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越後の龍、駆けるは戦国の空  作者: 鳶谷メンマ
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第壱部 第七話 憤怒の抜刀

その異変にいち早く気づいたのは、義道が一時離脱した中央軍で最前線の現場指揮を取っていた、越後側の将の一人である義銘だった。


馬を変えるために一度後方に下がっていた彼は、交代の時間になっても右方の山から哨戒兵が1人も戻らないことに気がついたのである。


ただの勘違いか、あるいは時間を間違えていたか。


一度時刻を確認しようと天幕を出たところで、死角から濃密な殺意を感じ取った義銘は、咄嗟に回避行動を取った。

直後、先程まで彼の首があった位置にフォンと風切り音が走る。

気配の消し方といい、間違いなく只者ではない。


「…何者だ!」

「おいおいあれ躱すのかよコイツ!兄者、こいつ只者じゃないよ!」

「そうだな、決して油断するな弟よ」


受け身を取って後ろを振り返ると、そこには2人の若い男が立っていた。2人とも、身につけているのは軍の鎧ではない。

恐らく元山賊上がり。その力を買われて朝倉に仕官したのだろう。

そして、今の口ぶりからしてこの2人は兄弟か。

兄弟の元山賊。そんな経歴を持つ二人組の朝倉の将に、義銘は心当たりがあった。


「お前たち、宗田兄弟か」


その言葉を聞くと、2人は顔を見合わせてニヤリとほくそ笑む。


宗田兄弟。

兄の一郎平と弟の二郎平は、もともとは越中の山賊を一手に纏め上げていた山賊の長だった。

その従わせ方は残忍かつ冷酷。他の一族の子供たちを攫っては翌朝「中身」をくり抜いて放置したり、解体した人体を糸で縫い合わせてこれ見よがしに飾ったりと残虐な行為で敵の神経を磨耗させ、屈服させる。


幾度となく討伐隊が彼ら一族を殺そうと戦ったが、ゲリラ戦での勝負強さと彼ら兄弟の戦闘能力の高さによって常に返り討ちに遭い、またそこで捕まった者たちはおぞましい姿で家族のもとに返ってくることとなった。


越中が越前に併合されると同時に孝景率いる軍主導の大討伐隊が組織され、最終的に捕らえられた彼らは孝景から実力を認められたことによって、朝倉のために戦う将となったのだ。


「なんだ知ってんのかよ、俺たちのことさあ!兄者、こいつ気に入ったよ。…こいつの着てる上等な服は頂いてさ、皮だけ剥いで生きたまま残しとこうよ!」

「いい案だ弟よ。先程の俺の足男とどちらが面白く死ぬか、見てみようではないか」


その言葉が、冷静な義銘の怒髪天を突いた。


こいつらは、彼ら予備隊まで弄んだと言うのか。

死者の尊厳を冒涜してなお平気な顔をして笑っている2人に、今まで感じたことのないような殺意が義銘の中で湧き上がっていく。

許せない。


「………てやる」

「なんだって!?聞こえねえよこのタコ!」


大きく跳躍しながら切り掛かってくる二郎平が握っているのは、彼の身長ほどはありそうな巨大な太刀。兄が取り出したのは一対の小振りな双剣。

間合いに差がありすぎる。恐らく一人ずつではなく、連携をとりながら戦う気だろう。

弟の剣を受ければ兄に斬り刻まれ、兄を優先すれば弟に両断される。なるほど、理想的な攻撃だ。


が、しかし。

激怒してタガが外れた義銘の前では、二郎平は遅すぎた。

義銘は、後ろ足で天幕の支柱を蹴って二郎平よりもさらに上空へと飛び上がると。…隙だらけの脳天に、思い切り踵を炸裂させた。

強烈な一撃を脳天に食らった二郎平は顎から地面に激突し、天幕を突き破って道の反対側まで吹き飛ばされていく。


「二郎平!……お前、よくも弟を!」


激昂してこちらに向かってくる一郎平。

獲物は二本だ。向かって真右と左斜め下から飛んでくる斬撃を鞘に仕舞われた刀で受け切ると、右手の一本を手刀で弾き飛ばし、二本目を握る手をガシッと掴んで……


思い切り逆方向に捻り折った。

ゴキリ。鈍い音が響く。


叫び声を上げ、完全に逆を向いて骨が飛び出した手首を抑えて後退りする一郎平。追い討ちにその顔面を全力で殴り飛ばすと、一郎平の体は糸の切れた人形のように、くるくると宙を待った。

手のひらについた血を拭いながら、吐き捨てるように義銘は言う。


「二分で殺してやるって言ったんだ、畜生どもが」


……なんだ、何が起こった?さっきまで俺は、兄者とあの男を追い詰めていたはず。

なのになんで、地面に寝転がってる。

全身に走る激痛に顔を顰めながら、二郎平はむくりと体を起こす。天幕の方を振り返ると、義銘がゆっくりとこちらに向かってくるのが見えた。その右手にぶら下がっているのは……一郎平の首。


