翅
リュウ達三人が車内でレフィの記憶について話している頃、レプトとカスミはフードを被った少女を攫おうとする輩を追い払っていた。二者の間には大きな実力差があり、交戦に危ない所はなかった。
「お前ら、撤退だ!」
男達の内の半数ほどを気絶まで追い込むと、残された者達は当初の目的を一度諦め、レプトとカスミから逃走する。
「クソッ、あいつら一体何者だ。聞いてねえぞ!」
「どうだっていい。気は進まねえが、奴を呼ぶ。一時撤退だ」
何か話し合いながら、男達は二人と少女に背を向けて路地を走っていく。自分達の力ではレプトとカスミから少女を奪えないと踏んで、別の策でも用意するのだろう。
そんな彼らの話は気にも留めず、レプトは一段落ついたという風に息を吐いた。剣を収めながら体を楽にし、声を漏らす。
「やれやれ、どこにもああいう連中ってのはいるんだな」
「本当にね。ま、何はともあれ……」
カスミは人を殴って少し痛んだ手を開き、ひらひらと振りながら後ろを振り返る。彼らの背後には、今にも攫われる所だった少女が呆けた表情をして立ち尽くしている。攫われそうになって、助けられて、状況が二転三転したことに思考が追い付いていないのだろう。
そんな彼女にカスミは歩み寄り、膝に手をついて目線を合わせる。
「大丈夫だった? 傷はない?」
「え、あ……うん」
「よし、ならよかったわ」
少女に傷を負わせず守ることができたことを確認すると、カスミは安堵の息を吐いた。そんな彼女の横にレプトが並び、少女に色々と問いかける。
「お前、名前はなんていうんだ?」
「……アゲハ」
「アゲハ、ね。じゃあアゲハ、お前、お母さんやお父さんはいるか? 帰る所、あるか?」
レプトが聞いたのは少女の名前と戻る場所があるかということだった。アゲハと名乗った少女は、レプトの問いに対して首を横に振る。そして、目を合わせないように視線を地面に落とした。
「ないの、おうち。お母さんも、お父さんも……いない」
「……えっと」
予想外の答えにレプトはどうしたものかと頭を抱える。アゲハは身寄りがないということだ。身寄りがあればそこまで連れて行けばいいが、行く所がないとなると話が変わる。対応の難しい案件にレプトは少しでも糸口を探そうと少女に問いを重ねる。
「この街にいないってことか? というか、なんで一人でここに?」
「…………」
「話せないのか? う~ん」
レプトの問いに対し、アゲハは黙りこくって俯く。答えられない何かしらの事情があるのだろうか。そんな彼女の反応を見たレプトは、すぐ横のカスミに小声で話しかける。
「なんか、訳アリっぽそうだな」
「そうね。アンタと同じでフード被ってるし、事情があるのかも。身寄りもないってことだし」
「と、なると。解決方法は……」
レプトはカスミに確認するように問う。彼の言う解決方法とは、最近一行がよくやっている事だろう。彼の考えに予想がついたらしいカスミも頷いてみせる。それを了承と取ったのか、レプトはアゲハに声をかけようとした。
だが、その直前だ。アゲハが彼よりも先に口を開く。
「あ、ありがとう。助けてくれて」
ぎこちなくアゲハは二人に礼を言う。フードで表情は見えないが、その口調に嘘を言う時の揺れのようなものはない。二人はそれに対して、同じようにどうということはないと返した。
「どうってことはねえさ。見かけたから、来たってだけだ」
「そーよ。礼を言われることじゃないわ」
「そんなこと、ないよ……。ねえ、お兄ちゃんとお姉ちゃんは何ていうの?」
二人の謙遜を流し、アゲハは二人の名前を問う。彼女の言葉に、二人は迷うことなく手短に自己紹介する。
「レプトだ、よろしくな」
「私はカスミよ」
「レプトお兄ちゃんと、カスミお姉ちゃん……」
アゲハは二人の名前を反芻しながら、何かを悩んでいるようだった。フードで隠した顔を更に俯けており、顔は全く見えない。自分達よりも一回り年下のアゲハの言葉を、レプトとカスミは静かにじっくりと待つ。
しばらく迷った様子を見せていたアゲハだったが、何か意を決したのか、小さかった声を大きくして二人に向かう。
「頼みたいことがあるの! お兄ちゃん達にしか、頼めなくて」
アゲハの声色からは少しの興奮が見られる。後ろ暗いことではないのだろう。その興奮は、楽しいことを控えたような調子だ。
レプトはそんなアゲハの頼みの内容を問う。
「何だ? 悪い奴らを追い払ってくれ、とかだったら俺達に任せときゃ大丈夫だぜ。居場所も用意できる」
「ううん。そういうのじゃないの」
アゲハはレプトの問いに首を振って答え、頼みの内容を嬉々とした様子で口にするのだった。
「私と一緒に遊んでほしいの」




