善意が導いた偶然
「フード被ってる……俺とジン以外で初めて見たぜ」
カスミが指で示したのは、フードを被って通りを歩く一人の子供だった。レプトは同じものを目にすると、驚いたような、意外そうな、複雑な表情をする。
「別から見るとあんな目立つんだな。そりゃよく見つかるわけだ」
「そりゃそう……じゃなくて。なんか、あの子さ……」
レプトは興味深そうにフードの子供が行く先を目で追っていたが、カスミはそれに反し、心配そうな顔でその子供を見つめていた。いや、その人物と言うより、その子供の周囲だ。
「追われてない? 後ろ、なんかいる」
「ん……」
言われたレプトが注意して子供の後ろを見てみれば、カスミの危惧をすぐに理解することができた。子供のしばらく後ろ、十メートルほど離れた場所からその子供の背を追いかけている男達がいた。彼らは子供の歩く速度に合わせて一定の距離を保ち、視線はその子供にずっと向かっている。明らかに意識しているとしか思えない。人込みに紛れているため、行き交う人々は気付かないが、俯瞰できる位置にいるレプト達はそれに気付くことができた。
「どうする、レプト」
「どうするって言われても……この通りでは何もしないんじゃねえか。それに、どういう関係かもよく分からねえし……」
そう、レプトが言った時だ。行き交う人々が振り返るような見た目をした子供は、周囲を警戒するように視線を配った後、脇に伸びていく路地に足を向けた。その動きを見たカスミは眉を寄せる。
「あの子、自分が追われてるって気付いてるのかしら? だから隠れようと……」
「……いや、ありゃ……違う。気付いちゃいない」
「え、何で分かるのよ」
「……感覚だよ。なんつーかアレは、周りの視線が怖くて仕方ないって感じだ。すぐにも陰に行きたいんだろ」
レプトは子供の挙動を深く観察したわけでもないのに、子供が今、どういう気持ちでいるか分かったようだ。ただ、洞察にしてはあまりに行き過ぎている。違和感を感じたカスミは、レプトの顔を横から見る。そして、気付いた。彼は、哀れむような表情でその子供が路地に向かう背を見つめていた。それを見て察しが付く。
「アンタも、あんな風だったことがあるのね」
「まあな」
「……悪かったわ。あんま聞かれたくなかったわよね」
「大丈夫だっての。もう慣れたから今はあんな風にゃならねえしな」
カスミの謝罪を放り、レプトは例の子供を注視する。子供は既に、人目がつかなくなるような路地に入る寸前という所だった。そして、その子供は周囲の人目を気にするようにぐるりと首を回して辺りを見回すと、足早に路地に入っていった。そのしばらく後、十秒経ったかという時、その子供を一定の距離で追っていた男達がその路地に向かっていくのが見えた。往来ではスピードを一定に保っていた彼らだが、路地裏に入る時は駆け足で向かっていた。何かを尾行する段階から、追い詰める段階へと移行したのだろう。
「あれ、追っていくわ。やっぱりあの子をつけてたのよ」
「多分そうだな。よし、カスミ。行こうぜ」
「分かったわ。てか、元からそのつもり」
子供が追われていると確信した二人は、ベンチから腰を持ち上げる。そして、それぞれが互いの獲物を準備し、その路地に向かっていった。
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フードの子供が一人、暗い路地を走る。身を縮め、寒い場所でもないのに震えながら走っていた。転びそうになりながらも、小さい体で出来るだけ歩幅を大きく走っている。何かから逃げる、というよりも、どうしようもなく走っていると言う様子だ。
しばらく走り続けると、子供は足を止めて荒い息を抑えようと地面に膝をつく。小動物のように早く、荒い息だ。
「はっ……はっ」
少女が立つのは左右を背の高い石材の建物に挟まれた路地。近くに誰か来たならすぐに分かる場所だ。にも関わらず、その少女は周囲を見渡して警戒を張っている。まるで袋小路に追い詰められているようだ。
そんな風に、その子供が小さい身を更に縮めていた時だ。複数人の高い足音が狭い路地裏に響く。背後からだ。警戒と恐怖から体を震わせて後ろを振り向いてみれば、後ろには五人の男が立っていた。全員が全員、フードを被った子供に目を向けている。
「あ、あなた達は……誰なの」
子供は後退りながら恐怖に震える声で男達に問う。少女の声だ。その問いに、男の内の一人が無感情な口調で答える。
「ある人から大金をもらって頼まれた。お前を攫えとな。大人しくしてもらうぞ」
男達のリーダーらしき男は宣言すると、部下に指示を出す。すると、彼らは一息の間に少女を取り囲む。元から身を震わせていた少女は、明確に自分に敵意を向ける相手を前に足がすくんで動けなくなってしまう。弱々しい足を崩し、彼女はその場に尻もちをついてしまう。
「兄貴、とっとと済ませちまおうぜ」
「ああ。お前ら、余計な声出ねえよう口塞げ」
指示を受けると、男達の一人が少女の体を無理矢理押さえつける。少女は悲鳴を上げて抵抗するが、体の小さい彼女の力では大人の男にまともに抗えない。彼女の助けを求める声は、誰にも届かなかった。
「誰か、助け……て」
少女の喉から出たのは、かぼそく弱り切り、ほとんどがただの吃音になってしまうほどの泣き声だった。それは誰に届くこともなく、男達の荒い声の中に溶けていく。
だが、その時だ。
「よお、お前ら運が悪かったな!」
路地に声が響く。レプトの声だ。男達が声の聞こえた方向、背後に目を向けると、そこには剣を持ったレプトと拳を構えるカスミがいた。彼女は明るい笑みを浮かべて、今にも攫われそうな少女を指で示して言う。
「そんでもって、アンタはとっても運がよかったわね。たまたま私達のいる所で攫われるなんて、本当についてる」
二人は状況にそぐわない軽い調子でその場に立つ。今まさに犯罪を起こそうとしていた人間達と、その被害に遭おうとしていた少女はその空気の違いに呆けた顔を浮かべる。
そんな彼らに、レプトは剣を振りあげて宣言した。
「俺らがひっくり返してやるぜ」




