脳裏に張り付く疑念
「傷口は……問題ないな」
ジン、そしてレプトとカスミの三人が車を出た後、残されたメリーはレフィの傷の様子を見ていた。彼女が先日に受けた銃弾による傷は未だ癒えてはいないものの、悪化はしておらず、状態も悪くない。メリーはレフィの腕に巻かれた薄く血に汚れる包帯を取り除き、新しいものに取り換えていく。
「な、メリー」
「ん?」
自分の腕を診てくれているメリーに、レフィは何気なく問う。
「メリーって、一応研究者なんだろ?」
「だった、だな。それで?」
「メリーはオレやレプトみたいな奴らがいるってことを知ってたけどさ。オレ達以外に、どのくらい同じ環境にいたかとかって分かるのか?」
レフィはここにはいない誰かを哀れむように目尻を歪ませて天井を見ながらそう聞いた。メリーはその問いを受けると、作業を止めずに言葉を返す。
「私はその手の話に詳しいわけじゃない。だが、知っている限りでは他にも多くいる。最低でも、レプト達と同じように呼ばれている実験体は、確か六人いたはずだ」
「レプトと同じ……ああ。クラスってやつか?」
「ああ。聞いただけだがな。レプトの母親だという人物もそうだと彼自身が言っていたし、他に何人かいるのは確実なんだろう」
メリーは現状で分かるだけの情報をレフィに伝えた。レフィはレプトや自分以外にも同様の苦しみを味わっていた者達がいることを明確に知ると、唇を浅く噛みながら唸る。
「……そいつら、どうしてんのかな」
「レプトの母親は捕らえられたままだが、他はレプトと同じように逃げたと言っていたな。全員がうまくやってるかどうかは分からないが……今のお前達はまず自分の事だろう?」
関係のない他の者達に、まるで隣にいる者にするような心配を向けるレフィに、メリーはまず自分達のことを心配をするべきだと言う。それに対し、レフィは頬を膨らませて反抗する。
「なんだよ。自分と同じ苦しみを味わった奴を心配しちゃいけねーのか」
「そこまでは言ってない。まずは自分達のことから解決しろと言ってるんだ。それに……」
メリーは赤い髪からのぞくレフィの広い額を指で突く。そして、負傷した彼女の右腕を指で示した。
「今こんな状況の奴が、他の連中を助けられるか? それと、自分も心配されてるってことを理解するんだな」
「むぅ……分かったよ」
軽く説教を受け、レフィは未だに少しの不服さを残しながらも頷いた。メリーの言葉も自身への心配から来るものだと分かってのことだろう。
そんな二人のいるリビングに運転室の方からリュウが入ってくる。運転室を見物しに行っていたのだ。リュウは部屋に入ってレフィ達二人を見止めるなり、呆れるように首をすくめてみせた。
「あっちの部屋の、運転室だっけ。分からないものばっかりだった。自分がどれだけ田舎暮らしだったかを自覚させられたよ」
「何も触ってないだろうな」
「うん。足元にあった三枚の小さな板とか触ってみたかったけど……」
「……触るなと言っておいて正解だったな」
車の持ち主であるメリーはリュウの言葉を聞いて安堵の息を吐く。リュウが口にした板とは恐らくアクセルとブレーキ等の事だろう。謝ってアクセルを触りでもしたら、どうなっていたか分かったものではない。
心臓を冷やすことを挨拶代わりのように言ったリュウは、その後で思い出したように運転室の方を振り返って言う。
「メリー。ちょっといいかな」
「ん、何だ」
「運転室にこの機械だけは知っておきたいって、見た目を見て思ったものがあったんだ。どんな使い方か、教えてほしいんだけど」
リュウは機械について聞きたいことがあるからついてきてほいしと言う。そう口にする彼の顔には、少しの笑顔がある。社交辞令でするような、空の笑顔だ。その色が濃いわけではなかったが、メリーはその表情を見て目を細める。
「……分かった。行こう」
「頼むよ。じゃあレフィ、すぐ戻ってくるから」
「あいよ~」
リュウの頼みを受け、椅子から腰を上げるメリー。部屋から出ていく二人の背をレフィは自分の座る椅子のクッションに体を深く沈めながら、だらけた声で送るのだった。
部屋を出て、リュウとメリーは足を止める。運転室にはいかず、リビングと運転室の間を繋ぐ狭い廊下で二人は立ち止まった。装飾の一切ない、通路の機能のみを果たす無機質な廊下だ。
リュウはメリーの方を振り返りながら、廊下とリビングを繋ぐ扉が閉まっているかを目で確認した。そうして振り返った彼に、メリーはさっきのやり取りを話題に挙げる。
「リュウ、お前、嘘が下手だな。何が機械について知りたい、だ。馬鹿でも嘘と分かるぞ」
「い、いや……こうも周囲が分からないことだらけだと、どう嘘を吐いていいか分からなくなって。ほら、現実味のある嘘をつけるかって、周りの環境をよく知ってることが重要だから」
リュウは痛い所を突かれたという感じで誤魔化すように言葉を並べた。どうやら、先ほどの彼の言葉は嘘だったらしい。
「まあ、レフィは僕を信用してくれているから、そんな凝った嘘を吐く必要はもともとなかったんだけど……」
前置きを口にして、一息つく。そして、リュウはその間にすぐに顔から緩みを消し、真剣な表情でメリーに向かった。
「聞きたいことがある。レフィのことだ」




