1★人の死。期待の始まり。
こんにちは。脳内サイバーです!
世の中には辛い事が溢れていますね!
でも仕方がない。
だって混沌とした世界こそ世界を回す為に必要な環境なのですから。
無理して生きているそこのあなた。
無理はしないで…。こっちへおいでなすって!
少し小説でも読んで、ゆっくりしていきましょ。
公園でただ座っているといつも考える。
…明るい話題だけがいつも耳に残る。
これは僕の気持ちが暗いから?
太陽はいつも眩しく僕を照らし、僕の心に大きな黒い影を落とす。
何かを僕に訴えるように…。
僕は自殺が嫌いだ。
小学三年生の夜、初めて「自殺」という言葉を知った。
それは何でもないテレビ番組だったと思う。
そのキーワードを聞いて、一緒にテレビを見ていた母に言われた。
「自殺をすると、地獄に行くんだよ」と。
その日のお風呂で、僕は自殺について考えた。
シャワーで頭を洗い流しながら、心の中で自分が入水自殺をする事を考えてみた。
多分、海。
水面がとても遠くなり、肺から酸素が無くなっていく。
徐々にだが確実に苦しさが増していく。
息が出来なくなり、次第に身体からもがく力も抜けていく。
もう後戻りは出来ない。生きる事は出来ない。
冷たいという感覚が消え去り、そして、死ぬんだろう…。
バッ!とシャワーから頭を上げると、僕はまぶしい蛍光灯を見た。
「…。」
それから僕は、自殺では絶対に死なないようにしようと、誓った。
37歳になった。
…僕は今、死ぬ理由を探している。
辛く苦しいこの社会で、正体も分からない何かと毎日闘って。繰り返して。
自分を騙すのも限界だったのだろう。
衝動を外に向けるほど気性が荒くない僕は、爆発する寸前の心のやり場を失っていた。
自殺する事も出来ず、ただ毎日世界が急に崩壊してくれないかと、そう望んでいた。
公園のベンチでうなだれる。
視界にチラつく腕時計は、12時45分を指していた。
「昼休みが終わるな…」
僕は力なく呟き、ふと顔をあげ、数メートル先にそびえ立つ、会社のビルを見上げた。
またあの中で自分ではない「生きる為の自分」を演じるのだろう。
それはとても疲労する行為だ。
若い頃はそれでも良かった。
人は自分を癒す存在に寛大だ。それが自分より弱い者ならな尚更良いんだろう。
そんな立ち位置に、僕も生きる手段を見出していた。
それで生きていけると思っていた。
だけど、最初にも言ったが、それはとても疲労する行為だったのだ。
だってそうだ。僕の気持ちはどうなる?
吐き出したい事や、受けるストレスはどこで解消すればいい?
僕自身、それに気づけないタイプだったから、若い頃はあまり気にもしていなかった。
だが今は違う、色んな経験を得た今の自分は、それが本当は間違った生き方だと気づいてしまっている。
でも今更生き方を変える事は難しい。
もう若くない?でもまだ元気な37歳?
今しかない?今更やってどうなる?
もう心が分断していて分からない!!
「…ハアァァア……」
そうして、僕は頭を抱えるのだ。
トントン…。
急に肩を叩かれた。
とても軽くて柔らかい。すぐそれは女性の手だと分かった。
僕は反射的に振り向いた。
「うっわ、酷い顔」
目の前に女性の顔が入る。
明るい笑顔で僕を見ている。
それは、同じ会社の後輩「頭のおかしい八十子さん」だった。
「生史さん。もう戻らないと、遅刻しません?」
八十子さんは僕の前に回り、会社の方へ一歩踏み出した。
さぁ、立って。と言われたようで、思わず僕も立ち上がった。
「ああ、そうだね。お昼はこの辺だったの?」
「そうですよ~。私、いつもお昼は会社の外で食べるんです」
明るい笑顔だ。暗い気持ちもうっかり忘れてしまう。
笑顔の魔力は凄いものだ。それは僕も良く分かる。
正に、人を癒す効果があるからね。綺麗な笑顔が作れると、社会ではとても役に立つ。
僕は八十子さんの後ろを静かに付いていった。
八十子さんが前を歩くだけで、会社へ戻る苦しみが薄らいでいく。
楯として矢面に立たせてしまう事に大した罪悪感もなく、僕は八十子さんから盗むように癒しを得ていた。
ふと、八十子さんの足もとに、何かが落ちた。
名刺?ハンカチ?
