一方の気楽さ
「ただいま」
メリーが用意した車のリビングに外から入ってくる者がいる。ジンだ。彼は一時的に滞在するこの街で地図の購入を終えたらしい。
そんなジンが居場所である車に戻ってくると、中では彼の想像もしていないようなことが起こっていた。
「おい……」
「ああジン! 戻ったか。何でもないぞ、お前は黙っていろ」
ジンの帰りを迎えるメリーの背中側、リビングの端の方にあるキッチンで、火が上がっていたのだ。コンロを根にしており、他の箇所に広がってはいないため、大きい火ではないが室内での恐怖としては充分な大きさだ。それに対し、メリー、リュウ、レフィが必死になって水をかけている。
「……何が起こった?」
ジンが状況の特異さに遅れて声を上げたのとほぼ同時に三人は消火を終えた。安堵したように息を吐く三人、ジンの存在に気付いていなかったリュウとレフィはメリーに続いて彼を迎える。
「おかえり、ジン。いやぁ、急にすまないね」
「大変だったぜ。メリーの奴が急に……」
ジンに対する謝罪と共に、二人は横目でメリーを見る。睨むとまではいかないが、若干責めるような色を含んでいる。その視線を受けた彼女は、不服そうに声を荒げた。
「なんだ。料理をしたいって言ってきたのはリュウだろう。だから色々使い方を教えてやろうとしたんだ」
「いや……機械の使い方を教えるまででよかったよ。まさか、急に料理を始めようとした上に、材料をコンロの火に直で突っ込むなんて」
「んなことは普通しねえぜ、オレでも分かる」
どうやら、出火の原因はメリーにあるらしい。ただ、彼女の方は必死になって自分の非を否定する。
「いや、火を通すんだったら直接の方が良いんじゃないのか?」
「…………」
原始的なことを言うメリーに、三人は信じられないという目を向ける。技術の層が違い、手法も違う料理をしていたリュウまでもが彼女を驚愕の目線で見る。
メリーの言葉を受けたジンは、キッチンの惨状を呆れたように見ながら彼女に問う。
「お前、首都にいた時は一人暮らしだったよな。飯はどうしてたんだ」
「インスタント、冷凍だ。たまに自炊」
「自炊……うまくいってたのか」
「いや。でも、たまにやってみたくなる気持ちは分かるだろ」
途中から気を強く持てなくなってきたのか、しょんぼりしたような様子でメリーは呟く。
「っていうか、私の車だぞ。火事を起こそうが私の勝手だろ」
「「いやその理屈はおかしい」」
メリーの異様な発言に、リュウとレフィは口をそろえて突っ込みを入れる。二人の言葉を受け、メリーは更に身を縮めるのだった。
そんな彼女を端眼に、ジンはため息を吐きながら自分が外に出ていた用件について話し始める。
「生活力ゼロの話はもういい」
「おいクソ野郎」
「地図を買ってきた。一番記述範囲の広いものだ。ただ……」
ジンは懐から折りたたまれた紙を示すが、周囲を見渡して言葉の続きを切る。それは、一番その地図から得られる情報を求める人間がいなかったためだろう。そして、彼女の帰りがいつ頃になりそうかとその場にいる者に問う。
「レプトとカスミはまだ戻っていないのか?」
「あ~そうだな。連絡も何もない。どんくらいで帰ってくるかも言ってなかったしな」
問いにレフィが答える。二人がしばらくは帰ってこなさそうだと知ったジンは、一旦この話を切ろうと地図をテーブルに放り、椅子に座って体を楽にしようとした。
そんな時だ。車の入口の方から扉が勢いよく開かれる音が響き、それとほぼ同時にリビングに外から人が入ってくる。カスミだ。彼女はしばらく走ってこの車にまで戻ってきたらしく、肩で息をしている。
「おうカスミ、丁度お前の話をしていた所だった。お前の故郷だが……」
ジンはテーブルに放っていた地図を手に取りながらカスミを迎える。だが、彼女の方はその言葉に全く応えず、その場にいる全員に一方的に言った。
「手を借りたいの。皆、今すぐ動ける?」




