリーにあることについて問いを重ねていた。フロウのことだ。
「リュウ、お前そんなにあいつのことが気になるのか?」
「うん。正直、目を引くものがあると思ってね」
「……あいつもお前に同じようなことを言ってたな」
フロウに何かしらの興味を感じているらしいリュウに、フロウも同じように彼に何かを見出していたとメリーは明かす。どうやら二人は互いに何かを感じ取っていたらしい。フロウが何をリュウに見たかは分からないが、メリーはそれをさておき、彼に先に問い返す。
「逆に聞きたいんだが、リュウ。お前はフロウをどう見る? どんな奴だと思って興味がわいたんだ?」
「ん……まずは、強さかな」
「強さ?」
「うん。一目見て思ったんだけど、彼女は相当強いでしょ?」
人差し指を立てたリュウが言うには、フロウの強さに興味を持ったのだという。質問した本人であるメリーは首を傾げるが、同室で二人の会話を聞き流していたジンは言葉を挟み、リュウに問う。
「お前、奴の強さが分かるのか?」
「え、まあ勘で多少はね。今の所、僕達の誰も彼女の足元にも及ばないんじゃないかな。もちろん、ジンも含めて」
「……ああ。その通りだ」
リュウがフロウを見て感じた通りのことを口にすると、それが正しかったらしく、ジンはぎこちなく頷く。ジンは二十を過ぎるか過ぎないかくらいの青年であるリュウがあまりにも明確に戦力観察の技術を身につけていることに目を見張る。
「この国で最も強く、その腕だけで国に対しても意見できるような立場になった剣士がいる。俺はその人物に会ったことがあるんだが、あのフロウという女はそれより少し劣るか、ほぼ同程度の力を持っているだろう」
ジンは例えを用いてフロウの強さを表現する。どうやら、彼女の持つ力は通常では考えられないほどの圧倒的なものであるらしい。
以前からフロウと交流のあったメリーや、ジンと同じく初めは二人の会話を聞くだけだったレフィも顔を見合わせて驚く。
「フロウってそんなにヤバい奴だったのか?」
「見た感じ、そんな風にゃ見えなかったけどなぁ」
剣を握って戦うようなタイプではない二人は全くその想像がつかないらしい。そんな二人に、リュウが軽く説明する。
「戦う力っていうのは、単純な力や能力じゃない。経験や、どう相手の不意を突くかって思考をどのくらい早く回せるかにもかかってくる。多分、彼女はその二つが飛び抜けてるんだ。そういう空気をすごく感じたよ」
「お前、あの里にいていつそんなことを学んだんだ?」
リュウが流暢に戦力について話すのを聞き、ジンは怪訝の目で彼を見る。里にこもりきりだったはずの彼がどのようにしてそんな技術や知識を学んだと言うのだろう。
ジンの問いに、リュウは軽く笑って答える。
「大したことじゃないよ。里に伝わってる武道の類は全部通ったってだけさ。うちの里はああ見えても昔は血気盛んな所があったらしくてさ。体を動かすのは好きだったし、それを全部やってみたんだ」
リュウは何でもないという風にこう語った。彼の話を聞いて、ジンはいつだったか、彼の里に魔物が現れた時のことを思い出す。
(確かリュウは一人で、それも一瞬であの魔物を押さえていた。こいつは、思っていたよりずっと強いのか? もしかしたら、俺よりも……)
少なくとも軍で磨いてきた自分の腕に自信があっただろうジンはリュウが隠し持つ強さに驚く。勿論、今の彼はその全てを発揮できてはいないだろう。ただ、彼の勘や動きは只物ではなく、発展していく光景がジンには容易に想像できた。自分を超え得る才能に彼は薄い恐れの混じった驚きを感じる。
「で、力だ何だはもういい。リュウ、お前はそれ以外でフロウの何が気になった?」
武力に関しての話でどんどんと軌道から逸れていく話をメリーが修正する。問われたリュウは眉を寄せて少し考えた後、考えがまとまらないながらも答えた。
「空気感、かな。こういうのもなんだけど、僕と近いものを感じたっていうか」
