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ヘキサゴントラベラーの変態  作者: 井田薫
異なる道を行く同類
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同じ道、異なった向き

「どうせ人は変わらずにはいられない。そうあれるほど世界は単純ではなく、優しくもない」


 青年は現在レプトの説得はできないと諦めながらも、いつかは意見が変わる時が来るだろうと遠回しに言う。レプトは言葉を返せない。返そうと思わなかったのもあるが、青年の言っていることが分からない訳ではなかったからだ。

 青年は会話に一区切りつけると、歩いて部屋の出口へ向かおうとする。死体を蹴るのを避けようともせず、扉の前にいるレプトの眼前に立つ。


「お前もいずれ、分かる時が来る」

「…………」

「剣は振らなくていいのか? 人の命を躊躇いなく奪うのは、許せないんだろう?」


 剣を構えたままのレプトに、それを自分に振り下ろさないのかと青年は煽る。対して、レプトは黙ったままで応えない。その様子を見て、青年は一人で何かを納得したように含んだ笑いを浮かべる。


「あくまで受け入れられないのはやり方だけ、か。お前が俺を理解するのもそう遠くはないな」

「はっ、どうだか」


 青年の言葉にレプトは鼻で笑って返す。強がりではなく、心底から自分と青年の考えは異のままだろうと考えているようだ。その様子に、青年は深く追求はせず、そのまま建物を後にしようとする。


「……あ」


 ただ、この場を去ろうとしている青年を背にしたレプトは、そのタイミングで自分が忘れていた重要なことを思い出す。それは、彼がここまで来た目的だ。彼は咄嗟に振り返り、青年の背に問う。


「お前! えっと……」

「鵺とでも呼べ」

「鵺。聞きたいことがある。ここに、これくらいの女の子はいなかったか!?」


 レプトは自分の胸の辺りを手で示し、これくらいの身長の少女がこの部屋にいなかったかと問う。鵺と名乗った青年は彼のその身ぶりから、何かしら見当がついたのだろう。それを隠さずにすぐ考えを明らかにする。


「アゲハという少女か」


 目線を部屋の窓の方に逸らしながら言った鵺の言葉は、レプトからしてみればドンピシャの返答だった。彼は声を大きくし、鬼気迫る様子で問う。


「知ってるのか! 今、あいつはどこに……」

「……」


 アゲハの所在を問われるが、鵺は言葉を返さず、レプトと目を合わせない。その様子を見たレプトは鵺に詰め寄り、重ねて問う。


「おい、知ってるんだろ! あいつは、あいつは……」


 レプトは言葉に詰まりながらも続けた。


「本当に苦しそうだった。何も知らない奴らに好き放題言われて、怖がってたんだ。ブルブル震えやがってよ……きっと助けてくれる奴が近くにいなかったんだ。だからあんな……」


 レプトは鵺に詰め寄りながら、アゲハがどんな苦しみを負ってきたか、彼に話す。異形の見た目を背負い、周囲に奇異の目を向けられ、レプトが来る以前に助けてくれる人はいなかった。レプトはアゲハの悲哀を考え、歯を食いしばる。そして、再び鵺に聞いた。


「知ってんなら教えてくれ。俺は、あいつを助けなきゃなんねえ。アゲハは今、どこにいる」


 虚実を許さない鋭い眼光でレプトは問う。その様子を見て何かしらの考えにケリがついたのか、鵺は一息ついて質問に答える。


「先に逃がした。安全な場所にいる」

「なにっ? それは本当か!?」


 レプトは剣を脇に下ろし、警戒をまるっきり忘れて鵺に問う。対して鵺は一切落ち着きを崩さずに補足を加える。


「無実の人間に危害を加えるようなことはしない。寧ろ、虐げられた者なら助けるべきだ」

「……嘘じゃねえな」

「見て分からないか?」


 嘘を疑うレプトの言葉に、鵺は逆に問いで返す。それに応じてレプトは鵺の表情を凝視した。目や口元に揺らぎはない。会って数分ではあるが、観察さえすれば大きな嘘を吐いていれば分かるだろう。しかし、鵺にそんな様子はない。問い返してきたのも、真実しか言っていないという自信の表れだろう。

 レプトは鵺の様子を見て、彼が嘘は言っていないと判断し、安堵の息を吐く。


「……分かった。信じる。じゃあ、会わせてくれな……」

「それはできない」


 安全を確信し、顔を会わせたいと頼もうとしたレプトだったが、鵺は彼の言葉を遮って先に宣言した。


「な、なんでだ。アゲハは無事なんだろ」

「無事だが、お前に会わせることはできん」

「……何か後ろめたいことでもあんのかよ」


 アゲハが無事だという言葉に嘘はないと判断したレプトだったが、鵺の拒絶に違和感を感じて目を細めた。怪訝の目を向けてくるレプトに対し、鵺は理由をハッキリとはさせずに答える。


「どうあろうが、お前とアゲハを会わせることはできない。だが、無事であることは保証する。これから安全であるという事もそうだ。ここに嘘はない」


 鵺の言葉には、理由や根拠こそ詳しく話してはいないものの、疑うことを憚られるような誠実さがあった。レプトは彼の目を覗き込んで、そこに偽証があるかどうかを見極めようとする。しかし、彼はすぐにその視線を床に下ろし、納得したように頷いた。


「……分かった」


 レプトは鵺の言葉に偽りはないと判断した。ただ、それでもやはり不安はあるらしい。彼は剣の切っ先を鵺に向け、釘を刺す。


「ただ、あいつに危害が及ぶような真似してみろ。ただじゃおかねえぞ」

「……承知した」


 レプトの言葉に、迷いなく鵺は頷いて返す。先の言葉のように、彼には悪人や他人を虐げるような人間は傷つけても、それ以外の人間に危害を加えるような考えは一切ないのだろう。そこにブレはない。

 アゲハの所在についての話を終えると、レプトは剣を収め、攻撃の意志をゼロにする。鵺もレプトに背を向け、再びこの場を去ろうとした。


「そうだ」


 扉をくぐる直前、鵺は足を止める。そして、振り返らないままでレプトに問う。


「お前の名は?」

「……レプト。レプト・リーズだ」


 名を知ると、鵺は振り返ってレプトを一瞥する。彼の顔には、まだ鵺に対する警戒がある。薄い恐怖心も含んだ強い警戒だ。ただ、鵺の方はそれを歯牙にもかけず、レプトに一言残して再び彼に背を向けるのだった。


「また会おう」

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