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7. 完璧侯爵様の恋心


カサンドラの生誕祭から1週間が経った。

その間シリウスは何度もロザリーに会いたいと手紙を送ったけれど、体調が悪くしばらく会えないという1通の後、返事が返ってくることはなかった。


自分が側にいるから安心しろなんて格好いいことを言っておいて、結果はあれだ。

王族と顔を合わせるというだけでもあんなに緊張していたロザリーが、カサンドラからあんな言葉を投げつけられて平気なはずはない。

帰り道の馬車でもその顔色は真っ青で、シリウスが何度尋ねても「大丈夫です」という空返事が返って来るだけだった。

その日は仕方なく引き下がり、彼女が落ち着いてから真摯に謝ろうと思っていたものの、結局あれ以来ロザリーに会えてはいない。



「どうしたらいいんだ…」

「人の部屋に来てため息を吐くのはやめろ」


ダントン家に押しかけて、無理矢理にでもロザリーと話をしようかとも思ったが、嫌われかけているところに拍車をかけてしまったらと思うと、怖くてそれも出来ずにいた。

居ても立っても居られず、なんとなく誰かに話を聞いてほしい気持ちになって、ルシードの部屋に来てしまっている。


「仮にも王子の部屋だぞ。気軽に来るな」

「もし婚約を解消したいと思われていたらどうすれば…」

「知らん。帰ってくれ」


この一週間で若干痩せたものの、その悲壮な表情さえ美しさのスパイスにしかならない美貌の友人を、ルシードは呆れた表情で見つめた。


「まさかお前が、そんな”普通の恋する男”になるとは思わなかった」

「は?」

「返事がない、嫌われたかも、なんてことで思い悩むなんて。ロザリー嬢のことがよほど好きなんだな」

「………」


ルシードの言葉に、シリウスは目をぱちくりさせた。


「……そう…だな、」


言われてみれば、誰かに嫌われたかもしれないなんて理由で思い悩むのは、初めてだった。

好かれて悩むことはあっても、好かれたくて悩んだことは一度もない。


冷静になってみれば、今だって別に思い悩む必要はないのだ。

ロザリーは家の借金を返すためにシリウスとの結婚を決めたのだし、すでに陛下にも報告して婚約が整った以上、彼女の意思だけでこの結婚を止めにすることはおそらく出来ないだろう。

だから、シリウスがロザリーの気持ちを気にする必要はないはずだ。


ない、はず……だけれど。


(僕は、ロザリーの気持ちが欲しいのか)


