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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

山くじゃくのゆくえ 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーちゃんは雨の日に、外へ出たいと思うかい?

 まず、思わないだろうな。歳をくってきたら、なおさらだ。身体をざばざば濡らすことが心地いいのは、たいていが若い間だけだろう。何かやらかしても、親が面倒をみてくれる時分さ。

 大人になってくると、視界と足元の悪さから事故ったり、濡れて風邪ひくこととかリスクを考え出す。ほとんどが雨の日の外出に対して良い印象を持たず、家の中にいながら音や匂いを味わう程度に留めるだろう。

 科学的にも、雨天は心身の調子を整える「セロトニン」が作られづらいとされている。太陽光を浴びることが、セロトニン生成には重要だからな。

 じゃあ、オカルト的にはどうなのか。雨の日に嫌な感じを覚える心理は、どこから来ているのか。

 理由はすでにいろいろと挙げられているだろうが、私が小さい頃に聞いたのは、少し変わった昔話だったんだ。

 こーちゃんも、最近は昔話のたぐいを集めていると言っていただろ? ネタの足しになるといいんだが。


 かつて私の住んでいる地域では、「山くじゃく」が姿を現わしたという。

 晴れた日に、さっと頭上を大きな影が横切るとき。その影が大きな羽根を広げた鳥の形だった場合、その上を飛ぶのが山くじゃくだ、との話だった。

 それだけなら他の鳥と大差ない。が、山くじゃくが通り過ぎた後には、黄金の粒が空を舞い、季節を問わないよもぎの香りが眼下の人間の鼻をくすぐっていくのだという。そうした山くじゃくの残したものに触れられると、ご利益があるとかなんとか。


 しかし、鎌倉幕府が開かれてからの、ここ数百年の間。山くじゃくを見たという者はひとりも現れなかった。それ以前は数年に一度は体験談があがってきていたし、すでに子供どころか、ジジババの間でも山くじゃくの存在を疑っている者は多かった。

 更に、遠い都の方では将軍様をめぐる悶着のうわさが絶えない。そこから目を離した地方でも、そこかしこで年貢の率があがったり、若者の徴用が相次いだりと、不穏な空気が漂っていたんだ。


 ――山くじゃくがいなくなったから、この世が乱れようとしているんだ。


 口さがない若者たちは、ぽつぽつとそのようなことを漏らし始める。山くじゃくが戻ってきさえすれば、きっと世は落ち着くだろうに。何とかしてもう一度呼び戻せないか、と考えたわけ。

 それを、年配の者たちが戒める。山くじゃくがいなくなったから、世が乱れたのではなく、むしろその逆。自分たちが世を乱すから、山くじゃくが見られなくなったのだと。ゆえに、ますます謙虚に、勤勉に努め続ければ山くじゃくは必ず戻ってくると説いた。

 肝心の山くじゃくが現れない以上、議論は平行線をたどり続ける。原因が山くじゃくにあるか、自分たちにあるかの違い。両者の熱は日と共にこもっていくばかりで、隙あらば口論に持ち込もうとし、いつ取っ組み合いや刃傷沙汰になるかという、ピリピリした空気が続いたそうだ。



「――その山くじゃく。ここへ招いて差し上げましょうか?」


 そう提案してきたのは、村を訪れた数人の修験者。その頭に当たる者だったという。村人たちがまた言い争っているのが、彼らの耳へも入り、事情を知ったうえでの提案だったとか。

 ここ数百年、話でしかうかがったことのない存在。それを、いかに神通力を持ったとて、この地に住まうわけでもない部外者の彼らが、本当に呼ぶことが叶うのだろうか。

 無償でいいという彼らの申し出を、村人たちは最終的に了承。広場の空間のみを借りたいと申し出た彼らは、その日のうちに榊の枝を二本、こめかみの脇から生やすような形で鉢巻きを結んだ、そして晩といわず朝といわず、指定された場で踊り続けたというんだ。