その白く四角いものを拾いあげると、それはただのメモというか、紙片で、こう書かれていた。
「死ね。」
心臓がギュッと冷たくなり、そして鼓動が早くなった。
そして、視線は落とし主の背中へ移った。
「驚いた?」
彼女は足を止め、僕を正面にまっすぐ見ていた。
わざと落とした?僕に読ませる為に?
それは綺麗な笑顔で、人の顔色に興味がない人なら、ヘラヘラ吊られて笑ってしまうだろう。
しかし、僕は笑わなかった。
社会では、ふとこのような敵意を向けられる事がある。
しかし、僕の場合はまず無い。そうならないように生きてきたからだ。
人を癒し、人にストレスを与えないポジションになる事で、自分への敵意を反らしてきた。
だから単純に、彼女の落とした「コレ」に、驚いたのだ。
「あ、いや…驚いた。これは…?」
彼女は張り付いたような笑顔のまま、無言だった。
僕は何事も無かったかのように振舞おうと「大した事ないよ」とでも言いたげに、紙片を彼女に手渡した。
「まぁいいさ。戻ろう」
僕はポケットに手を入れ、何事もないように彼女をゆっくり追い抜いた。
社会では、役職や、味方の多さがモノをいう時がある。
社歴も役職も上の僕に、彼女が敵意を向けても、到底相手にならないのだ。
意表をついてダメージを与えるつもりだったのかも知れないが、こんな幼稚なやり方では、相手にする事すら出来ない。
申し訳ないが、僕は社会の先輩として彼女の気持ちを無視する事にした。
…そしてこれが、大きな失敗になった。
昼休みの終わったその後すぐに、彼女は会社の屋上から飛び降り、自殺した。
オフィス内はざわついていたが、僕の心はもっとだ。
緊張からか、軽く貧血になるのを感じる。
これは、僕が彼女を自殺させたのではないか?
僕は昼休みの事を思い出していた。
公園のベンチで話しかけてきた。
でも「酷い顔」をしていた僕を見て、話したかった事をやめてしまったのではないか?
なぜ彼女が僕に?確かに会社で知り合った中ではあるが、それだけだ。
飲みに行く事や、ご飯を食べに行った事もない。同じオフィスの仲間。それだけだ。
……いや違う。それは僕の視点だ。
彼女から見て、僕の会社の立ち位置、存在価値は何だった?
彼女はあの時、僕に何か聞いて欲しい相談があったのではないか?
……そしてあの紙片に書かれた「死ね。」の文字。
あれは何だ?
あれは彼女が僕へ宛てたメッセージだったのか?
待てよ。そんな馬鹿な事があるか。そんな深い仲じゃないと自分で言ったじゃないか。
彼女はただのオフィス仲間に過ぎないと。
そうだ。僕には彼女から死ねといわれるような覚えは無い。
あの時は心が落ち込んでて、まるで僕が彼女に死ねと言われたように、被害妄想に捉われていたんだ…。
では、あれは誰に宛てた要求だったのだ?
……言うまでもない。彼女自身だ。
そうして、僕は自分だけの殻からゆっくり出てきて、視線をオフィスに巡らせた。
彼女の死に対して、驚く者、悲しむ者がいる。
そしてそんな中で、陰に隠れ、邪な笑みを浮かべる者もいた。
僕はその時、全てを悟ったのだ。
彼女は、助けて欲しかったのだ。
僕の役職、人脈を使って。……彼女が受けていたであろう、恐らくイジメから。
ふと、頭の隅に、八十子さんの笑顔が浮かぶ。
眩しい笑顔。彼女が生きていれば、もっとたくさんの人を癒し、笑顔をに出来たんだろう。
その命を奪い、その人生を奪い、のうのうと生き続ける悪魔のような人間が、今この場にいる。
僕は、それを前にして、何が出来るんだろうか……?