「……! そうか」
メリーは、リュウがフロウと全く同じことを言っているのに驚く。そして、両者のことを知っているからこそ、二者間が大きく違うのに同じことを感じ合っていることに疑問を感じた。しかし、この疑問はすぐに解決するようなものではないだろう。何せ、フロウはどこにいるかもわからない。そして、メリーとリュウはまだ会ったばかりだ。現状ではいくら考えても、今ある記憶で考えを進めていくしかない。
この疑問にはすぐ答えが出ることはなさそうだと感じたメリーは一度思考を止め、初めのリュウの質問に戻る。
「フロウがどういう人間か、だったな。リュウ」
「うん。気になってね。実際、僕と似ているのかい?」
「私とジン、それにフロウは仕事で多少付き合った程度だ。どちらかというと私の方がフロウについて知っているだろうから私が答えるが……」
メリーはフロウについての記憶を探りながらリュウの問いに答える。
「言うなれば、あいつは空っぽな人間だ」
「空っぽ?」
「ああ。だからこそ純粋だとも言えるが……ともかく、あいつには何もないんだ。大切なものとか、関係の深い友人とか、そういうのが一切ない。そういう話は一切聞かないし、あるんだったらあんな仕事の選び方はしない」
「どんな仕事の選び方をするんだい?」
「報酬の量だけしか参考にしないような選び方だ。その仕事の危険度や、負うことになる責任なんかは度外視で仕事を選ぶ。だからこそ、今回も人攫いなんかしていたわけだが」
メリーは今回のことを一つ例に挙げてフロウについて語る。彼女の説明を聞いたリュウは、自分が似たものを感じたという人物が思っていたより想像から離れた人物であることに少し驚いたように見える。そんな彼に、メリーが一つ付け加えて言う。
「そんな奴にも、一つの明確な目的がある」
「……それは、一体?」
「幸せになることだ」
リュウだけでなく、話を聞いていた者達が皆首を傾げる。幸せになることが目的とは、一体どういうことなのだろう。もちろん、幸せは人が皆目的とするところではあるが、それをハッキリと目的にするようなことは基本ないはずだ。
疑問を感じる三人にメリーは続けて説明する。
「あいつには幸せを感じることが無いらしい。だから、それを見つけることが目的とでも言うべきだろう。例えば趣味。例えば話していて幸せを感じるような友人の存在。こんなものを、あいつは欲しがっているんだよ」
「……なんだ。案外普通なんだね」
メリーの説明を聞いたリュウは、一安心したかのように息を吐く。確かに幸せになりたいというのは普通のことだし、趣味や友達が欲しいというのも普通に見える。だが、安堵したように表情を緩めるリュウを目に、メリーは頭の中で彼に警告する。
(到底、普通じゃない。フロウは幸せになりたいなんていうあやふやな目的のために、何だってする。文字通り、何だって。奴の異常性はそこだ。勿論、悪人というわけではない。しかし、善人でもない。どちらにもなり得る、あまりに純粋で虚ろな存在なんだ。だが、これをリュウに明かすのは……)
自分と似たものを感じ取ると言うリュウの手前、フロウに対して自分が抱いている印象を全て明かすわけにはいかないとメリーは考えた。本当に彼のことを考えるのなら明かすべきなのかもしれないが、二人はまだ遠慮なく何もかもを明かせる仲でもない。
「正直、どっちも知ってる私からすれば、お前とフロウは全然似てないと思うがな」
端的な言葉に抑え、メリーはこの話を締めるのだった。
「そっか。また会ったら、少しはゆっくり話す機会があればいいなぁ」
リュウはメリーの考えなど露ほども知らず、いつかの機会に期待をする。メリーはそんな彼を、心配するような、少しだけ恐れるような目で見つめるのだった。
リュウとフロウ。傭兵と里暮らしの青年というかけ離れた立場を持つ二人が互いに感じた感覚。それが一体何なのか。結論はまだ出ない。