 それから三日が過ぎた。

 彼らが踊り出してより、灰色の雲を沸かせっぱなしだった空は、ついに雨をぽつぽつと垂らし始める。伝え聞く、山くじゃくの現れる条件とは、まったく逆の結果と相成ったんだ。

 もはや修験者たちの力を疑わない者はいなかった。骨を折らせた詐欺師と罵って、すぐさま村を追い出した者の、天気はその機嫌を直そうとしない。「騙された」と村人たちはぶつくさ文句をいいつつ、雨の日の暮らしへと移っていく。


 雨は10日間、止まずに降り続けた。すでに地面で水たまりができていない箇所のの方が珍しく、近場の畑の様子を見るにも、頭からつま先までずぶ濡れになることを覚悟せねばならないほどだった。

 子供たちも家の中で時間を持て余す。狭い家の中でお手玉をしたり、追いかけっこをしたりして退屈を紛らわせていたんだ。

 だがふとした拍子に、閉めた窓のわずかなすき間から、雨粒とは違うものが入り込んできた。一直線ではなく、浮いたり沈んだりする軌道を見せて忍び込んできたのは、金の粉だったのさ。しかも何粒も。

 さらに、それを追いかけるように入り込んできたのが、季節外れのよもぎの香り。かすかだった香りは、どんどんと強まっていき、家の者の鼻をひくつかせて離さない。

「まさか」と人々が思う矢先に、「ずうん」と床の揺れと共に、鈍い音を立てるなにかが、外の地面に降り立ったんだ。


 動ける者は、すぐに軒先へ顔を出した。

 土砂降りの中、村の広場付近から大きな影が、地面すれすれの宙に浮かんで視界を横切っていく。

 より近くの家からのぞいた者は、宙に浮かんでいるのは、影を下から数名が支えていることが分かった。ほぼ大の字に広がるその影に対し、一ヶ所に固まらずに、点をおさえながらどの部位も地面にかすらせず運んでいく。

 彼らは、追い出したはずの修験者たちだったんだ。そして大きく手足を広げて見えるのは、村の道幅ギリギリに羽を広げた、巨大な鳥の姿だったという。その身体がかすかに揺れるたび、背中から金色の粒がこぼれて、よもぎの香りがいっそう「ツン」と強まるんだ。


 ――あれが、伝え聞く山くじゃくではないか?



 近くにいた村人は修験者を呼び止めて、彼らに近寄ろうとしたが、それはかなわなかった。

 彼らのひとりでもこちらを見やると、すぐさま全身がしびれてしまい、動けなくなる。身体中を打つ雨に肌を冷やされながら、行くことも去ることもかなわないまま、彼らの行進を見つめることしかできない。

 そうして動きを封じた輩に対し、修験者たちは何も語ることなく、悠然と巨鳥の影を捧げたまま、村を後にしてしまったんだ。

 彼らの姿がすっかり見えなくなると、はかったように雨はやんでしまい、雲が瞬く間に晴れて、西に傾きかけた日が村へ差してくる。金縛りにあった人々も次々に身体の自由を取り戻したが、同時にあの金の粉もよもぎの香りも、すっかり気配を消してしまっていたのだとか。



 その翌年。都では将軍の跡継ぎをめぐり、守護大名を交えた大きな戦が起こることになる。世にいう「応仁の乱」の始まりだ。

 この戦いの後、幕府の権威は完全に落ち込み、戦国の時代に入ったことは知っての通りだ。かの村も、それからさほど時を置かず、戦火に飲まれて姿を消すことになってしまったらしい。


 思うに、山くじゃくは消えたわけではなかったのだろう。

 日本を巻き込む、大きな戦へ及んでしまう一線を守るため、これまでよりずっと空高くを飛んでいたのではないか。たとえもたらすご利益が薄まろうとも、その力が全国へ及ぶように。

 それがかの修験者たちの雨によって地へ叩き落とされ、失われてしまったのではないか、とね。


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