ああ、世界は今日も変わらなく美しく眩しい。
今すぐで構わない。世界よ……どうか今すぐ全員を平等に崩壊させて欲しい。
「ヒィっ!」
甲高い女性の悲鳴が、オフィスに響く。
その場の全員が、声の方へ眼をやる。
誰が悲鳴を上げたのか、それは明確だった。
そこにいたのは、八十子さんの死に邪な笑顔を浮かべた女性社員。
彼女はデスクから1メートルほど宙に浮き、両手で首もとを搔きむしるようにして、もがいていた。
「どうしたんだ!」
オフィスは一気に大混乱になった。
彼女の足元へ人が集まるが、彼女の足を引っ張っても、降りてくる気配がない。
まるで、何者かが彼女の首を持ち上げて宙づりにしているようだ…。
僕は口を大きく開けて、その光景を見ていた。
「千春さん!」
「首に何かが巻き付いてるんじゃないか?」
「椅子を持ってくるんだ!」
騒然としているオフィス内で、年齢が若い男性社員達が声を上げる。
宙吊りにされた女性社員の千春さんは、オフィスの天井に頭が付きそうな高さまで浮かび上がり、顔からは血の気が引いて青み掛かっているのが分かる。
すでに抵抗する力も尽きたのか、両手はダラリと下がり、今はまるで見えないロープで首吊りをしているようだった。
いや、少し違う。
顔が天井を向いている。首吊りの状態ではそうはならない。
僕の視点では、「何者」かが首を鷲掴みにして締め上げているように見えた。
「千春さん!」
背の高い男性社員が椅子に立ち上がると、千春さんの肩を掴み、血の気の引いた顔に向かって呼びかけた。
返事は無く、男性社員は千春さんの首のあたりに触れた。
「何かが掴んでる……」
男性社員がそう呟いたのと同時くらい、千春さんの目の前に黒いモヤのようなものが一瞬見えた。
あれはなんだ?
僕は更に目を細めて黒いモヤに集中する。
霧や煙のようではなく、テレビの砂嵐。あれを真っ黒にしたような感じだ。
黒い砂嵐は時々ザザザ!とその存在がブレながらも、地面からまっすぐ立ち上り、天井付近まで伸びている。
少し上の方で千春さんの首に向かって横に砂嵐が伸び、千春さんの首に巻き付いているようだった。
見えてしまうと、思いのほかハッキリと認識出来るようになった。
しかし、その存在は男性社員や他の社員には、見えていないようだ。
「かってぇ……何か見えないものがここあるんだ!」
男性社員は周りに状況を説明している。
僕には、男性社員が首に巻き付く砂嵐を、手で引っ張っているように見えるが、それも彼には見えていないらしい。
その時……。
「あ。」
僕は思わず声が漏れた。
地面から伸びた黒い砂嵐の上の方から、もう一本千春さんの首に巻き付いている長さの砂嵐が伸びていく。
まるでこれは、腕?
バットのように伸びた砂嵐の「腕」は大きく振りかぶり、男性社員の顔面目掛けてフルスイングを決めた。
ブォンッ!!
衝撃音も無く砂嵐に殴られた男性社員は、まさにバットで打った白球の如く吹き飛ばされ、その身体は僕のすぐ横をかすめてさらに10メートル程奥の壁面へまっすぐ飛んでいった。
バーーーン!
と大きな音を立てて壁に衝突した彼は、そのまま立ち上がる事は無かった。
これは、一体なんだ??
このオフィスで何が起きているんだ?
誰もが、そう考えたであろう。
目の前の光景から徐々に現実味が薄れ、まるでドラマでも見ているかのように、これは他人事だと言わんばかりに、頭の中で処理されていく。
頭がボーっとしてきて、恐怖心が無くなっていく。僕はそんな事より、別の事を考えるようになっていた。
僕は自殺は嫌いだ。誰か、そんな僕を偶発的に殺してくれたら良いのに。
事故でもいいが、自分から赤信号を渡るような事はしない。
理不尽に、一方的に、僕に一点の曇りもない完璧な偶発的、死。
挙げるとすれば、落雷?
いや、雷が落ちるような状況に自分を晒すのはダメだ。気を付けないから、落雷に合うんだ。
そんなのは自分にも落ち度があるし、揚げ足を取る奴なら「そんな日に外を出歩くなんて、ほぼ自殺」と流布するかもしれない。
やはり地球規模の災害。人智の外から現れた、突然の強襲。
これくらい、この状況じゃ仕方ないよね。と言える死じゃないとダメだ。
ではこの黒い砂嵐はどうだ?これは人智を超えた強襲ではないのか?
さっきの男性社員が頭をよぎる。彼には黒い砂嵐が見えていなかった。
彼は千春さんを救出する為だけの目的だった。
彼があのまま死んでも、誰もが「彼の死は、彼のせいではない」そう思うだろう。
とてつもなく、理想的だ。
何でだろうな。
こんな状況なのに、心がワクワク…ドキドキしている。
まるで世界が、終わりを迎えるスタートを切ったような、そんな……そんな……。
そう。僕は、そんな「期待」をしていたのだ……。