一瞬事態が飲み込めず、思考が停止する。


なんだあれは。兄者が負けるはずがないのに、あの男が持っているのは確かに兄者の首だ。

すると、心底冷めきった目の義銘がゴミでも捨てるように、二郎平の足元にぼとりと一郎平の首を投げつけた。

変わり果てた姿の兄と目が合った。今は、なんの像も写すことはない空洞のような瞳。


「どうした、さっさと来い畜生。この男と同じく地獄に送ってやる」

「…てめえ!…よくも、兄者を…!」


怒りで真っ赤に染まるが、それに反して二郎平の脳内では危険信号が鳴り響く。この男と戦えば、待っているのは死だけであると。

太刀は遠く離れたところに落ちてしまっている。武器は懐の小刀のみだ。

しかし素手ですら圧倒された義銘相手に、そんなものでは太刀打ちできるはずもない。

それを悟り、二郎平は呆然と立ち尽くした。

そんな時だった。

「おいあんたら、何してんだ一体!…おいおい、そっちの若えのは怪我してんじゃねえか!」

左方の山から、交代のために予備隊の1人が降りてきたのだ。

望外の僥倖。その声を聞くや否や、二郎平はすぐさまその男の背後に周り、小刀を首に押し当てて言う。

「おいお前、それ以上近づくなよ…!お優しいお侍様は、下っ端の命でも惜しいよなあ!…その場で自害しろ、おら早くしろや!」

いままでこういった危機は何度かあった。その度にこうして手練手管を使って乗り越えてきたのだ。正しい行いが大好きな武士なんかに、俺が負けるわけがない。

だがこの状況においても、目の前の男の目には一切の迷いも動揺も浮かばない。


「……最期くらい、もう少し格好つけてみろよ」


奴が浮かべるのは、そんな感情ではなく。

ただただ軽蔑しきった冷たい表情だ。まるで、目の前の人質などなんの問題でもないかのように。


「ふ、ふ……ふざけんじゃねえぞお前…!いいのか、こいつがどうなってもいいのかあ!」


あまりのふてぶてしい態度に、思わず人質を殺しそうになるのをぐっと目をつぶって堪えようとする。

 

その動作は、ほんの一瞬のことだった。しかし二郎平が目を開けた時には、義銘は目の前にはおらず。


「抜刀術」


いつの間に回り込んだのか、後ろから聞こえてくる声。続いてカチンっと、刀を鞘に収める音が響いた。


今の声は、兄者を殺した男の声だ。殺さなくては!


殺意に駆られて後ろを振り向いたはずの二郎平の視界が、どういうわけかぐるりと回った。と思えば今度はいつの間にか空を見上げている。


体を、ピクリとも動かせない。というよりも、首から下の感覚がないのだ。これは、まさか……俺はもう。

遠のいていく意識。少しずつ視界も狭まっていく。

何も見えなかった。何も感じなかった。斬られた時ですら、何も。暗闇の中で、義銘の声だけがさざなみのように響いた。


「日輪」


抜刀術は、絶対的な速さとその初見での必殺性から門外不出の剣技とされ、越後武士の中で言い伝えられてきた。

受け継がれてきたのではなく言い伝えられてきたという言い回しが正しいのは、その技を体得できる人間がごくごく少数だったことに起因する。


その中でも100年の歴史を持つ「日輪」が基本の型であり、そこから一人一人がその技を強化、昇華させることで剣技を極めていくこととなる。


兼続が使う「月光」は、輝虎の弟である影虎が生み出した剣技。乱戦中の斬り合いや一対多数の戦闘など、幅広い運用を想定した剣技が日輪とするなら、1人の強敵を撃破するためだけに練り込まれた技が月光となる。


しかし、天才と言われてきた武人たちが何人も抜刀術を習得できずに挫折するほど、その習得への難易度は高い。

現在越後に仕えている武将の中では、日輪を使える者は3人。月光に至っては、その技を継承しているのは兼続ただ1人となる。


もはや人間技ではないその剣技によって、たった今朝倉五将のうち2人が即殺された。

その報が孝景へと届いたのは、2日目も終わりに差し掛かる日没の時分であった。


「盗賊風情が……実力があるからと将として用いてやったのに、意外と早く死におったな。やはり使えんわ」


孝景の身も蓋もないその言葉に笑い声を上げたのは、5人目の朝倉五将である雑賀惣兵衛だ。

かの有名な雑賀衆の出身であり、火縄銃を戦法に取り入れるという、この時代ではかなり画期的な戦術を用いる将でもある。


「そういえば惣兵衛よ、そなた今日は全く動かなかったのお。貴様なら、どうあの輝虎の首を取りに行く」

「殿、お言葉ですが。……不動こそ最上の策です」


その言葉に孝景は一瞬キョトンとすると、ダハハハと豪快に笑い出す。


「確かにそうであった、お前には余計な一言だったな!うむ、明日以降の戦果に期待しているぞ!」

「御意に。明日の今頃には殿の御前に、輝虎の頭蓋をお持ちしましょう」


そう言って、雑賀惣兵衛は森の中へと消えていった。

先程の発言は、流石の孝景もハッとさせられるものがある。正直あの男だけは、さしもの孝景でも敵に回したくないものだ。

にやりと不敵に笑う孝景の瞳の中で、月がゆっくりと雲に隠れていく。


越前越後大戦、その最激戦となる3日目が始まろうとしていた。


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