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雑草

序章

作者: ものくれ

「昇華せよ」


 その言葉と同時に闇が轟轟と静かに渦を巻き口を開ける異界の門。そこに小さな体が放り投げられた。

 少女の身体は宙を舞う。

 偽物であれ、神であった少女に手向けに飾られた花が散った。呪いの込められた黒百合の花冠。その花弁がひらひらと祝福された快晴の空を浮かぶ。最後に見たのはそれだけだった。

 少女の体が口に入るなり異界の門は口を閉ざす。

 一切の光もない異界に落ち、暗闇に抱かれて微睡む意識の中、小さな夢を見つめてその瞳を閉じた。

 黒髪は災厄を呼びよせ、黒い瞳は悪魔が宿る。

 神と信じられてきたものは普遍的で、最低的で、神とは合致しなかった。偽物であり造物。人に近すぎた神であり、子供に過ぎなかった。しかし子供でも、厄災の子となればその身を取り除かねばならない。全ては平和のために。

 勘違いであれ、子供は元は神であったが故にその身は世界から存在を許された。許された存在を消すことは不可能。

 人々の記憶から、世界から昇華するために、厄災の子は神々の手により世界の外へと投げ捨てられたのだ。

 空の彼方、深淵の深く、この世界の裏側に少女は眠る。





 少女は目を覚ます。

 声が……聞こえた。

 そんな馬鹿な、ありえない、自分の声でさえ聞こえない世界で、音なんて聞こえるはずがない。だのに、少女の鼓膜を震わせる音が聞こえていた。

 それは本当に小さくて小さくて、針の先のように小さな音なのに少女は“声”だと思った。啜り泣くやうで、悲鳴のような、呪い叫んでいるような悲しい声。

 この時、表の世界に収まりきれなかった想いが、憎悪が、怒りが、悲しみが、世界の外側に滲みだし、雫となって落ちたのだ。その音は絶えずきこえてくる。どれだけ眠っていたのかはわからない、久方ぶりに聞いた音という刺激。

 少女はその声のする方へと行きたかったが、体に乗っかかる大きな暗闇は彼女を妨害する。

 少女はイラついた。パクパクと口を開閉し、必死に叫んだ。手足をバタつかせ、声の方へと進もうと闇を掻く。掻けど、もがけど、意味は無い。無造作にどこまでも伸びきった髪が、手脚に絡みつく。その髪を手繰り寄せても声は遠い。引っ張って引っ張って引っ張って──あ。

 星よりも小さな光、優しい光が髪に埋もれていた。小さな種から生まれた希望の芽だった。芽は空間を割るように生えている。その光を覗き見ると、目を貫く青が見えた。

 青空だ、鳥の声が聞こえる。

 沈んでいた記憶が薄れきった感覚が、呼び起こされる。

 少女はその懐かしさに涙を流した。

 その水が種に触れた時、その芽は大きく動いた。根は髪に絡みつき、ぐんぐんと大きく黒いツタや茎が育っていき、それは、形を成していった。

 人間には程遠くけれど似ている。黒い頭に棒人間のような細い身体は黒い植物で型取っていた。


 始まりは何もできず、ただそこにいるだけだった。

 時間が経てば、少女はその黒い植物を人形のように動かせた。触感を感じ始め、音が、においが、味が、その景色が共有されるようになった。その植物を通して、世界を感じられることに喜びを感じた。楽しくて、嬉しくて、面白くて!幸せを感じた。

 ある時、その植物は少女の行動や思考から学び意志を持った。

(タノ…シ、イ……!)

 自分とは違う思考。それが脳内で再生される不思議な感覚に恐怖を覚えたが、最初のうちだけだった。話し相手ができた喜びが優った。


 ある時少女は、自分の身体でその世界に触れたくて、表の世界に行きたくて、そのヒビに手を伸ばした。

 けれど、世界は少女の存在を許しはしなかった。

 少女の意識は隔絶され、異界の闇が少女の身体を呑み込んで彼方へと連れて行く。少女の髪と繋がった黒い植物だけが残された。

 黒い植物は今まで少女を通して知ったこと、経験したことを思いだし、反復させていくことで自分で動くということを覚えた。急に消えた少女の存在を探して、世界を歩き回った。少女と繋がっている感覚はあった。この世界のどこかにいると考えた。

 多くの人と出会い、多くを学んだ。その中で声帯をつくり、多くの生物と言葉を交わす。そしてまた多くを学んだ。

 どれくらいかして少女の意識が戻ると、植物は少女のことを聞いた。少女は全てを話す。

 植物は、少女がこの世界にいないことを知り、決意した。再び少女がこの大地を踏み締め、光を浴びられるように、少女をこの世界に連れてこようと。

 しかし、植物の体は火に弱い、熱に弱い、少女の力を糧に生きている事実に植物は危機を感じた。植物にとっての死が、再び少女を暗闇に取り残すという意味だと知った時、恐怖した。

 この身体を残すために、考えた。

 少女の力を使わずにこの身体を維持する方法。この本体は少女との繋がりを持っているから死ぬわけにはいかない。

 自分の分身を作るために一度その身の一部を枯らし、種を作る。

 種はこの世界の生命力を糧に育つようにした。思考を共有し、僕の手足であるように。

 植物は少女に眠るように言った。その力を蓄えていてほしいと。

 全部僕がやるから。

 少女は最初は拒否したが、植物と繋がると眠くなることには変わりなく、私は起きたら自由にするつもりだと言った。

 (モチロン!)

 少女は眠りについた。




 少女がこの世界に来るためには、少女の存在を許さない世界を壊さなければ。今いる神を殺さなければ。そのためには力がいる。僕だけの力じゃ足りない。同じものを目指すナカマ、カゾクが必要だ。

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