初めはただ、猫との生活のためだった。

ロゼとの暮らしを続けるために必要な人物、それだけだったはずなのに。

そのままの自分を、そのままで受け入れてくれる彼女との時間が心地よくて、いつのまにか彼女と一緒にいることが自分の望みになっていた。


「僕は、ロザリーを…彼女を愛してるんだ」


言葉にしてみると、驚くほどしっくりと心に馴染んだ。

散らかっていたものが、あるべき箱に収められて行くような、そんな感覚。


淡く頬を染めて呟いたシリウスの横顔に色気が滲み、ルシードはうっかりつられて頬を染めた。


「お前な……こんなところで無駄に色気を振りまくな」


何かを振り払うように顔の前で手を降ると、ルシードは席を立った。


「土下座するでもなんでもして、さっさと仲直りしてこい。それまでここには来るなよ」


うんざりした顔で部屋を立ち去る友人の背中を見つめ、自覚したばかりの恋心を抱えたシリウスはゆっくりと立ち上がった。




********************


「シリウス様」


ルシードの部屋を出てしばらく歩いた王宮の廊下で、シリウスは足を止めた。


「…カサンドラ」

「少し、お話できませんかしら」


いつもなら子犬のような笑顔で駆け寄ってくるカサンドラは、神妙な顔でそこに立っていた。


「…すまないけれど、僕は婚約者のある身だ。誤解を招くような行動はとれないよ」

「その婚約者様の承諾はいただいておりますわ」

「え…?」

「3日前、ダントン嬢にお会いしましたの」


シリウスの背中に、ひやりと冷たいものが流れる。

そして襲って来たのは、強い憤りだった。


「…僕になんの断りもなく、ロザリーを王宮に呼び出したのか」


カサンドラがシリウスのこんなに冷たい声を聞くのは初めてだった。

幼いころから、第二の兄のように自分に優しくしてくれたシリウスは、窘めるときでさえどこか温かみをもって伝えてくれていたのに。


「彼女に何を言った」

「…ダントン嬢から、話がしたいと手紙をもらったのです」

「……ロザリーが?」

「ええ。そして彼女が、私にシリウス様と話をしてほしいと」


あんなに怯えていた様子のロザリーが、たった一人でカサンドラと面会を求めるなど、俄かには信じられない。

それでもカサンドラの表情に偽りからくる違和感は見受けられなかった。

幼い頃から一緒にいるせいで、カサンドラが嘘をつくときの表情の変化にはすぐに気が付ける。


「…わかった。決めてかかってすまなかった、話を聞くよ」


そうして案内されたカサンドラの部屋に入るのは久しぶりだった。

彼女が幼いころは、ねだられてよくこの部屋に遊びにきたものだ。

その頃とは趣の違う、上品な淑女にふさわしい調度品が並ぶ部屋のソファに、シリウスは腰を下ろした。


「…この部屋にシリウス様がいらっしゃるなんて、いつぶりかしら」


ローテーブルを挟んで反対側のソファに座ったカサンドラが、眉を下げて微笑んだ。

その頃を思い出すように、美しい青い瞳が遠くを見る。


「どうしたらシリウス様が私のことを好きになってくださるのか…小さい頃からそんなことばかり考えておりましたわ」


独り言のように呟いたカサンドラの言葉を、シリウスは静かに聞いていた。


「いつも子供扱いで相手にはしてもらえませんでしたけれど…私は本当に、シリウス様のことを深く愛しております。シリウス様と一緒になれるなら、どんなことでも耐えてみせますわ。たとえばもし……猫を愛せと仰せになるなら、喜んで愛してみせます」

「…っ…!どうしてそれを…!?」

「もし、のお話です」


動揺した様子のシリウスとは対照的に、カサンドラの声は落ち着いていた。


「シリウス様が愛するものならば、私もそれを愛します。シリウス様が大切にするものを、私も慈しむとお約束いたしますわ。それでシリウス様のお側にいられるのなら、喜んで」

「カサンドラ…」

「ですから、私を選んでくださいまし。王家の姫を貰い受けるのは、お家にとっても名誉でございましょう。私との結婚は、お兄様の右腕として活躍されるシリウス様のお立場を、より強固なものとするはずですわ。私もシリウス様にふさわしい完璧な妻となるよう精進いたします。社交も、お家の取り仕切りも、必ずやご満足いただけるよう振る舞いますわ。ですからー…」

「カサンドラ、すまない」


シリウスの静かな謝罪に、矢継ぎ早に言葉を並べ立てていたカサンドラの唇が震えた。


「…僕のことを、そんなにも深く想ってくれているとは思わなかった。僕と結婚したとしても、僕の秘密を知ったら幻滅するか、もしくはその秘密を排除しようとすると思っていた。その程度の気持ちだと……僕に幻想を抱いているだけだと、そう思っていた。…申し訳ない」

「…シリウス様…」

「それでも…もうカサンドラの気持ちに応えることはできない。すまない」


そう告げて、シリウスはゆっくりと頭を下げた。


「……ダントン嬢を、愛していらっしゃるのね」

「ああ」

「この話をする前から、断られるだろうと思っていましたわ。あんなに怒ったシリウス様、初めて見ましたもの」


力なく笑うカサンドラに、シリウスは頭を上げた。


「最初は…確かに目的のための結婚だった。彼女じゃなくても良かった。…でも今は違う。ロザリーでなくてはだめなんだ」

「そうですか」


軽やかにも聞こえるカサンドラのその返答に、少しの拍子抜けをくらったようにシリウスは目を見開いた。


「なんですの?私が駄々を捏ねないのがそんなに不思議ですこと?」

「いや…そういうわけでは」

「…生誕祭の日にも言いましたでしょう。『私よりもシリウス様を幸せにしてくれる方でなければ認めない』と」


その言葉の先を言いたくないのか、カサンドラはふいっとシリウスから顔を逸らした。


「…シリウス様の幸せを願って、身を引くようなあの方なら……私よりもきっと、シリウス様を幸せにしてくれそうだと思っただけですわ」


ロザリーはきっと、カサンドラとシリウスを結びつけようとしてくれたのだろう。

自分でなくても、ロゼとの暮らしを手放す必要がない結婚があることを、気づかせようとして。


「…ありがとう、カサンドラ」

「もしダントン嬢に振られたとしても、私はもうシリウス様なんて願い下げですから。死ぬ気で婚約者の許しを請うとよろしいですわ」

「ああ、そうするよ」


カサンドラとの結婚をお膳立てしてくれたロザリーは、きっと自分と同じ気持ちでいてくれるわけではないのだろう。

それでも、彼女の愛を諦めることなんてできない。


彼女の笑顔のためなら何でもしよう。

呆れられるほど愛を囁こう。

いつの日か彼女が、僕を愛してくれるように。


ー…僕はどうしても、彼女の側にいたいのだから。



明日で完結できたらいいなと思ってます。

★評価、ブックマークとっても嬉しいです!ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] 王女様の高潔さが尊い・・・
[一言] 心の広い王女で良かったぁ…
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