レフィの記憶の真実
「とまあ、こんな感じだよ」
「なるほど。レフィが暴走状態だった時はそんな……」
車内の廊下にいたリュウは、聞きたいことがあると言って呼び出したメリーに対して事前情報の説明をしていた。それは、彼とレプト達がレフィのことを助けた時の詳細だ。
「それで、聞きたいのはそのレフィが頭を抱えた時のことと、彼女の記憶の関係、というわけか」
「そう。どうしても気になって仕方ない。多分あれは……彼女に影響を与えてるはずだ」
リュウは長く頭にこびりついていた不安の元を知ろうとメリーに声をかけたようだ。そんな彼の問いに、メリーは口元に指を当て、自分の考えを精査しながら答える。
「実の所を話すと、私は医学の中でも頭、それも記憶に関することを研究していたこともある」
「え、そうなの?」
「まあな。それで、だが……お前の話を聞いて、思い浮かんだ事例とレフィの記憶が消えた理由が大方分かったよ」
「……っ! それは本当かい!?」
記憶がなくなった理由が分かったと言うメリーにリュウは声を大きくして食いつく。そんな彼に、人差し指を立ててメリーは囁き声で言う。
「お前、レフィに知られたくないからこうしたんだろ。意味ないじゃないか」
「あ、ああ……ごめん」
「まあいい。分かったと言っても、断定じゃない。考えられるのは二パターンだ」
メリーは指を二本立ててリュウに示す。そうしながら、その答えを話す前に必要な情報を事前に説明する。
「まず、だが……記憶には大きく分けて二種類ある。専門用語を使わずに言うなら、そうだな。思い出記憶と、物事記憶ってとこだろう」
「えっと……?」
「名前や、物の使い方。生活に必要な知識の大体が物事記憶だ。そして、人と出会った時の思い出や、印象に残ったエピソードが思い出記憶。分かったか?」
「ああ、なるほど。分かったよ」
簡単に理解しやすいように言葉を選び、メリーは基本を理解させると説明を続けた。
「人の脳は、どちらかというと物事記憶を重視して整理を行う。生きるのに必要な記憶だからな。だから、どちらか捨てろと言われたら、脳は勝手に思い出を捨てるわけだ」
メリーは自分の頭をトントンと叩く。
「とはいっても、基本的には記憶がなくなるなんてことはない。タンスの奥に行き過ぎて、引っ張り上げることができないということはあるんだがな。忘れて記憶がないように見えて、本当はある状態が普通だ。記憶が完全に消えることはない。記憶障害とかは除いてな。しかし……」
メリーはレフィがいるリビングの方へと目を向け、深く息を吐いて言う。
「シンギュラーは別だ。さっきレプト達と一緒にいた時も言ったが、彼らは脳にある格能を用いて能力を使っている。そのためだろうか、彼らは自分の限界を超えた能力を行使すると、脳の他の機能に損傷をきたすことがある」
「っ、何だって? じゃあ、やっぱり……」
メリーの言葉は、正に、リュウが危惧していた通りの答えだったと言わざるを得ない。彼の不安は的中していたのだ。彼は当時のことを思い出し、指で額を抑える。
「……僕があんな考えを実行したせいだ。そのせいで……」
「早まるな、リュウ。お前のせいと決まったわけじゃない」
「……え?」
「二パターンと言っただろう。お前の策が裏目に出た場合と、もう一つ」
メリーは右の二本の指を立て、左の手でその一方を隠す。そして、もう一パターンの考えの説明を始めた。
「もう一つのパターンとは……レフィに能力が備わったタイミングで、彼女の脳に異変が起きた、ということだ」
「……っていうと?」
「その森にあった研究所で、どんな実験をしていたかは知らない。ただ、まともなもんじゃなかっただろう。それも脳に関係することだ。何が起こったのかを明確に知りはしないから明言はできないが、その途中で、レフィの記憶がすり減っていったのかもしれない。その可能性は、低くはない」
「それはまた、どうして? その手の事例が多くあったとか」
リュウが思い付きで口にした言葉に、メリーは頷いて示す。
「シンギュラーを人工的に生み出そうとする実験は昔から行われている。その中で、被験者の記憶が失われてしまったという事例も少なくない。ただまあ……」
ここまで話して、メリーは思考を放棄するように両腕を頭上に伸ばし、伸びをする。そして楽観的なことを口にし始めた。
「今現在、どちらかを断定することはできない。それに、前者のパターンでもお前が悪いってわけじゃないだろ? どのみち、何もしなければレフィは死んでいたかもしれないんだ。どちらにせよ、お前は彼女を救って……」
「いや」
メリーの言葉をリュウが遮る。何事かとメリーが顔を上げると、彼の表情にはハッキリと後悔が刻まれていた。ただ、弱っている風はない。彼は揺れのない口調でメリーの言葉を否定し、自分の意見を述べる。
「過去のことだ。事実がどっちだったにせよ確認できない。なら、僕はレフィに謝らないと」
「何故だ。お前は全く悪くないかもしれないんだぞ」
「逆に、全部僕が悪いかもしれないんだ、メリー。実際の所を解明することはできないけど、原因は僕だと、そう想像したら僕は謝らずにはいられない」
引き留めるメリーの言葉を無視し、リュウは彼女の脇を通り過ぎる。そして、廊下を抜けてレフィのいるリビングへと向かった。離れていく彼の背に制止の言葉をかけようとするメリーだったが、彼の言葉を咀嚼し、どうしても謝るつもりなのだと察したのか、息を吐いて口を閉じた。
そのままリュウは、リビングに通じるドアのノブに手をかける。そして、それをゆっくりと捻った。その瞬間だ。
「わぷっ!」
ドアが廊下側に勢いよく開く。同時に、リュウの体はその勢いで後ろに弾かれた。
「きゅ、急に何……」
ギリギリ尻餅をつかないように後ろに後退り、彼はドアが勝手に開いた理由を探る。どうやら、部屋の内側の方から何かが倒れてきたらしい。それがずっとドアに自重をかけていて、リュウがドアノブを下ろした際に扉を押し開いたようだ。
扉を開いたそれは、廊下の床に倒れていた。
「いっ……つぅ~」
レフィだ。彼女はどうやら、何らかの理由でドアに体を押し付けていたらしい。リュウがドアノブを捻った時に彼女の体に押され、扉が内側から開いたのだ。彼女は不意に扉が開いた拍子に転んで鼻先を打ったらしく、涙を目に浮かべながら顔を両手で押さえている。
目の前の情報を把握すると、リュウは一瞬にしてレフィが何をしていたのか理解し、確認で足元の彼女に問う。
「レフィ」
「……へ?」
「聞いてたのかい?」
レフィは二人の話を盗み聞きしていたようだ。




