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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
異なる道を行く同類
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意思の理解

 一行は街での短い滞在を終え、距離を置いた郊外にまで車を走らせていた。そこまでの道すがら、レプトは五人にアゲハを助けに行った際に起きたことを全て話した。自分の同類がいて、その名は鵺といい、彼がアゲハを保護しているらしいこと。そして、彼は自分とは目的を全く異にしているらしいこと。説明を終える頃には陽が落ち、夜になっていた。

 レプトは今回のことで大きく心が揺れたのか、車内を抜け、屋根に座って一人で夜空を見上げていた。自分の母親以外に同類と呼べる者と会ったことがなかったこと、そして、その相手が殺人を犯すような者だったこと。二つが彼の心を揺らしていた。


「レプト」

「ん? カスミ」


 フードも外し、一人で夜の風に身を晒していたレプトのもとにカスミが現れる。彼女は車から出てきて頭上にいるレプトを見上げると、屋根に上って彼の隣に座った。


「起きた出来事で言えば、リュウやレフィに初めて会った日の方が大変だったんでしょうけどね。今日はアンタにとって大きいことが多かったのかしら」

「……ああ」


 カスミは日中に起きたアゲハや鵺のことでレプトがどんな風でいるか、様子を見に来たらしい。


「鵺って奴の言葉。アゲハを守ってやってるって。それは本当に確かなの?」


 カスミはアゲハの無事について問う。彼女がここに来たのはレプトに対する心配のためなのだろうが、ハッキリと所在の掴めないアゲハのことも気になっていたのだろう。


「ああ。嘘を言ってる感じじゃなかった。もちろん断言はできないけど、聞いた感じ、疑う気にはなれなかった。それに、アゲハみたいな奴を傷つけようなんて考える奴じゃない」

「どうして? 人を殺すような奴なのよ?」

「……相手は選んでる風だった。まあ、殺す相手を選ぶってのがいいこととは思えねえけどよ。でもともかく、あいつの判断基準じゃアゲハは傷つける相手にならない。寧ろ、守る相手になるんじゃないかな」


 問いに答える中で、レプトは鵺と対話して得た彼に対する印象を語っていく。カスミはそれを聞きつつ、一呼吸置いて再び問う。


「悪人でも、殺すってのは行き過ぎ……だとアンタは思うのよね」

「そうだな」

「だったら何で、その鵺って奴を止めようとしなかったの? もちろん間に合わなかったんでしょうけど。それでも、あの場で戦って否定することはできたんじゃない?」


 カスミが問いかけたのは、レプトが鵺の考えを否定しなかった理由だ。あの場で人攫いの男達が殺されるのを防ぐことは時系列的に不可能だったが、その後に対面した時に戦って糾弾することをしなかったのか、ということだ。

 レプトは問いを受けると、大きく息を吐き、背中を丸めて悩むそぶりを見せた。顔を俯けてしばらく言葉を探すと、彼は考えが不明瞭なまま話し始める。


「否定する気には、ならなかった。なんていうか……悪いことだってのは分かってるんだ。許せないとも思う。だけど、な……」

「理解できないわけじゃない、ってことかしら」

「それだ」


 カスミの発した言葉にレプトは答えを見たようだ。


「あいつと俺は同じ苦しみを味わってきた。だから、自分達を苦しめてきた奴らに対する恨みも、弱い奴を狙って攻撃するような奴らを許せない気持ちも分かるんだ。そう、分かってるけど……分からない。俺はあいつの気持ちが、分からない。同じ境遇を背負ってきたはずなのに、全然だ。殺してやろうって程の怒りが、憎しみが、分からない」


 レプトは頭を抱え込む。自分とどこまでも同じ背景であるのに、同じ気持ちにならないこの妙な状態が、彼の頭を掻き交ぜていた。

 そんなレプトに、一言カスミが言う。


「理解しようとしなくてもいいんじゃない?」

「え?」


 レプトは呆けた声をあげてカスミの顔を覗き込む。彼女は、何でもないような表情で呟くように続けた。


「同じものを見ても、誰もが同じ感想を持つわけじゃないでしょ。例えば、私はリュウの所で出てきた漬物が好きだったけど、アンタは?」

「苦手だな」

「そうよね。でも、私の好みを理解しようとしなくても全く問題はない。趣味嗜好なんてのは人それぞれだからね。アンタと、その鵺って奴の考え方の違いもそれと同じよ」


 カスミは人差し指を立てる。


「同じ場所で同じように育っても、考え方は違ってくるわ。そこに疑問を感じて、相手のことについて考えることもあるでしょうね。でも、私は考え方の違う相手の思考を理解していることに特別な価値は感じないわ」

「どうしてだよ。理解してやれば、仲良くなるとまではいかねえけど、今とは違う関係をつくれるんじゃねえか」

「違うわよ」


 レプトの言葉に小さく笑い、カスミは彼の顔に自分の顔を近づけて覗き込む。急に迫ったカスミに、レプトは一つ身を引いて顔を赤くする。それに全く気付かず、カスミは続けた。


「私はアンタの考えを理解できないし、アンタも私の考えてること、分かんないでしょ。でも友達よね」

「……確かに」

「そ。理解し合ってなんかいなくても、仲良くなれるわ。なんでだか私も全然分かんないんだけどね」


 カスミは話を終えると、屋根の上に立って両手を空に持ち上げ、思い切り伸びをする。そんな彼女を端眼に、レプトはフッと笑う。


「そうだな。カスミの言う通りだ」

「でしょ? だったら、そんな湿気た面して悩むのはやめなさい」

「おう。けどよ」


 隣のカスミに合わせ、レプトも立ち上がる。そして、再び空を見上げた。遠い夜空に七つの星が集まって光っている。その星々は持つ光も違えば、光の大きさも違う。そんな星達を、レプトは指で円をつくって囲むようにして見上げた。


「俺は、あいつを理解しようとするのはやめられねえな」

「ええ、これだけ言ったのに?」

「へへ、考え方の違いって奴さ。お前は必要ないって言うかもしんねえけど、俺はそう思い切るまではいけねえ。好奇心、みたいなのもあるんだろうな。まあともかくよ」


 レプトはカスミの方に振り返る。その表情は、悩みなんて一つもないかのようにスッキリしていた。


「お前達にダルそうな顔は見せないように努力しつつ、勝手に考えるとするさ。それならいいだろ?」

「……はっ」


 レプトの言葉を聞いて、カスミは呆れたように息を吐く。だが、口元には愉快そうな笑みがあった。


「そうね。それがいいわ」

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